|
|

|
八王子市裏高尾町の旧甲州街道沿いの地域は「高尾梅郷」の名で梅の名所として知られている。甲州街道から旧甲州街道が分岐する「西浅川」交差点付近から小仏川と旧甲州街道に沿って小仏のバス折り返し場付近まで、山の斜面や畑の梅林、民家の庭先などに咲く梅が楽しめる。訪れたのは三月の上旬だったが、今年(2005年)は梅の開花が遅れており、全体的に見るとようやく咲き始めたところという状態だった。それでも見事な景観を見せてくれる梅も随所にあり、風に乗ってときおり漂ってくる甘い香りを感じながらの散策は充分に楽しいものだった。 |
|
高尾駅からは線路に沿って住宅の中を抜ける細道を歩いた。およそ十五分ほどで「西浅川」交差点付近に着く。高尾駅からバスに乗ってもよいが、あまり頻繁に通っている路線ではないからうまく時間が合わないと少しばかり待つことになる。バスを使えば「小名路」バス停で降りるとよい。「小名路」バス停から甲州街道(国道20号)を少し下ると「西浅川」交差点だ。右手へと旧甲州街道が逸れている。
|
|
「西浅川児童遊園」から国道20号を少し進むと上椚田橋だ。国道20号が小仏川を越えている。この橋の手前、小仏川の左岸に沿った道へと折れる。河岸は梅の並木になっているから、河岸の道へ歩を進める前に橋の上からその眺めを楽しんでおきたい。
「遊歩道梅林」を端まで歩くと眼前には畑地が広がる。右に折れて畑地の中を抜ける小径を辿る。畑地を出て、住宅の並ぶ中を少し行くと旧甲州街道に出る。ちょうど小仏関所跡の前だ。 |
「小仏関」はその名が示すように当初は小仏峠に設けられた関所であったらしいが、後にこの駒木野の地に移され、移された後も「小仏関」と呼ばれたものという。小仏峠を越えて武蔵と甲斐とを結ぶ甲州道中のルートは江戸時代になってから人々の往来が盛んになったようだが、その甲州道中の中でもかなり厳しい関所であったらしい。江戸幕府にとっては関東を守るための要所であったのだろう。徳川家康が北条氏や武田氏の残党を雇用して組織した「千人同心」が、この小仏関を守っていたのだという。往時は番所が設けられ、東西に門が置かれて出入りの人々を監視していた関所だが、今は関所跡を示す石碑や、通行人が手形を置いたという「手形石」などが残されているだけだ。観梅散策のついでにそうした歴史のひとこまに思いを巡らすのも楽しい。
|
|
小仏関所跡を後にして旧甲州街道を下る。道脇の畑や民家の庭に咲く梅を楽しみながらのんびりと歩く。このような畑の梅や民家の庭の梅なども含めて、「高尾梅郷」を成しているのだ。少し行くと小仏川が近づき、道路は川沿いになる。
|
|
|
|
|

|
しばらく歩くと「蛇滝口」バス停だ。その名の通り、滝行の場として知られる「蛇滝」への入口に当たるところで、このバス停の利用客は案外と多い。バス停の真ん前に細長い古そうな建物が建っている。これは修験者向けの宿泊所であるらしいが、今はほとんど利用する人はないらしい。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
「木下沢梅林」からさらに旧甲州街道を西へ辿れば小仏のバス折り返し場付近にも「小仏梅林」という名の梅林があるのだが、この様子ではおそらく咲いてはいないだろう。今回の観梅散歩はこのあたりで終わることにして、そろそろ帰路を辿ることにしよう。 |




|
「高尾梅郷」の各梅林を巡っての散策は、のんびりと歩いて片道一時間半から二時間といったところか。旧甲州街道は道も狭く、観梅客用の駐車場も用意されているわけではないので車で来るのはやめておいたほうがよい。中央線や京王線の高尾駅から歩いてもそれほど苦になる距離ではないが、足に自信のない人はバスを利用するとよい。旧甲州街道を辿るバス路線は一時間に一往復ほど運行している。往路はのんびりと歩き、帰路はバスを利用するというのもお勧めの方法だ。「高尾梅郷」は市街地より梅の開花が遅く、例年でも三月に入ってから見頃を迎え、西へ下るに従って開花も遅くなる。うまく時期を選んだ方がよいだろう。三月中旬には「うめまつり」も開催されるから、そうした賑わいの好きな人であれば「うめまつり」に合わせて訪れるとよいだろう。 |

|
| |
|
| |