幻想音楽夜話
Rainbow On Stage
1.Kill The King
2.Medley:
- Man On The Silver Mountain
- Blues
- Starstruck
3.Catch The Rainbow
4.Mistreated
5.Sixteenth Century Greensleeves
6.Still I'm Sad

Ronnie James Dio : vocals
Richie Blackmore : guitar
Cozy Powell : drums
Tony Carey : keyboards
Jimmy Bain : bass

Produced by Martin Birch
1977
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 12月も半ばのことで、もうすっかり冬の寒さだった。バスは若者たちで混み合っていた。彼らのほとんどは同じバス停で降りた。自分もまたその中のひとりだった。バス停から会場へと向かう途中で、知り合いの女の子の姿を見つけた。どうやら同じバスに乗り合わせていたようなのだが、混み合うバスの中では気付かなかったらしい。「君も行くのか」「もちろん」と、そんな挨拶を交わした気がする。「パープル時代の曲も演ってくれるかな」「演るでしょ」「演ってくれるといいよね」、そんな会話をしながら会場へ向かったことを憶えている。

 会場は九電記念体育館、当時、外国のロック・バンドが福岡で公演を行うとき、会場にはほとんどここが選ばれた。他にキャパのある会場がなかったからだろう。九電記念体育館でのロック・コンサートへ足を運ぶのは初めてではなかったが、その日はいつにも増して期待に胸膨らませて会場へ向かった。彼女の席は一階席、こちらは二階席の前方だった。一階席と言っても所詮は体育館だから、体育館のフロアにパイプ椅子を並べただけのものだ。そして二階席は体育館の観覧席、両脇の席では前方のステージを斜めに見る形だ。チケットを購入したときにはずいぶん前の方の席が取れたので喜んでいたのだが、実際に席に座ってみるとあまりに前方すぎてステージをほとんど横から見るようなところだった。見渡すと会場はほぼ満杯のようだった。

 やがて開演時間となり、ステージはまだ暗いまま、会場には映画「オズの魔法使」の音楽とジュディ・ガーランドが演じた「オズの魔法使」の主人公ドロシーの声が流れ始めた。おっ、やっと演奏が始まるのか、と、会場の期待も高まったとき、ドロシーの「rainbow」という声がリピートされて響いた。「rainbow, rainbow, rainbow...」というドロシーの声がフェード・アウトして消えると、リッチーのギターが「Over The Rainbow」を奏で始めた。リッチーのギターによる「Over The Rainbow」のテーマが終わると、大歓声が会場を包み、それに続いてハードなギター・リフが響き渡った。最初の曲は新曲だった。聴き馴染みの無い曲だったが、そんなことは関係なかった。「Kill The King」の演奏が始まったとたん、会場は熱気の渦だった。期待と興奮とで心も体も熱くなるのがわかった。ついにレインボーのライヴ・パフォーマンスが幕を開けたのだ。

節区切

 1976年12月13日、レインボーの初来日コンサート、福岡公演はこうして始まった。個人的には1972年と1973年のディープ・パープル来日コンサートを体験することができなかったから、初めて目の当たりにする“生身の”リッチー・ブラックモアだった。演奏された順番などはもうほとんど忘れてしまったが、冒頭の「Kill The King」を除けば、当然のことながらコンサートで演奏された楽曲のほとんどは「Man On The Silver Mountain」や「Sixteenth Century Greensleeves」、「Catch The Rainbow」、「Starstruck」、「Stargazer」など、レインボーのファースト・アルバムとセカンド・アルバムの収録曲から選ばれていた。メドレー形式で演奏された楽曲もあり、曲間を埋めるように、あるいは楽曲の導入部のように、さまざまな楽曲の断片がリッチーの即興演奏でちりばめられていたのも、ライヴならではだった。ファースト・アルバムではインストゥルメンタルで演奏されていたヤードバーズの名曲「Still I'm Sad」もヴォーカル入りで演奏された。もうはっきりとは憶えていないが、ディープ・パープル時代の楽曲「Mistreated」が演奏されたのは、コンサートが始まってから早い段階だったような気がする。「Mistreated」のイントロが聞こえた途端に会場が大いに沸いたのは言うまでもない。コンサートのクライマックスでは、いやアンコールのときだったか、リッチーはついにギターを叩き壊した。何度も床に叩きつけてギターを壊し、部品を客席に放り投げた。熱狂してそれを奪い合う聴衆を、二階席から見下ろしていた。その中に入れないのが少し悔しかったが、それでも充分に満足だった。

 コンサートは素晴らしかった。夢のようなひとときだった。ただひとつ、今でも悔やまれるのだが(その一方で笑い話にもできるのだが)、その時の席は(前述したが)あまりに前方すぎてステージをほぼ横手から見る形になり、ステージの脇に積まれた巨大なPAシステムの陰に隠れてコージー・パウエルの姿がまったく見えなかった。当然のことながら終盤で行われたコージーのドラム・ソロの時にも彼の演奏する姿をまったく見ることができず、クライマックスで効果を盛り上げるために使われた花火(マグネシウム花火だろうか)の一部が辛うじて見えただけだった。今から考えれば、自分の席を離れて、せめてコージーの姿が見える後ろの方へ移動し、そこで立ち見するという方法もあったはずだが、その時には考えつかなかった。自分の席からはステージ中央で歌うロニーの姿や、その横でギターを弾くリッチーの姿が近くに見えたのは確かで、わざわざ遠ざかる位置へ移動したくないという気持ちもあったかもしれない。もうよく憶えてはいない。

 夢のようなコンサートがどのようにして終わったのか、まったく記憶に残っていない。公演が終了し、醒めぬ熱気を胸に抱えたまま、九電記念体育館を後にした。バス停に向かう途中の帰り道でも、行くときに出会った女の子と一緒になった。偶然だったのか、それとも彼女を待っていたのか、よく憶えていない。コンサートの興奮を語り合いながらバス停への道を歩いた。「ギターの部品は拾えた?」と訊くと、「拾えなかった」と悔しがっていた。「マフラーをなくしちゃった」と、彼女はなぜか楽しそうにそう言っていた。その笑顔がかわいかった。彼女に好意を持っていたのかと言えば、そんなことはないが、彼女のことを同じ音楽を愛する同胞のように思っていたのは確かだ。ロック好きの彼女の名と顔をなぜか今でも鮮明に覚えているが、それっきり言葉を交わす機会はなかった。

節区切

 翌1977年、「On Stage」とシンプルに題されたレインボーのライヴ・アルバムが発売される。1976年の来日公演での演奏音源を中心にしたライヴ・アルバムで、まるで初来日コンサートへ足を運んだファンへのプレゼントのようなアルバムだった。アルバムはLP2枚組だったが収録された楽曲はわずかに8曲、その中の3曲はメドレー形式で演奏されているからトラック数で言えば6曲、一曲の演奏時間の長い彼らのステージならではのものだ。LP時代はA面、B面を返し、一枚目のレコードから二枚目に取り替え、そしてまたA面、B面を返すという手間をかけなくては全編を聴き通すことができなかった。CD時代になってすべてを一気に聴き通すことが可能になったが、どちらが良いのか、一概には言えないような気もする。

 このライヴ・アルバムが収録されたときの、すなわち初来日時の、レインボーのメンバーはギターのリッチー・ブラックモア、ヴォーカルのロニー・ジェイムス・ディオ、ドラムにはコージー・パウエル、ベースはジミー・ベイン、キーボードにトニー・カレイという構成だった。ロニー・ジェイムス・ディオが在籍していたバンド「エルフ」とリッチー・ブラックモアが合流する形で誕生したレインボーだったが、結局はロニーとリッチー以外のメンバーはすべて入れ替わっていた。その新メンバーで名盤「Rising(虹を翔ける覇者)」を1976年春に発表、そしてその年の暮れに初来日が実現する。リッチー、ロニー、コージーという、第一級の実力を持つ三人のミュージシャンが揃った時期で、ファンの間では「三頭」時代などと呼ばれ、ブリティッシュ・ハード・ロック・バンドとしてのレインボーの黄金期と言っていい時代だ。そのメンバーでのレインボーの初来日コンサートのステージを見ることのできたファンは幸運だったろう。自分もまたそのひとりだ(返す返すも演奏中のコージーの姿を見ることができなかったのは惜しまれるが)。そしてその際の音源を中心に、ライヴ・アルバム「On Stage」が1977年1月に発売されることになる。

 「On Stage」に収録されたのは「Kill The King」、「Man On The Silver Mountain」から「Blues」、「Starstruck」へと続くメドレー、「Catch The Rainbow」、「Mistreated」、「Sixteenth Century Greensleeves」、「Still I'm Sad」の6トラックだ。「Kill The King」は当時はまだ未発表曲だったから、来日コンサートを見ることのできなかったファンはこのアルバムで初めて耳にしたことだろう。「Man On The Silver Mountain」、「Catch The Rainbow」、「Sixteenth Century Greensleeves」、「Still I'm Sad」がファースト・アルバムの収録曲、「 Starstruck」はセカンド・アルバム「Rising」の収録曲、「Mistreated」は説明の必要もないが、ディープ・パープルの「Burn」に収録されていた名曲だ。トータルの収録時間は64分ほど、楽曲ごとの彼らの演奏時間の長さと、当時のLPレコードの収録時間の技術的限界との兼ね合いもあって、こうした構成になったのだろうが、3枚組でもいいからもっと多くの演奏を収録して欲しかったと思ったファンも少なくなかったろう。(自分もまたそうだったように)この程度では“抜粋”でしかないと感じたファンも多かったに違いない。しかし演奏する彼らの姿も見えず、コンサート会場の熱気も伝わらないライヴ録音盤を“商品”として発売するには、こうした構成が限界だったかもしれない。

 このライヴ・アルバムは実は当初は「Live in Japan」になる予定だったらしい。残念ながら収録された演奏にリッチーが満足せず、一部ヨーロッパでのライヴ音源を加えて構成されることになり、「On Stage」になったという話だ。でも、それでもいいではないか。そしてまた、自分が足を運んだ福岡公演の音源でもないが、それもまたいいではないか。1976年のレインボー初来日コンサートのいずれかの会場に足を運んだファンの誰もが、自分が体験したレインボーのステージを重ね合わせてこのライヴ・アルバムを聴いたはずだ。このライヴ・アルバムには自分たちが体験したレインボーのステージの興奮が刻まれているのだと、そんなふうに思いながらレコードに針を下ろし、あの時のコンサートを追体験していたはずだ。1976年のレインボー初来日コンサートを体験したファンにとって、このライヴ・アルバムは数あるロック・ミュージックのライヴ・アルバムの中でも特別なものだろう(少なくとも自分にとってはそうだ)。特に演奏が収録されたコンサートに足を運んだファンにとっては、演奏と共にレコード盤(今はCDだが)に刻まれた聴衆の歓声の中に自分の声も混じっているという事実だけで、宝物のようなアルバムであるに違いない。

節区切

 リッチー・ブラックモアとロニー・ジェイムス・ディオ、そしてコージー・パウエルを擁した「三頭」時代のレインボー、ドラマティックな音楽性とハードなサウンドが一体化した“ブリティッシュ・ハード・ロック”としてのレインボーの、これが唯一の公式ライヴ音源だ。思えば、この頃が“ブリティッシュ・ハード・ロック・バンド”としてのレインボーの最盛期だったのではないか。楽曲の良さ、演奏の素晴らしさ、どれをとっても“ブリティッシュ・ハード・ロック”としての魅力に満ち溢れている。「Rising」などのスタジオ録音盤ももちろん素晴らしいものだが、ライヴ演奏に音源を求めたこのアルバムはまた別格の魅力がある。「Kill The King」のたたみかけるような迫力、「Catch The Rainbow」のリリカルでドラマティックな展開、「Sixteenth Century Greensleeves」のグルーヴ感など、すべてが素晴らしい。「Mistreated」もディープ・パープルの演奏とはまた違った魅力を放って見事だ。ライヴ音源であっても演奏にはまったく破綻がなく安定しており、“録音された音楽”として“鑑賞”するに充分のクオリティを保っているのが嬉しい。当時のロック・シーンが生み出した数々のライヴ録音盤の中でも屈指のものではないだろうか。

 このアルバムが発売された1977年、ロック・シーンはすでに「パンク」の台頭を迎えていた。当時のレインボーが演奏していたようなスタイルの“ハード・ロック”は時代の波の中に淘汰されてしまう運命にあった。リッチー・ブラックモア自身もまた、この後、アメリカ市場でのヒットを視野に入れ、柔軟にポップな音楽性に歩み寄ってゆくことになる。ディープ・パープルの音楽性の変化、リッチー・ブラックモアの離脱とレインボーの結成、その後の音楽性の変遷、そこへ重なる“ハード・ロック”の隆盛と衰退、そうしたものをすべて歴史の中に俯瞰できる今となってようやく、「Rainbow On Stage」というライヴ・アルバムの置かれた位置が見えてくるような気もする。そうした視点に立てば、あの初来日コンサートのひとつに足を運んだファンのひとりとしての“思い入れ”だけでなく、このアルバムがロック・シーンに於ける重要なスタンスの作品であるかのような、特別な輝きを放っているようにも感じられるのだ。あれから三十年以上の時が過ぎた。レインボーが演奏していた“ハード・ロック”はとっくの昔に“古い時代”のスタイルになってしまった。それでも決してこの音楽の放つ魅力の輝きは鈍ることはない。“ブリティッシュ・ハード・ロック”というスタイルのひとつの理想を具現化した演奏が、このアルバムには刻まれているのだ。

節区切

 あの日、同じコンサートを体験した彼女は今でもロックを聴いているだろうか。あの夜の熱気を胸に抱き、今は亡きコージー・パウエルとロニー・ジェイムス・ディオを想い、さあ、もう一度、「Rainbow On Stage」を聴こう。