幻想音楽夜話
Montrose
1.Rock The Nation
2.Bad Motor Scooter
3.Space Station #5
4.I Don't Want It
5.Good Rockin' Tonight
6.Rock Candy
7.One Thing On My Mind
8.Make It Last

Denny Carmassi : drums.
Bill Church : bass.
Ronnie Montrose : guitar.
Sam Hagar : vocals.

Produced by Montrose & Ted Templeman.
1973 Warner Bros. Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 モントローズのデビュー・アルバムのサウンドを初めて耳にした時、かなりの驚きを感じたことをよく憶えている。ラジオの音楽番組の「アルバム紹介」のようなコーナーで取り上げられたのを偶然耳にしたのだった。その時聞いたのが「Bad Motor Scooter」と「Space Station #5」の二曲だったこともよく憶えている。

 モントローズのデビュー・アルバムが日本で発売されたのは、本国での発売より二年遅れての1975年のことだった。モントローズのセカンド・アルバムが日本でのデビュー作として発売され、その中から「灼熱の大彗星」がヒットとなって、その余韻が残っている頃だった。モントローズのセカンド・アルバム「ペイパー・マネー」は日本のロック・ファンに概ね好意的に迎えられていたのではないかと思う。モントローズはアメリカのバンドだったが、「ペイパー・マネー」で聴かれるハード・ロックはブリティッシュ・ロック的な感触もあり、日本のロック・ファンに好まれるスタイルだったに違いない。「ペイパー・マネー」の好評を受けて、営業的な判断からデビュー・アルバムの日本発売も実現したのだろう。

 「ペイパー・マネー」によって日本に紹介されたモントローズは、日本のロック・ファンの多くにとって、「アメリカン・バンドらしからぬ、ブリティッシュ・ロック的な感触のハード・ロックを演奏するバンド」として認識されたのではないかと思う。自分もまたそのようにモントローズというバンドを捉えていたような気がする。しかしその先入観は「Bad Motor Scooter」と「Space Station #5」によって一蹴されてしまった。モントローズは「ブリティッシュ・ロック的な感触のハード・ロック」を演奏するバンドなどではなかったのだ。そこには「ブリティッシュ・ロック的な感触」など微塵もなかった。そしてさらに驚くべきことに、モントローズのロックは、紛れもなく「アメリカン・ロック」であるにも関わらず、従来の「アメリカン・ハード・ロック」のイメージとは完全に異質なものだったのだ。

節区切

 1970年代初頭、「アメリカン・ハード・ロック」と言えば、グランド・ファンク・レイルロードやマウンテンなどがその筆頭だったと言っていい。エアロスミスやキッスなどがデビューして人気を得るのは1970年代半ば以降のことだし、ヴァン・ヘイレンのデビューはさらにその後のことだ。当時、そもそも「アメリカン・ロック」の中で「ハード・ロック」というもの自体が少数派だったと言ってもいい。

 「アメリカン・ロック」というものは、もちろん例外も少なくはないが、たいていはブルースやカントリー・ミュージックの影響の下に、大陸的なスケール感を漂わせているものだった。ミュージシャンを育んだ風土に起因するものなのか、ほとんどの「アメリカン・ロック」は大らかで骨太で、ラフでルーズな印象を与えてくれるものだった。「アメリカン・ハード・ロック」というものも、だからそのイメージの延長上にあった。大陸的な大らかさと雄大さの中、その野太く豪放な魅力をさらに強調し、音と演奏をより強く豪快にしたところに、「アメリカン・ハード・ロック」の立脚点があった。

 モントローズのデビュー・アルバムは、そうした「アメリカン・ハード・ロック」に対するイメージを覆すものだった。硬く乾いた印象の音像や豪放な演奏の魅力は紛れもなく「アメリカン・ロック」のものだったが、大らかでルーズな印象はほとんどなく、ソリッドでタイトでテクニカルな印象があった。大陸的な「土臭さ」もほとんど感じられず、どちらかと言えば都市的な印象があった。無駄なものをすべて削ぎ落とし、硬く乾いた核だけが残ったような、そんな印象のハード・ロックだった。こんな「アメリカン・ハード・ロック」は聞いたことがなかった。

節区切

 モントローズのデビュー・アルバムはまさに衝撃的だった。その圧倒的なドライヴ感、凝縮された硬質な音像、勢いと力強さに満ちた演奏の魅力にたちまち惹きつけられた。このデビュー・アルバムに比べれば、「ペイパー・マネー」も、他のどんな「ハード・ロック」も、何とも「生ぬるい」ように思えるほどだった。当時は「ブリティッシュ・ロック」をこよなく愛する身だったが、モントローズのデビュー・アルバムは無視できなかった。LPレコードを購入して何度も何度も聴いた。

 陰影に富む繊細な情感とか、複雑な曲構成による劇的な展開とか、延々と繰り広げられる陶酔的なインプロヴィゼーションとか、電子楽器を使用した幻惑的な音世界とか、そういったものにはまるで無縁の、ひたすらストレートで力強いハード・ロックがそこにはあった。「ブリティッシュ・ロック」のそれらの特徴を愛する身としては矛盾するような感覚だったが、そういったものを蹴っ飛ばすような痛快感があった。そう、モントローズのハード・ロックは「痛快」の一言に尽きた。思わず笑ってしまうほどの痛快感だった。

 とにかく豪快に唸りをあげるロニー・モントローズのテクニカルなギター・サウンドにみなぎるパワーは尋常ではない。サミー・ヘイガーのヴォーカルはまだ若々しさが残るが、その力強い歌声は当時から圧倒的で、ロニー・モントローズのギターに負けていない。リズム陣の力強さも素晴らしい。四人のメンバーの歌と演奏が一体となったハード・ロックは豪放さと緻密さとを併せ持ち、硬く乾いた音像を凝縮して聴く者を叩き伏せるような迫力に満ちている。

 アルバムに収録された楽曲は全部で8曲、トータルの演奏時間で30分を少し越えるほどでしかないが、聴きごたえのある楽曲が並んで内容は濃い。まさにモントローズの魅力を凝縮した30分間である。「Space Station #5」ではイントロ部とエンディングに少々凝った造りがなされており、タイトルのようにスペイシーな感覚のサウンドが印象的だが、基本的には疾走感溢れるハード・ロックだ。「Rock Candy」や「Make It Last」の重量感溢れる演奏もいい。「Bad Motor Scooter」では、エンジン音を模したロニー・モントローズのギター・サウンドが面白く、豪快な疾走感が素晴らしい。どの楽曲もそれぞれに魅力的で甲乙付けがたいが、やはり「Rock The Nation」はこのアルバム中のベスト・チューンであるかもしれない。パワー感溢れるブギ・スタイルのハード・ロックはモントローズの魅力を象徴する一曲であるだろう。

節区切

 この、モントローズのデビュー・アルバムは、当時決して一般のロック・ファンの注目を集めたとは言えない。日本では特に「ペイパー・マネー」の陰に隠れてしまったということもあっただろうし、「日本人好み」のハード・ロックではなかったということもあるだろう。それから時を経ても、一部のマニアックなファンの間で語られることはあっても、いわゆる「名盤」として評価されることはあまりなかったような気がする。

 しかし、エアロスミスやキッスが人気を得て、さらにヴァン・ヘイレンがデビューして「アメリカン・ハード・ロック」というものに対する概念が完全に置き換わってしまうと、モントローズのデビュー・アルバムの「意味」も変わってしまった。1980年代以降に「アメリカン・ハード・ロック」の呼称の下に語られるロックのスタイルの原型は、実はこのモントローズのデビュー・アルバムにあったのだ。このアルバムの収録曲が後に他のアーティストにカヴァーされている事実も、このアルバムが当時のロック・シーンの深いところでじわじわと影響を与えていたことを物語っているのではないか。

 彼らのセカンド・アルバム「ペイパー・マネー」も素晴らしいアルバムではあったが、その音楽性は変化し、このデビュー・アルバムに聴かれたような圧倒的なドライヴ感とパワー感で聴かせるハード・ロックは少々後退した印象がある。そもそもロニー・モントローズは幅広い音楽性を携えたミュージシャンであったし、「ハード・ロック」のバンドを継続してゆくことにそれほどの執着心はなかったのに違いない。発表するアルバム毎に音楽性は変化し、デビュー時の「ハード・ロック」を好むファンを戸惑わせたのも事実だった。それだけに、このデビュー・アルバムは貴重であるかもしれない。

 ヴァン・ヘイレンに加入したサミー・ヘイガーの経歴を追ってモントローズを知った若いロック・ファンもいるに違いない。そうした人たちにとって、このモントローズのデビュー・アルバムはそれほど新鮮さが感じられず、古臭いものに聞こえるかもしれない。しかし、当時、これほどにドライヴ感溢れるハード・ロックを演奏するアメリカン・バンドは他に無かった。今にして思えば、モントローズのデビュー・アルバムは1970年代初頭のアメリカン・ロック・シーンに打ち込まれた楔(くさび)のようであった気がする。それはまさに「アメリカン・ロック」というものが新しいスタイルを手に入れた瞬間だったのだ。