幻想音楽夜話
Deep Purple In Rock
1.Speed King
2.Bloodsucker
3.Child In Time
4.Flight Of The Rat
5.Into The Fire
6.Living Wreck
7.Hard Lovin' Man

Ritchie Blackmore : guitar
Ian Gillan : vocal
Roger Glover : bass
Jon Lord : keyboards
Ian Paice : drums

Produced by Deep Purple
1970 Warner Bros. Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「Deep Purple In Rock」という、そのタイトルが、当時の彼らの音楽的転身を象徴していると言っていい。初期の、いわゆる「第一期ディープ・パープル」時代にはクラシック・ミュージックの要素を取り入れた幻想性と前衛性を併せ持った流麗なロック・ミュージックを演奏していたが、一転、このアルバムから彼らはヘヴィ・メタリックでハード・ドライヴィンなロック・ミュージックを演奏するバンドへと変身と遂げる。

 こうした音楽性の転換を強く推したのはリッチー・ブラックモアで、ジョン・ロードは「第一期」時代の音楽性の継続を望み、両者の間には当時激しい対立があったという。だから実は「Deep Purple In Rock」の制作は、両者の折衷案としての”試行”的意味合いのものだったらしい。そうまで言うならとりあえず一度、リッチー・ブラックモアの指向する路線でアルバムを作ってみようじゃないか、というわけだったのだろう。そう考えれば「Deep Purple In Rock」というタイトルは“ディープ・パープルがハードなロックをやるとこうなるぜ”といった意味合いだったのかもしれない。

 リッチー・ブラックモアの指向する音楽は果たして聴衆に支持されるのか否か。その結果でバンドとしての今後を決めようではないか。「Deep Purple In Rock」の制作と発表は、すなわちそういうことだった。そして圧倒的な支持を得たのだ。この辺りの経緯や当時のバンドのメンバーたちの思惑などといったことの詳細は彼らの伝記やインタビューなどを記した他のメディアに譲るが、アルバム「Deep Purple In Rock」とシングルとして発売された「Black Night」の成功によって、1960年代末から方法論が確立してブリティッシュ・ロックの主流的スタイルとなりつつあった、ハードでヘヴィなロック・ミュージックに、結果的に当時の彼らがバンドとしての自らの進むべき道を定めたのは確かだろう。もしこの時、「Deep Purple In Rock」への聴衆の支持が芳しくなく、売れ行きも良くない結果に終わっていたなら、「Deep Purple In Rock」はディープ・パープルがただ一度だけ制作した「ハード・ロック・アルバム」として伝説的な作品となっていたかもしれない。

 この時期、ディープ・パープルというバンドは変革期だったようだ。「第一期ディープ・パープル」のメンバーで三作品を発表した後、バンドからヴォーカリストのロッド・エヴァンスとベーシストのニック・シンパーが脱退する。その二人に替わって加入したのがエピソード・シックというバンドのメンバーだった、イアン・ギランとロジャー・グローヴァーのふたりだ。この新しいメンバーを迎えた体制で、ディープ・パープルはまず「Concerto for Group and Orchestra(ロイヤル・フィルハーモニック・オーケストラ)」と題されたアルバムを発表する。ジョン・ロードが作曲した協奏曲をオーケストラと共演、そのライヴ録音盤がアルバムとして発表されたものだ。当時のジョン・ロードの音楽的指向が如実に表れた作品で、「第一期」の音楽性の延長上にあるものだが、オーケストラとの共演であることや「第二期」のメンバーであることなどを考えれば、ディープ・パープルの歴史の中ではかなり特殊なスタンスの作品ということができるだろう。この作品の良し悪しはともかく、この作品に於けるリッチー・ブラックモアの演奏を聴いてみても、彼がもっとハードでアグレッシヴなロック・ミュージックを指向していたことはよくわかる。そして前述の経緯を経て、「Deep Purple In Rock」だ。

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 「Deep Purple In Rock」の制作に当たって、リッチー・ブラックモアは自身の音楽的欲求のすべてを注ぎ込んだのに違いない。このアルバムに於ける彼の演奏には、何か鬼気迫るものがある。若さ故の熱情に任せたような、あるいは自らが信じた音楽スタイルへの希求に突き動かされたような演奏の凄まじさには唖然とするほどの迫力が満ちている。技巧的にも優れた彼の演奏には大音量の演奏で聴衆を煽るだけのような”こけおどし”的なところがなく、かと言って技巧的な完成度を重要視するあまりにロック・ミュージックとしてのダイナミズムを失うようなこともない。テクニックに裏付けられた彼の演奏には危うげな印象がなく、その上で展開される常軌を逸したようなエキセントリックな演奏に聴き手は翻弄されながらも導かれるようにスリリングでエキサイティングな「ハード・ロック」の魅力に引き込まれてゆくのだ。

 そのようなリッチー・ブラックモアのギター演奏に応えるイアン・ギランのヴォーカルも凄い。彼のヴォーカルがなければ、おそらくこのアルバムはこのような形の作品として完成していない。彼がバンドに加入したことを受けて、リッチー・ブラックモアの中でこのようなハード・ドライヴィンなロック・ミュージックへのヴィジョンが出来上がったのではないか。この、いわゆる「第二期ディープ・パープル」に於ける”リッチー・ブラックモアVSイアン・ギラン”の構図は、第一期ジェフ・ベック・グループに於ける”ジェフ・ベックVSロッド・スチュワート”や、レッド・ツェッペリンに於ける”ジミー・ペイジVSロバート・プラント”などと同様に、ギターとヴォーカルの対峙が生み出す緊張感を立脚点にした「ハード・ロック」の醍醐味を具現化した、最も象徴的な例のひとつだ。イアン・ギランの強烈な高音のシャウトを伴ったヴォーカル・スタイルは、これ以降、「ハード・ロック・ヴォーカル」というもののひとつの理想型として定着してゆく。

 このアルバムはおそらく、ディープ・パープルが制作したスタジオ録音盤の中で最もエキサイティングでアグレッシヴで、ハードでヘヴィなものだ。しかしその一方で、「第一期ディープ・パープル」時代のクラシカルで流麗な音楽性を色濃く残していることも事実だ。それはやはりジョン・ロードのオルガンの演奏がもたらす印象によるところが大きい。音楽的主導権をリッチー・ブラックモアに譲ったとは言え、クラシックの要素を色濃く感じさせるジョン・ロードの演奏が否定されたわけではなかったろうし、そもそもリッチー・ブラックモアの演奏もそのバックボーンにはバロック音楽がある。「第一期」時代に比べればハード・ドライヴィンでヘヴィ・メタリックな印象を前面に据えた音楽だが、クラシック音楽の影響を感じさせる流麗な印象がその背景に息づいているのは変わらない。そのような彼らの「ハード・ロック」は、ブルース・ロックから正常進化した形の「ハード・ロック」のスタイルとは一線を画すものがある。ブルースの匂いをほとんど感じさせないディープ・パープルの「ハード・ロック」は、そのエキセントリックでハード・ドライヴィンでスリリングな演奏の中にクラシック音楽に通じる流麗で端正な美しさを併せ持っており、そうした彼らの音楽性は「ハード・ロック」のバンドが百花繚乱だった当時のシーンに於いても独自の存在感を放つことになったのだ。大方の日本人は”端正な美しさ”というものを好む。特に日本でディープ・パープルの人気が高かったのも頷ける。

 ディープ・パープルのハード・ロックは、クラシック音楽の影響を感じさせる端正で流麗な美しさと、エキセントリックでエキサイティングでスリリングでハード・ドライヴィンでヘヴィ・メタリックなロック・ミュージックとの融合に、その特徴があったと言っていい。「第一期」時代にはハード・ドライヴィンでヘヴィ・メタリックなダイナミズムに主眼が置かれておらず、「第三期」以降はソウルフルでブルージーな味わいが増し、この「第二期」時代だけがその絶妙なバランスの上に成り立っている。そうした音楽性はジョン・ロードとリッチー・ブラックモアの音楽性のバックボーンに依るところが大きいのだろうが、リッチー・ブラックモアはむしろそうしたスタイルを自らの理想型として敢えて目指したのだろう。ディープ・パープルがその歴史の中でやがてソウルフルでブルージーな音楽性へと歩み寄った時、リッチー・ブラックモアはそれに異を唱えてバンドからの脱退の道を選ぶ。ディープ・パープルを去ったリッチー・ブラックモアは「レインボー」を結成、自らの指向する音楽の創造を継続する。それはレインボーのセカンド・アルバムに於いてひとつの到達点を迎えるのだが、その音楽性は後に”様式美”という言葉によって言い表されて「ハード・ロック」と後の「ヘヴィ・メタル」に於けるひとつの基本的スタイルのひとつとなってゆくのだ。その最初期の作品が「Deep Purple In Rock」だった。

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 発表されてからすでに40年ほどが経ち、その40年間の中で「パンク」や「ヘヴィ・メタル」や「グランジ」といった様々なロック・ミュージックのスタイルを耳にしてきた後で改めて「Deep Purple In Rock」を聴いてみれば、演奏のスピード感や重厚さといった点では、やはり時代的な”古さ”を感じないわけにはいかない。しかし、「ロック・ミュージック」というものが本来備えていた攻撃的で挑戦的な姿勢に基づく”音楽の熱気”は、時代性を超えていささかも古びていない。

 圧倒的な音の塊感で突っ走る「Speed King」の、何と迫力に満ちていることか。あるいは「Into The Fire」や「Living Wreck」の重厚感溢れるグルーヴ感はどうだ。「Hard Lovin' Man」で聴かれるハードなドライヴ感の見事さはどうだ。そして名曲「Child In Time」の劇的な展開、静けさから激しさへと移行してゆく演奏の素晴らしさ、少しずつ少しずつ熱気を蓄えながら、やがて一気に解放されるときにもたらされるカタルシスにも似た興奮はどうだ。優れた演奏技術に裏付けられながらエキセントリックに響き渡るリッチー・ブラッモアのスリリングなギター、それと拮抗するイアン・ギランのシャウト・ヴォーカル、そのふたつが競い合うように緊張感を高める中に叙情性を加えて深みを与えるジョン・ロードのハモンド、そしてそれらを支えるロジャー・グローヴァーとイアン・ペイスの重厚で正確なリズム、見事なアンサンブルで突っ走りながら、随所にソロ・パートをちりばめて楽曲にふくらみを与えて展開されるハード・ドライヴィンなロック・ミュージックのダイナミズムは圧倒的な熱気に満ちて聴き手を煽る。ドライヴ感に満ちていてもスピーディに過ぎず、ハードでヘヴィだが沈み込むような陰鬱さはなく、思わず身体が揺れてしまうようなグルーヴ感で聴き手の興奮を誘う。これこそがまさに”ディープ・パープルのハード・ロック”の真骨頂だ。

 余談だが、「Child In Time」は、その演奏にサンフランシスコのバンド「It's A beautiful Day」の楽曲の一部を使用して展開されたものだ。批判的なファンには”盗用”と言われることも少なくないが、当時、クラシック曲やブルース曲などの一部をこうした形で使用する例はそれほど希なことではなく、殊更に”盗用”とあげつらうことでもあるまい。「Child In Time」の熱気に溢れた演奏によってもたらされる興奮と感動はそうしたことを遙かに凌駕しているではないか。この演奏を”名曲”、”名演奏”と言わずして何というのか。

 1970年に発表された「Deep Purple In Rock」は、時代的背景に基づく物理的制約や、あるいはその制作コンセプトなどによってか、音質的には決して優れているとは言えない。ダイナミックレンジも狭く、時に音は歪む。録音音質の悪さは、その演奏が迫力に満ちて熱気を孕んでいればいるほど、その音楽をチープに見せてしまうが、しかし、それでいいのだ。そもそも「ハード・ロック」は、「ロック・ミュージック」というものは、”高尚な音楽”ではない。猥雑で、非常識で、アンモラルで、安っぽく、不敬な音楽だ。良識ある大人たちが眉をひそめる音楽だ。高校の音楽教師に”こんなものは音楽ではない”と蔑まれることが、当時、「ハード・ロック」の誇りだったではないか。音質の悪さも、それ故にチープな音楽に聞こえてしまっても、それでいい。

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 当時、リッチー・ブラックモアがジョン・ロードと対立してまで演奏したかったロック・ミュージックは、果たして「Deep Purple In Rock」によって形を成したのだろうか。「Deep Purple In Rock」に刻まれた演奏は、リッチー・ブラックモアが目指した理想型にどれほど近いのだろう。

 「Deep Purple In Rock」の成功によって、彼らは「ハード・ロック路線」で活動を継続してゆき、「Fireball」、「Machine Head」、「Who Do We Think We Are」の三枚のスタジオ録音盤と日本公演の音源を使用したライヴ盤を発表、圧倒的な人気を誇って当時のハード・ロック・シーンに君臨する。いわゆる「第二期」のこれらのアルバムの中で、「Deep Purple In Rock」だけが微妙にその色合いが違って見えるのは気のせいだろうか。

 当時のロック・シーンに支持された”ハード・ロック路線のディープ・パープル”は、その人気に背中を押されるようにして”ハード・ロック・バンド”で在り続けたのだろう。しかし、忙しい日々の中での演奏活動は、やがて少しずつ少しずつ、リッチー・ブラックモアが当初思い描いていた理想型から離れていったのではないかという気がしてならない。今になって思えば、「Deep Purple In Rock」というアルバムに刻まれたロック・ミュージックと最も近い色彩を持った作品は「Machine Head」でも「Burn」でもなく、実はレインボーのセカンド・アルバム「Rising」なのではないか。音楽的な共通点が云々、ということではない。”作品の佇まい”、あるいは”作品の持つオーラ”、それとも”作品の持つ匂い”とでも言っておこうか、そんなものが、「Deep Purple In Rock」と「Rising」とで重なって見えるのだ。そこにはリッチー・ブラックモアが理想を目指して創造したロック・ミュージックだという、ある種の”凄み”のようなものを感じる。商業的打算や聴衆の期待といったものに配慮せず、独善的とも言えるほどの姿勢で、自らの信念に基づいて作られた音楽としての”凄み”が、この両者には共通していないだろうか。

 逆説的だが、もし当時、ジョン・ロードとリッチー・ブラックモアのふたりが、”これからはハード・ロックでいこうぜ”と意見を同じくして音楽の創造に向かったとしたら、これほどまでに鬼気迫る演奏は為し得なかったのではないか。「Deep Purple In Rock」の中に響き渡るリッチーのギターには、”背水の陣”にでも臨むような覚悟が垣間見える気がする。まるで全身全霊を賭けたかのような演奏は、実はまさにその通りだった気がする。完成した「Deep Purple In Rock」の出来映えは、もしかすると必ずしもリッチー・ブラックモアの思い描いた理想には至っていなかったかもしれない。しかし、このアルバムに賭けた彼の想いや信念といったものは、彼のギターの響きのひとつひとつ、彼のギターが奏でるフレーズのひとつひとつに魂を宿らせ、「Deep Purple In Rock」を”1970年代ハード・ロックの傑作中の傑作”という高みへと導くのだ。