日南海岸散歩
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「わかば」に見る宮崎
第4週(第19回〜第24回)
2004年10月18日〜10月23日放送
年も明け、若葉は卒業間近となったが未だに就職先は決まっていない。周囲の心配の中、アルバイトに精を出す日々だ。チアリーディング部の追い出しコンパで酔っぱらって帰った若葉は、そのまま過労のために熱を出して寝込んでしまう。そんな姉の姿に心を痛めた光は、神戸の祖父、栄造に手紙を書く。元気のなくなった姉を見ていられない、何とか就職先を世話してやってもらえないかというのだ。心を打たれた栄造は心当たりを探し回る。一方、焦りから苛つく若葉はつい光と口論になり、つらく当たってしまう。そんな頃、神戸の栄造から電話がかかってくる。「ひとつだけ就職口があるんや」と栄造は言う。かつての弟子が営む造園会社に世話してもいいということだった。見習いから始めなくてはならないということだが、若葉は喜ぶ。やがて卒業式も終わり、若葉の神戸行きの日がやってくる。詩子と光、村上家の人々に見送られ、若葉は神戸へと旅だって行く。
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第19回(10月18日放送)
年が明けて若葉の卒業も間近になった。なんとか卒論も終え、牛舎での牛の世話や準一の家でのスイートピーの選別など、アルバイトに明け暮れる日々だが、けっきょく就職は決まっていない。神戸の人たちも心配して電話をかけてくる。浩太朗も若葉を心配し、こんな状態で若葉を神戸に送り出すわけにはいかないと言う。啓太も、若葉の笑顔が最近減ったと心配し、光には「自分の気持ちは気持ちとして、姉なのだから応援してやれ」と言う。そんな若葉や周囲の人々の姿に、光は何やら思うところがあるようだ。

牛舎のアルバイトに出かける若葉がスクーターで渡ってゆく橋は前鶴橋だ。9月28日放送の第2回で、神戸から戻った若葉が飫肥駅からの帰り道に渡ったときとほぼ同じアングルで映っていた。準一の家でアルバイトをするシーンでは、10月1日放送の第5回で登場した農家がまた登場する。準一の母親役の上原由恵も再び劇中に登場した。

宮崎の人も、地元の人同士で話をするときには方言を多用するわけだが、他の地方の人と話をするときにはなるべく標準語に近くなるように気を遣うものだ。方言を多用すると通じないことがわかっているからで、しかしそれでもアクセントやイントネーションなどは宮崎弁そのままになっていることが多い。そうしたところが、神戸からの電話を受ける浩太朗の喋り方によく表れていたように思う。上記のようなことにまで気を遣った演技ではないのかもしれないが、結果的に実にうまく他地方の人と話すときの様子が表れていたように思える。

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第20回(10月19日放送)
光は神戸の祖父、栄造(織本順吉)に電話をするが、その場に若葉がやってきて、手紙を書くからとだけ伝えて慌てて電話を切る。若葉はチアリーディングの練習に顔を出す最後の日を迎える。キャプテンの座を貴子に譲り、その日は追い出しコンパだ。若葉は酔っぱらって深夜に帰宅する。翌日、若葉は疲労のためか、熱を出して寝込んでしまった。一方、神戸の栄造のもとには光からの手紙が届く。

若葉が追い出しコンパに出席している頃、村上家の人々は居間でくつろいでいる。村上家の人々はみな、おっとりとして穏やかな人々だが、そうしたところは宮崎県人の一般的傾向とも言えるのではないかと思う。他県から訪れた人々が、たいていそのように言う。そうした宮崎県人の性格が、あのシーンにはよく表れているように思う。それにしても、詩子の「あたしらもあの歳の頃…」という台詞から「あかん、こりゃ」という台詞までのシーン、特に田中裕子、西郷輝彦、斉藤慶子の三人の語り口と笑顔の表情には演技とは思えないようなリアリティがあった。役柄を離れて、彼ら自身の思いが重なっていたのかもしれない。

若葉が酔っぱらって帰宅する。浩太朗や詩子が若葉をたしなめるが、のぶが「(大学最後の飲み会なのだから)酔っぱらっても仕方がない」と言う。劇中には登場しなかったが、「酔っぱらう」ことを方言で「いくらう」と言う。「酔い−くらう」から転じたものだろうか。「酔っぱらった」は「いくろた」、「酔っぱらってんじゃないのか」は「いくろちょらへんか」だ。「酔っぱらい」のことは「いくれぼ」と言う。前述ののぶの台詞を方言で言い換えれば「いくろてん仕方がないが」といったところか。

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第21回(10月20日放送)
熱を出した若葉は二日寝込んだ。快復した若葉はまたアルバイトに精を出す日々だが、批判的な光とつい口論になってしまう。一方、神戸では栄造が造園会社を訪ね歩いていた。その栄造から若葉へ電話がかかってくる。元気だけど就職が決まってないからいまいちだと言う若葉に、「ひとつだけ就職口があるんや」と栄造は言う。

冒頭で若葉の夢のシーンで飫肥城址奧の旧本丸跡の杉林がまた登場した。夢の中のシーンということで少々幻惑的な演出がなされていた。若葉が準一と共にスイートピーの選別の作業を行っているとき、背後に棚に積まれたダンボール箱に「JAはまゆう(日南)」と記されているのが見える(「JAはまゆう」については10月1日放送の第5回の欄を参照)。

家族揃っての朝食風景、「鬼のかくらん」を知らなかった啓太が幸恵に「恥ずかしい」と言われて「知らんこつは知らん、知っちょっこつは知っちょる」と言う。解説するまでもなく「知らないことは知らない、知ってることは知ってる」ということだが、この「知っちょっこつは知っちょる」という台詞がいい。宮崎では確かにあのような言い方をする。「〜ちょる」は「〜ている」との意味で普通に使う。「やっちょる(やっている)」、「見ちょる(見ている)」、「読んじょる(読んでいる)」という具合だ。それが他の語尾と繋がると、「〜ちょっ」と詰まるときがある。「見ちょって(見てて)」、「寝ちょった(寝てた)」というふうだ。だから「知っていること」は「知っちょっこつ」となるわけだ。

その朝食風景、あまりに賑やかなので浩太朗がたしなめるが、のぶが「いっちゃが、いっちゃが」と言う。「いっちゃが、いっちゃが」は「わかば」の劇中でも何度か登場する言葉だ(9月27日放送の第1回10月7日放送の第10回参照)。この場合は「いいよ、いいよ、気にすることはない」という意味合いで、この言葉の最も象徴的な使い方だと言っていい。

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第22回(10月21日放送)
栄造から電話があり、かつての弟子の造園会社に世話してもいいと言う。栄造は詩子に、若葉のことは黙って見ているつもりだったが、光から手紙をもらって手を貸すことにしたと告げる。光の気持ちを察し、若葉も周囲の人々も心打たれる。

横馬場通り 栄造からの電話の後、若葉は光を探しに飛び出して行く。村上酒造前(10月7日放送の第10回の欄を参照)から横馬場通り、鯉の放流地区と探し、川岸で光の姿を見つける。横馬場通り(9月29日放送の第3回の欄を参照)では若葉は東から西へ、飫肥城大手門の方角へと走っている。光を見つけた川岸は酒谷川の河岸だろう。だとすれば、川が画面上の左から右へと流れていたところを見ると、ロケの行われたのは川の右岸、すなわち飫肥の町からは川を隔てた外側ということになる。やがてふたりを詩子が迎えに来て、河岸の道を三人並んで帰ってゆく。三人の背後に見える橋は本町橋のように見える。

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第23回(10月22日放送)
若葉は大学の卒業式も終わり、神戸行きの日が近づいている。詩子も光も笑顔の中に淋しそうな表情を漂わせている。村上家の人々も淋しそうだ。詩子は若葉に「母からの餞別」と言って若葉名義の通帳と印鑑を手渡す。以前から少しずつ貯めていたものという。母の心遣いに涙する若葉だ。神戸行きの前日、村上家では送別会が行われ、和やかな中で若葉の門出を祝う。

神戸行き間近の若葉のもとに大学での友人、絵里が訪れる。絵里は宮崎県南出身で、地元のJAに就職が決まっているという設定になっている。絵里が着ているはっぴの背中に大きく「にちなん」と書かれているのが見える。襟の部分、左側(画面上向かって右側)には「素材よし味よし腕よし日南特産」と書かれているように見える。右側(画面上向かって左側)には何と書いてあるのだろう。「日南」や「ふるさと」、「協会」といった文字が見える。実在の団体なのかどうか、よくわからない。

若葉の送別会の村上家の食卓、中央の大皿は刺身の盛り合わせのようだ。油津港を初めとして多くの漁港を抱える日南市は新鮮な魚介類が豊富だ。このような「送別会」などの席や、親戚一同が集まる席などにはこうして刺身の盛り合わせが食卓に並ぶ。最近では一般の家庭ではスーパーなどに依頼して用意してもらうのが普通だろう。劇中、浩太朗が刺身を自分の小皿に取り分けているが、その中にカツオがあったのが見えた。カツオと各種のマグロは日南市漁業共同組合での魚種別水揚高の大半を占める。新鮮なカツオの刺身をご飯の上に載せ、各種の薬味を添えて熱いお茶を注いで食べる「かつおめし」が、元来は漁師料理だったものだが、最近では郷土料理として知名度が上がっているようだ。ちなみに日南辺りではキハダマグロやメバチマグロのことを「シビ」と呼び、刺身の中でも最も一般的なものではないかと思う。

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第24回(10月23日放送)
神戸への出発の朝、詩子と光、そして村上家の人々に見送られて若葉は飫肥の町を後にする。準一の家にも訪れて挨拶を済ませておいたのだが、準一は留守だった。浩太朗の運転するトラックに乗って国道220号線を走ると、やがて浩太朗が車を脇に寄せて停める。準一がスイートピーの花束を持って待っていたのだ。浜辺を歩きながら、別れを惜しむ準一と若葉だ。そして若葉はいよいよ神戸に戻ってきた。

若葉を乗せた浩太朗の車が村上酒造を出発し、飫肥の町を後にする。まず横馬場通りを東から西へ走り、飫肥の町の中を抜けてゆく様子が映し出されていた。浩太朗が若葉に対して、よく見ておけ、これがお前のふるさとだ、というようなことを言っているから、浩太朗は敢えて飫肥の町の中を巡るように走ったのかもしれない。

若葉と準一が歩いていた浜辺は富土(ふと)の浜だ。夏になると海水浴場となり、多くの海水浴客で賑わうところだ。浜辺で話をするふたりの背後に岬が見えていたが、あの岬をさらに回り込んだところにサボテンハーブ園がある。通りかかる若葉たちを準一が待っていたところは富土の浜辺の南側の道脇ということになるから、若葉を乗せた浩太朗の車はサボテンハーブ園の脇を通って富土へ差し掛かったところということになる。現在では富土から小目井(こめい)まで岬をバイパスしてトンネルが抜けているために、そのルートで走るためには旧道へと逸れなくてはならない。この富土トンネルのバイパスは2001年2月に開通しており、ドラマの舞台設定は2001年春のはずだから、空港へ向かうのに旧道を通るのは不自然だが、ロケの都合上、また演出の都合上、この場所が選ばれたのに違いない。また飫肥から空港へ向かうのであれば、北郷から田野へ抜けて宮崎自動車道を経由するルートもある。待っている準一の立場では、「賭け」のようなものだったかもしれないな、と思ってみる。

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- 「わかば」に見る宮崎−INDEX
- 「わかば」に見る宮崎−第1週(2004年9月27日〜10月2日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第2週(2004年10月4日〜10月9日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第3週(2004年10月10日〜10月16日放送)
- 「わかば」に見る宮崎−第5週以降(2004年10月25日〜2005年3月26日放送)
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