日南海岸散歩
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「わかば」に見る宮崎
第2週(第7回〜第12回)
2004年10月4日〜10月9日放送
若葉のもとへ面接を受けた神戸の建設会社から内定の知らせが届いた。神戸への就職が確実となり、心中穏やかではない準一は村上家を訪ねて若葉にプロポーズする。ゼミの研修旅行から戻った若葉を鵜戸神宮に呼び出し、プロポーズの返事を聞くが、神戸の町で自分の力を試したいという若葉の決意はかたい。それでもあきらめず、いつかは一緒になりたいと若葉に告げる準一だった。若葉の神戸行きに反対する光だが、ある夜、啓太の友人のバイクの音で震災の夢を見てパニック状態になる。光の心の傷が未だに消えていないことを周囲の人々は痛感する。若葉は8月のジャパンカップを目指してチアリーディングに打ちこむ日々だが、自信をなくした後輩貴子がやめたいと言い出す。折しも出演を予定している地域イベントの日程が迫っている。信じて待つという若葉だ。やばてイベント当日、間際になって貴子が現れ、チアリーディングのパフォーマンスも成功し、充実感を味合う若葉だった。
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第7回(10月4日放送)
8月のジャパンカップを控え、若葉はチアリーディングの練習に励む日々だ。母詩子はパソコンを始め、操作の習得に悪戦苦闘している。そんな詩子を、若葉を神戸に行かせたくない詩子が気張らしのためにパソコンを始めたのではないかと幸恵は勘繰る。面接を受けた神戸の建設会社から内定の知らせが届き、若葉は喜ぶ。一方、浩太朗は「がんたれ」の啓太に代わって光を跡継ぎにしようと思っているようだ。若葉の内定を知って焦る準一は、村上家を訪れ、若葉にプロポーズするのだった。

今回の放送では、村上家の玄関や宮崎環境造園大学のキャンパスなどの他には特に宮崎の風景は登場しなかった。冒頭では第1週のストーリーがダイジェスト的に語られ、前鶴橋をスクーターで走る若葉の姿が再度映し出された。

若葉に内定の知らせが届き、その場に居合わせなかった詩子に浩太朗が声をかけるシーンがあった。「若葉ん就職が決まったげな」という台詞で、「若葉の就職が決まったそうだ」という意味だ。「〜の」は通常「〜ん」となる。だから「若葉の就職」は「若葉ん就職」となる。「げな」は「〜だそうだ」、あるいは「〜らしい」というときに使う。人伝に聞いた話、噂話などのときに「〜げな」は多用する。「あれは〜じゃげな、これは〜じゃげな」と、自分で見聞きしたものではなく人から聞いた話ばかりを得意気に口にすること、あるいはその話の内容を「げなげな話」などと言って軽んじたということを、何かで読んだ憶えがある。

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第8回(10月5日放送)
準一にプロポーズされ、気もそぞろで上の空の若葉だ。周囲の人たちがどうしたのかと気遣う。翌日、若葉はゼミの研修旅行に出かけて行く。神戸の町を緑でいっぱいにしたいという自分の思いを再確認する若葉だったが、その若葉に準一からメールが届く。帰ってきたら鵜戸神宮に来て欲しいという。どう返事をしていいのか悩む若葉だ。

のぶ、幸恵、詩子の三人で談笑する場面がある。準一君が若葉と結婚してくれたらいいのにと、幸恵と詩子は冗談交じりに話している。のぶが口癖である「人生、生きちょるだけでまるもうけ」を口にしようと、「人生…」と言いかけたとき、詩子が「生きちょるだけでまるもうけ」とすかさず後を繋ぐ。それを受けてのぶが「じゃじゃ」と答える。「じゃじゃ」は「そうそう」という意味だ。賛同を表す意味で、これもよく使う。実際には少し音を伸ばす感じで「じゃぁじゃぁ」というふうに言うことが多い。

若葉のゼミの研修旅行は西都市の方面だったようだ。西都原古墳群でお弁当を食べるシーンがあった。「西都原」は「さいとばる」と読む。宮崎県の中部には「原」を「〜はる」あるいは「〜ばる」と読む地名が多い。「高原(たかはる)町」、「航空自衛隊新田原(にうたばる)基地」という具合だ。「原」は河川流域の少し小高くなった台地に広がる平地部を指す言葉であるらしい。

研修旅行から帰った若葉はスクーターで国道220号線を南下し、鵜戸神宮に立ち寄る。スクーターで走るシーンは、これも旧フェニックス・ドライブイン前、若葉がアップで映し出される背景にワシントン椰子が並ぶ風景は旧フェニックス・ドライブイン前から内海方面へ少し南に下った辺りだ。鵜戸神宮で若葉と準一が向き合って立っていた場所は、鵜戸神宮の本殿前、若葉の背後には巨大な海蝕洞の中に建つ本殿がある。ふたりが立っていた場所は有名な「運玉投げ」をやるところで、柵下の海岸に桝形の窪みのある「亀石」がある。

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第9回(10月6日放送)
鵜戸神宮に出かけた若葉は、準一に「今はまだ結婚は考えられない」と告げる。準一は「あきらめない。いつか一緒になりたい」と若葉に言う。準一のプロポーズを断って神戸に行きたいという若葉に、詩子は「自分で決めたこと、ためらわずに行きなさい」と言うのだが、光は反対だと言う。その夜、震災の夢にうなされる光は、啓太が帰ってきたときの友人のバイクの音でパニックを起こす。「地震や」と取り乱す光を見て、光に残る心の傷の大きさを今さらながらに知る若葉だ。

鵜戸神宮 第8回のラストシーンでの鵜戸神宮で向き合う若葉と準一は、映像が不自然だと思っていたのだが、やはり若葉の夢だったようだ。一夜明けて若葉は準一の待つ鵜戸神宮に出かけて行く。鵜戸神宮のシーンでは、本殿前の風景が映し出され、「運玉投げ」についての案内の音声が聞こえていた。準一が運玉を投げてみるが、桝形の窪みには入らなかったようだ。そこへ若葉がやってきて、話をしながら歩くふたりの背景に、鵜戸神宮の風景がふんだんに映し出されていた。ロケの行われた日は少々悪天候だったようで、風も強く、波もずいぶんと荒れていた。ふだんはあれほどではない。

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第10回(10月7日放送)
夜中に取り乱した光を村上家の人々が気遣う。自分が神戸に就職を決めたことで嫌なことを思い出させてしまったと気にする若葉だ。浩太朗に叱責された啓太も、光を気遣っている。若葉はチアリーディングの練習に励む日々だが、なかなかうまくできずに悩んでいた後輩の佐野貴子(藤澤志帆)がチアリーディングをやめると言い出す。

村上家に光が帰宅したとき、級友の山下厚子が訪ねてくるシーンがあった。これまでも何度か登場した村上酒造前の風景だが、実はこれは飫肥の町ではなく油津でロケが行われたものらしい。飫肥にはドラマのイメージに合う建物が見つからず、古い町並みの残る油津の旧家が使われたらしいのだ。今回の放送では訪ねてきた山下厚子の後方に、そして家に入っていったふたりを見送った村上のぶの後方に、それぞれ周辺の町並みが見えていた。確かに飫肥ではなく油津の町のように見える。堀川運河と国道220号との間の、油津一丁目の一角ではないかと思う。

光を気遣う啓太が、おどけてみせた後で「いっちゃが、いっちゃが」と口にする。ドラマの流れを見ていれば察しはつくが、この「いっちゃが、いっちゃが」は「いいから、いいから、気にすんな」というニュアンスである。

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第11回(10月8日放送)
チアリーディングをやめると言い出した貴子を励ます若葉だが、貴子はすっかり自信をなくしており、学校も休み、アパートからもいなくなってしまう。若葉と絵里とで探して見つかってようだが、貴子は戻ってこないつもりのようだ。ジャパンカップの前に出演予定だった飫肥でのイベントの日程も迫る。不安に思いながら、貴子を信じる若葉だ。

村上家の夕食の風景で、食卓が画面に大きく映し出されていた。焼き魚の上方に、「さつま揚げ」風のものが皿に盛られていたが、あれが有名な「飫肥天」だ。魚のすり身を成形して油で揚げたもので、製法としては「さつま揚げ」に近いが、これを日南辺りでは単に「てんぷら」と呼ぶ。「飫肥のてんぷら」だから「飫肥天」というわけだ。「飫肥天」は黒砂糖や豆腐などを加えた独特の製法が他の一般的な「てんぷら」とは異なり、甘みを帯びた柔らかな食感がたいへんに美味しい。実は「おび天」は「おび天本舗」の登録商標なのだが、今や「飫肥天」はすっかり飫肥名物として知られるようになった。宮崎空港でも揚げたてのものを買うことができる。劇中の食卓を映した画面は、この「飫肥天」を紹介する目的があったのだろう。

こうした「さつま揚げ」風のものを、単に「てんぷら」と呼ぶことは前述したが、それでは一般的な天麩羅のことは何と呼ぶのか。これもやはり「てんぷら」である。普通は「えびのてんぷら」などと言って呼び分けているような気がする。ちなみに「さつま揚げ」にはさまざまな具を混ぜ込んだバリエーションが存在するが、魚のすり身だけで作られたプレーンな「さつま揚げ」を、鹿児島では「つけあげ」と呼ぶのだと、鹿児島の友人から教わったことがある。

夕食の途中で若葉に絵里から電話がかかってきて、貴子がいなくなったというので若葉も急いで出かけて行くが、若葉が出かけた後、浩太朗が「なーんか、せからしかな」と呟く。「せからしい」という言葉は特に宮崎独特の方言というわけではなく、九州の他の地域でも使う。というより、福岡、長崎、熊本あたりの方言としてよく知られている言葉だ。一般には「うるさい」とか「うっとうしい」、あるいは「めんどくさい」といった意味の言葉で、熊本辺りで「せからしかっ」と言えば「うるさいっ」だ。宮崎では「落ち着かない」とか「気忙しい」といった意味合いが強く、浩太朗の台詞に於ける「なーんか、せからしかな」は、「何やら慌ただしげで落ち着かないな」という意味合いである。

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第12回(10月9日放送)
啓太が焼酎造りを手伝う。どういう風の吹き回しかと戸惑いながらも嬉しそうな浩太朗だ。一方、地域イベントの当日、間際になって貴子も現れ、若葉たちのチアリーディングは観客の拍手を受ける。

チアリーディングのパフォーマンスが行われた場所は日南総合運動公園内の「おび杉ドーム」のようだ。その名が示すように県産の有名な「飫肥杉」を用いて建造されたドームだ。会場に集まった観客は主要な出演者以外はすべて地元の人たちのエキストラであったらしい。

詩子とのぶと若葉の三人で焼酎を飲み、酔ってはしゃぐシーンがあった。あの場面でのぶが歌を口ずさむ。あの歌が有名な「ひえつき節」だ。「ひえつき節」は宮崎県の北西部、椎葉村に伝わる民謡だが、全国的に広く知られ、日南辺りの人でも日常的に口ずさむ人は少なくない。椎葉村は平家の落人伝説も伝わるところで、山深い地形は稲作に向かず、戦後間もなくの頃まで主食を雑穀に頼った。「ひえつき節」はまさにその「ヒエをつく」暮らしの中から生まれた歌だ。「庭の山椒の木 鳴る鈴かけて 鈴の鳴るときゃ 出ておじゃれよー」という一節で始まる。「山椒」は「さんしゅ」と発音する。昔は日南辺りの家々でも庭には山椒の木があり、食事の際の薬味として使われたものだが、「庭の山椒(さんしゅ)のぉ木ぃ」と歌いながら採ると不思議に山椒の木が枯れるというので、採るときには絶対に歌ってはならないと言われたものだった。

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- 「わかば」に見る宮崎−INDEX
- 「わかば」に見る宮崎−第1週(2004年9月27日〜10月2日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第3週(2004年10月10日〜10月16日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第4週(2004年10月18日〜10月23日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第5週以降(2004年10月25日〜2005年3月26日放送)
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