佳景探訪
西武池袋線旧入間川橋梁
埼玉県入間市の北部で西武池袋線が入間川を跨ぐ。その橋梁のすぐ上流側に、古い橋梁の遺構が残されている。西武池袋線の旧線の遺構という。河岸に桜が咲き誇る四月上旬、西武池袋線旧入間川橋梁を訪ねた。



西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁
埼玉県入間市の北部、仏子駅と元加治駅の間で西武池袋線は入間川を越える。入間川を跨ぐ橋梁のすぐ上流側には、古い橋梁の遺構が残っている。西武池袋線の旧線に設けられていた橋梁の遺構だという。

現在の西武池袋線は仏子駅から西へ延びて入間市立仏子小学校の北側で緩やかなカーヴを描いて入間川を越え、元加治駅へと向かっているが、昔は仏子小学校横を過ぎた辺りで現在よりきついカーヴを描いて入間川を渡っていた。橋梁というものは、基本的に川の流路に対して直角に架けた方が短くでき、工費や工期などの面で有利だ。だから昔は路線計画との兼ね合いの中で、なるべく川の流路に直角に近い角度で橋梁を設けた。この西武池袋線旧線の橋梁も、そうした理由でこの場所に架けられたのだろう。現在では工事技術の進歩と共にそうした制約が薄れ、路線のカーヴを減らす方が優先されるようになったのに違いない。

この旧線の橋梁は1915年(大正4年)に西武池袋線の前身である武蔵野鉄道が池袋〜飯能間で開業した際に架けられたものだ。その後、運営会社の合併などを経て、1969年(昭和44年)まで西武池袋線の入間川橋梁として使われていたという。西武池袋線が複線化される際、新たな橋梁が下流側に架けられて路線が切り替えられたが、旧橋梁は撤去されることなく、今もこうして残っているというわけだ。

こうした構造物に詳しくない身では詳細まではわからないのだが、旧橋梁は断面が「I」の形状になるように鋼板を組んだ「プレートガーダー」と呼ばれる構造だという。その橋桁が石と煉瓦を組んで造られた橋脚に載っている。

かつてこの橋梁の上を列車が走っていた。その使命を終えてすでに50年近く、赤錆びた橋桁や煉瓦積みの橋脚の姿は現役時代の誇りを残しつつ、時の流れの中に風化し、風景の中に同化しようとしているようだ。こうした遺構の姿には何故か心惹かれるものがある。今は使われなくなった橋脚の下に立ち、往時の様子に思いを馳せるのも一興だろう。
西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁

西武池袋線旧入間川橋梁
今回、西武池袋線の旧入間川橋梁を訪れたのは四月初旬、桜がそろそろ盛りの時期を終えようとする頃だった。「入間川リバーサイドの桜並木」を訪ねた際に足を延ばしたのだが、西武池袋線の入間川橋梁周辺にも桜並木の延長のように随所に桜が咲き、橋梁との競演が美しい景観を織り成していた。花見を兼ねてか、河岸の遊歩道を行き来する人の姿も少なくなかった。

旧橋梁脇にも数本の桜が並び、興趣に富んだ風景を見せている。咲き誇る桜と、時の流れを封じ込めた橋梁の遺構の姿が、不思議な調和を見せる。毎年、春には桜が咲き、そして散ってゆき、古い橋梁も時を刻み続けてきたのだ。その横で、複線化された現在の橋梁を電車が走り抜けてゆく。なかなか詩情溢れる風景である。
参考情報
交通

西部池袋線旧入間川橋梁は、仏子駅から入間川左岸側へ1.2kmほど、徒歩で20分ほどか。元加治駅からなら右岸側へ400mほど、徒歩で数分だろう。左岸側と右岸側とを行き来するには、少し上流側に架かる上橋(かみはし)を経由すればいい。距離は400mほどだ。

付近には駐車場は無く、車での来訪は避けた方が賢明だ。

飲食

近辺には飲食店は無い。食事は場所を変えて楽しもう。

お弁当を持参して近くの河川敷などに場所を見つけてランチを楽しむのも悪くない。西部池袋線旧入間川橋梁の見学を兼ねた“遠足”気分で楽しむといい。

周辺

入間川左岸部は「入間川遊歩道」という散歩道として整備されている。西武池袋線入間川橋梁から下流側へと辿れば、「入間リバーサイドの桜並木」と呼ばれる桜並木が続く。春には花見散歩が楽しめる。上流側へと辿れば数百メートルで飯能市の阿須運動公園だ。足を延ばして河岸散歩を楽しむといい。

西武池袋線旧入間川橋梁
西武池袋線旧入間川橋梁

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