幻想音楽夜話
Fresh / Raspberries
1.I Wanna Be With You
2.Goin' Nowhere Tonight
3.Let's Pretend
4.Every Way I Can
5.I Reach For The Light
6.Nobody Knows
7.It Seemed So Easy
8.Might As Well
9.If You Change Your Mind
10.Drivin' Around

Eric Carmen : rhythm guitar, piano & vocals.
David Smalley : bass guitar & vocals.
Wally Bryson : lead guitar & vocals.
Jim Bonfanti : drums & vocals.

Produced & Sound by Jimmy Ienner
1972 Capitol Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ラズベリーズの「レッツ・プリテンド」が大好きだった。当時、シングル盤を買い求め、何度も何度も繰り返し聴いたものだ。「レッツ・プリテンド」は「明日を生きよう」の次のシングルとして発売され、1973年初夏から夏にかけてのヒット曲になった。カーペンターズの「シング」やドーンの「幸せの黄色いリボン」、ポール・マッカートニー&ウイングスの「マイ・ラヴ」などが大ヒット曲になっていた頃だ。「レッツ・プリテンド」はそれらと肩を並べるほどの「大ヒット」にはならなかったが、当時の洋楽ヒット曲を代表する楽曲のひとつであることは確かだろう。個人的にはポール・マッカートニー&ウイングスの「マイ・ラヴ」と共に1973年夏を象徴する楽曲のひとつだ。「レッツ・プリテンド」を聴くと、今でもあの年の夏を思い出して甘酸っぱい気持ちになる。

 1972年の秋から1973年初頭にかけての「ゴー・オール・ザ・ウェイ」のヒットによって日本の洋楽ファンにその名を知らしめたラズベリーズは、その余韻も醒めない1973年早春に「明日を生きよう」をヒットさせる。そしてそれに続くシングルとして発売されたのが「レッツ・プリテンド」だった。「ゴー・オール・ザ・ウェイ」と「明日を生きよう」はパワフルなサウンドで聴かせる爽快なロックン・ロールだったが、「レッツ・プリテンド」は少しばかりテンポを落としたポップ・ソングだった。もちろん「ゴー・オール・ザ・ウェイ」も「明日を生きよう」も大好きだったが、「レッツ・プリテンド」は心の琴線に触れるというのか、とにかく初めて聴いたときから別格の魅力を感じて大いに気に入ってしまったのだった。

節区切

 「レッツ・プリテンド」と、その前のシングル「明日を生きよう」は、ラズベリーズの二枚目のアルバムの収録曲だった。ラズベリーズの二枚目のアルバムは「Fresh」というタイトルで、1972年秋に発表された。デビュー・アルバムと同じバンド・メンバー、同じプロデューサーによって造られたセカンド・アルバム「Fresh」は、基本的にはデビュー・アルバムの音楽性を踏襲し、その延長上にあるものだったが、「Don't Want To Say Goddbye」や「I Can Remember」、「Waiting」のようなストリングスを使用したスロー・バラードは姿を消し、よりポップで軽やかな印象の楽曲で占められていた。アルバム全体の印象はよりタイトになり、いかにも「ロック・バンド」的な佇まいに近づいたと言っていい。

 アルバムには10曲が収録されていたが、どの楽曲も3分前後の演奏時間で、合計の演奏時間は32分に満たなかった。しかし充分にラズベリーズの魅力に満ちた、アメリカン・ポップ・ロックの楽しさを凝縮したような32分間だった。ヒット曲になった「明日を生きよう(I Wanna Be With You)」や「レッツ・プリテンド(Let's Pretend)」、そして「I Reach For The Light」、「If You Change Your Mind」の4曲がエリック・カルメンによる楽曲で、「Goin' Nowhere Tonight」、「Nobody Knows」、「It Seemed So Easy」、「Drivin' Around」の4曲がエリック・カルメンとデイヴ・スモーリーによる共作、「Every Way I Can」はデイヴ・スモーリー、「Might As Well」がウォーリー・ブライソンによる楽曲だ。ソング・ライティングの面でもエリック・カルメンが中心的な役割を果たしていたことがわかる。

節区切

 アルバムの冒頭には、当然のことながらヒット曲の「明日を生きよう(I Wanna Be With You)」が収録されていた。この楽曲こそが、少なくとも日本に於けるラズベリーズの人気を決定的にした楽曲だったと言っていい。そのためもあってか、日本でのアルバム・タイトルも「明日を生きよう」となっている。「明日を生きよう」という日本語タイトルは、グラス・ルーツのヒット曲「今日を生きよう」にヒントを得たものだったに違いない。「明日を生きよう」という言葉からは現在ではいわゆる「応援歌」的な印象を持ってしまうが、原題の「I Wanna Be With You」からもわかるように内容は熱烈なラヴ・ソングだ。「明日を生きよう」は「ゴー・オール・ザ・ウェイ」の魅力をそのまま引き継いだ楽曲だと言っていいだろう。「ザ・フーのサウンドとビーチボーイズのコーラスの融合」といった形容が「ゴー・オール・ザ・ウェイ」に対して用いられたものだが、「明日を生きよう」もまたパワフルなロックン・ロールに甘美なコーラスが加わり、若々しく溌剌とした印象の楽曲に仕上がっている。後に「パワー・ポップの元祖」的に扱われるラズベリーズの、まさに象徴のような楽曲のひとつと言っていい。

 「レッツ・プリテンド」はパワーとスピードを抑えたバンド・サウンドに甘美なメロディとコーラスを乗せた楽曲だ。CD(TOCP-6359)の解説を書かれた八木誠氏の言葉を借りれば、いわゆる「ロッカ・バラード」のスタイルと呼べるだろう。何しろメロディが美しく、エリック・カルメンの歌唱が楽曲の魅力を余すところなく伝えている。メロディ・メイカーとしてのエリック・カルメン、シンガーとしてのエリック・カルメンの真骨頂と言える楽曲ではないだろうか。

 このアルバムでははやり「明日を生きよう」と「レッツ・プリテンド」が別格の圧倒的な魅力を放っているが、他の楽曲も決してつまらないというわけではない。「If You Change Your Mind」も、いかにもエリック・カルメンの楽曲という印象だ。デビュー・アルバムに収録されていた「I Can Remember」や「Waiting」などとは違って、もっとポップにタイトにまとめられており、後にソロ・シンガーとして成功する時期のエリック・カルメンの歌唱の萌芽を感じることができる。なかなかの佳曲だ。ラズベリーズの音楽に於けるビートルズの影響というものはファンの誰もが認識していることだと思うが、「I Reach For The Light」はまさに「ビートルズ風」の楽曲で、曲を書いたエリック・カルメンの、ポール・マッカートニーに対する敬意と憧憬を如実に感じることができる。

 他にも、少しばかりフォーク・カントリー風の佇まいを持つ「Goin' Nowhere Tonight」もいいし、「Nobody Knows」や「It Seemed So Easy」、「Might As Well」といった、アコースティックなフォーク・ロックも素敵だ。八木誠氏も書いておられるが、「It Seemed So Easy」はピーター&ゴードン風の佇まいを感じる楽曲だ。メンバーのコーラス・ワークを前面に据えた「Drivin' Around」もいい。個人的に特筆したいのは「Every Way I Can」だ。この楽曲は「レッツ・プリテンド」のシングル盤のB面にも収録されていた楽曲だが、シンプルでタイトなロック・ナンバーだ。それぞれの楽器の音がダイレクトに響き、ある意味ではこのアルバムで最も「ロックっぽい」楽曲であるかもしれない。大好きな楽曲だ。

 ラズベリーズのリード・ヴォーカリストはもちろんエリック・カルメンだが、楽曲によっては他のメンバーがヴォーカルを担当した楽曲もある。そうした楽曲はエリック・カルメンがヴォーカルを担当した楽曲とはまた違った表情を見せて、これもなかなか素敵な雰囲気を持っている。ファンの立場それぞれに思うところは異なるとは思うが、リード・ヴォーカルを担当できるメンバーが複数いることで、ラズベリーズというグループの音楽に幅が生まれ、さまざまな表情を見せてくれるのは事実だろう。

節区切

 ラズベリーズがヒット・チャートを賑わせていた時代からすでに三十数年を経過してしまった。一般的な音楽ファンのほとんどにとって、ラズベリーズは「明日を生きよう」や「レッツ・プリテンド」、そして「ゴー・オール・ザ・ウェイ」といったヒット曲とともに語られるグループに過ぎないかもしれない。しかし、ラズベリーズがまさに「Fresh」なグループだった頃に彼らの音楽に親しんだ世代のファンにとって、このラズベリーズのセカンド・アルバムは彼らの「Fresh」な魅力を詰め込んだアルバムとして特別な存在感を放っている。「明日を生きよう」や「レッツ・プリテンド」以外の楽曲も、その頃のラズベリーズの魅力に満ち溢れた素敵なものばかりだ。「名作」とか「傑作」と評すべきアルバムではないかもしれないが、1970年代前半の洋楽ヒットを聴き親しんだ音楽ファンにとって、そしてまたその時代の洋楽ヒットを愛するすべての音楽ファンにとって、瑞々しく甘酸っぱいラズベリーズの魅力を存分に味わえる一枚であることは間違いない。