幻想音楽夜話
All American Boy / Rick Derringer
1.Rock and Roll, Hoochie Koo
2.Joy Ride
3.Teenage Queen
4.Cheap Tequila
5.Uncomplicated
6.Hold
7.The Airport Giveth (The Airport Taketh Away)
8.Teenage Love Affair
9.It's Raining
10.Time Warp
11.Slide on over Slinky
12.Jump, Jump, Jump

All Songs written by Rick Derringer, except "Hold" which was written by Rick Derringer & Patti Smith
Produced by Rick Derringer and Bill Szymczyk
1973
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 痛快で爽快、洒脱で小粋で、派手で煌びやかで、アグレッシヴでホットな演奏の中に都会的に洗練されたクールさを併せ持ち、思わず身体が揺れてしまうようなグルーヴを聞かせてくれる、“サイコーにイカした”カッコいいロックン・ロールを聴きたいというのなら、お薦めの一曲がある。リック・デリンジャーの「ロックン・ロール・フーチー・クー」だ。

 リック・デリンジャーの「ロックン・ロール・フーチー・クー(Rock and Roll, Hoochie Koo)」は彼のアルバム「All American Boy」の冒頭に収録されていた楽曲で、今では“名曲”として知られている。「All American Boy」はリック・デリンジャーの初めてのソロ・アルバムとして1973年に録音され、同年のうちに発表されたものだ。日本での発売がいつだったか記憶が定かではないが1974年になってからだったかもしれない。当時、「ロックン・ロール・フーチー・クー」はシングル曲としても発売されたことを覚えている。それほどのヒットにならなかったものの、日本のロック・ファンにリック・デリンジャーの名を印象づけた楽曲だった。もちろんリック・デリンジャーの名は一部のファンには以前から知られていたが、一般的にはそれほどの知名度はなく、ラジオ番組で紹介されるときなどには、“マッコイズのメンバーだった”という形容がよく聞かれたものだ。

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 それまでのリック・デリンジャーのことを少し書いておこう。リック・デリンジャーは1947年、オハイオに生まれ、10代になる頃からギターを始めたという。やがてインディアナに移り、仲間とバンドを結成して本格的な音楽活動を開始する。バンドは「マッコイズ」の名でデビューを果たし、1965年に「ハング・オン・スルーピー」の大ヒットが生まれている。ちなみに、マッコイズの「ハング・オン・スルーピー」がビルボード・チャート1位になったのは1965年10月のことで、「ハング・オン・スルーピー」から1位の座を奪ったのはビートルズの「イエスタデイ」である。マッコイズはその後も活動を継続するが、急激に変化してゆく1960年代後半のミュージック・シーンの中で次第に人気を失ってゆく。

 やがてリック・デリンジャーはプロデューサーとしての活動に道を見出す。ジョニー・ウインターをデビューさせたスティーヴ・ポールがデリンジャーの才能を見込んでジョニー・ウインターに紹介、1971年に発表された「ジョニー・ウインター・アンド(Johnny Winter And)」に於いて、バンド・メンバー兼プロデューサーとして再出発を果たすのだ。ジョニー・ウインターは1960年代からブルース・ギタリストとして音楽活動を開始、1969年にはCBSから華々しく再デビューしているがその後は低迷していた。そのジョニー・ウインターをいわば“復活”させたのがアルバム「ジョニー・ウインター・アンド」であり、すなわちリック・デリンジャーの手腕だったと言っていい。その後、リック・デリンジャーはジョニーの弟、エドガーとも親交を深め、彼のグループのプロデュースやバンド・メンバーとしてもその才能を遺憾なく発揮している。

 1970年代前半のリック・デリンジャーは前述のように主としてジョニー&エドガー・ウインター兄弟のサポート役としてその才能を発揮してきたわけだが、一部のロック・ファンの間では彼らの成功の“陰の立役者”としてのリック・デリンジャーの存在が語られていたものだった。そうした中で発表されたリック・デリンジャーの、ソロ名義での初めてのアルバムが「All American Boy」だった。

 「All American Boy」という、そのタイトルがとてもいい。何ともカッコいいタイトルではないか。ジャケットを飾ったのは銀色のジャケットと銀色の手袋を身に付けてギターを抱くリックの姿だった。その頭上には「RICK DERRINGER」と「ALL AMERICAN BOY」のロゴがネオンサインのように煌めいていた。1960年代半ばに全米No.1になる大ヒットを生みながら、その後は他のミュージシャンのサポートに徹してきたリック・デリンジャーの、華やかな再出発だった。

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 プロデューサーとして頭角を現したリック・デリンジャーだが、元来ギタリストとしてもコンポーザーとしても並々ならぬ才能の持ち主だ。ジョニー・ウインターのサポートとしての活動の中で経験を積みながら、さまざまなアイデアを温めていたのだろうということは想像に難くない。そうしたアイデア、構想を形にしたのが、このアルバムだったかもしれない。収録された12曲の楽曲は、パティ・スミスが詞を書いた「Hold」以外はすべてリック・デリンジャー自身の作詞作曲によるものだ。収録曲は「ロックン・ロール・フーチー・クー」のようなハード・ドライヴィンなカッコいいロックン・ロールから、甘くメランコリックなバラード曲まで多彩で、リック・デリンジャーのコンポーザーとしての“懐の深さ”がよくわかる。

 件の「ロックン・ロール・フーチー・クー」は、そもそもは「ジョニー・ウインター・アンド」の収録曲だった。本アルバムのヴァージョンはいわば「セルフ・カヴァー」と言えるものだ。ジョニー・ウインター・アンドでの「ロックン・ロール・フーチー・クー」もなかなか素晴らしいのだが、本アルバムでのヴァージョンの方がやはり圧倒的に魅力的だと言わざるを得ない。発表されたのはジョニー・ウインター・アンドのヴァージョンが先だが、今になって聴き比べてみれば、本アルバムのヴァージョンこそが本来の「ロックン・ロール・フーチー・クー」であり、ジョニー・ウインター・アンドのヴァージョンの方がカヴァーだと思えてしまうほどだ。

 とにかく、この「ロックン・ロール・フーチー・クー」のカッコ良さ、痛快さは圧倒的だ。これほど痛快でカッコいいロックン・ロールというものはなかなかない。アグレッシヴでホットな演奏だが粗雑な荒々しさは感じられず、情動に流されることもなく知的に抑制が効き、それでいて聴き手の熱い興奮を誘う。「ロックン・ロール・フーチー・クー」のこの魅力は、もちろん楽曲そのものの良さによるところも小さくはないが、リック・デリンジャーのギター・プレイとヴォーカルの魅力、巧みなアレンジ、ツボを心得たプロデュースによるものだと言っていい。演奏者の熱情に任せ、それを余すところ無く表現することによって実現するロックン・ロールのカッコよさというものももちろん素晴らしいものだが、リック・デリンジャーの「ロックン・ロール・フーチー・クー」はどちらかと言えばそうしたものとは別の次元にあり、ポップ・エンターテインメントとしてのロックン・ロールの魅力がどういうものなのかということを知り尽くした才能によって、明確なヴィジョンに基づいて造り上げられたものだ。

 その「ロックン・ロール・フーチー・クー」を冒頭に収録したアルバム「All American Boy」は、そのようなリック・デリンジャーというミュージシャンの才能と魅力を存分に味わえる作品だ。「Rock and Roll, Hoochie Koo」に続く「Joy Ride」はポップなインストゥルメンタル曲で、そのままメランコリックなバラードの「Teenage Queen」へと繋がってゆく。「Cheap Tequila」はカントリー・タッチのリラックスしたポップ・チューンで、アルバムの中で良いアクセントになっている。「Uncomplicated」はブギ・スタイルのロックン・ロールで、再びハードな演奏が楽しめる。「Hold」、そして「The Airport Giveth (The Airport Taketh Away)」と、甘美なバラードが続く。スイートでメランコリックな曲想が素晴らしい。「Teenage Love Affair」はポップなロックン・ロールで、それほどハードな演奏ではないが親しみやすい曲調が魅力だ。雷と雨の効果音から始まる「It's Raining」は少し気怠い雰囲気を持ったポップ・チューンだ。この楽曲のイントロで印象的に響くハーモニカは、ジャズの分野では著名なトゥーツ・シールマンスによるものだ。「Time Warp」はインストゥルメンタル曲で、スピーディな演奏の中でリック・デリンジャーのギター・プレイを堪能することができる。「Slide on over Slinky」はエッジの効いた演奏のロックン・ロールで、ラフな印象の演奏が演出されている。そしてアルバムの最後を飾るのが、「Jump, Jump, Jump」だ。アルバム中にはバラード曲が多いが、その中でもこの楽曲は群を抜いている。気怠くメランコリックで甘美な、少しばかり夢想的な曲想、余韻を持たせたエンディング、その中にリック・デリンジャーのギターが美しく響く。名曲である。「Rock and Roll, Hoochie Koo」というハードなロックン・ロールで始まり、甘美なバラードの「Jump, Jump, Jump」で締めくくる。アルバムの構成も見事だ。

 「All American Boy」の音楽はカントリー・ロックやスワンプ・ロックなどの素朴で大らかな土臭さとは無縁の、都市的な洗練を身に纏った音楽だ。その音楽は、才能に溢れた音楽家による「プロの仕事」の所産としてのエンターテインメントとして成立している。その「プロの音楽家」、すなわちリック・デリンジャーというミュージシャンは、ロック・ミュージックのダイナミズムを損なうことなく良質のポップ・エンターテインメントとして成立させるためにはどのようにすればいいのか、そしてその音楽が聴き手の感動を得るためにはどうすればいいのか、そのことを熟知しているのだ。

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 リック・デリンジャーはこの後も精力的に音楽活動を続けてきたが、残念ながら少なくとも日本での知名度はあまり高くないと言わざるを得ない。そのために、この「All American Boy」も一部のファンの間で語られるに過ぎないようにも感じる。だとすれば、まさに「隠れた名盤」という形容が相応しいかもしれない。「All American Boy」が発表されてから既に三十余年を経た。それでも「Rock and Roll, Hoochie Koo」のカッコよさや「Jump, Jump, Jump」の美しさは些かも色褪せない。1970年代アメリカン・ロック/ポップ・シーンの残した逸品である。