幻想音楽夜話
Strapps
1.School Girl Funk
2.Dreaming
3.Rock Critic
4.Oh! The Night
5.Sanctuary
6.I Long To Tell You Too
7.In Your Ear
8.Suicide

Ross Stagg - lead vocals and guitars.
Joe Read - bass guitar and support vocals.
Noel Scott - keyboards and support vocals.
Mick Underwood - drums.

All songs written by Ross Stagg
Production team - Louie Austin and Roger Glover
1976 EMI Records Ltd.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「貴婦人たちの午后」という、その邦題が良かった。原題では単にバンド名の「Strapps」であるのに、日本では敢えて独自のタイトルを用意し、さらに「午後」ではなく「午后」としたあたりにも、当時の担当者のセンスがうかがえて楽しい。収録曲の邦題には少々「凝りすぎ」的な印象のものもあったが、「Sanctuary」に「黒いブーツの女」としたあたりはなかなか「うまい」ものだと思えるし、他の邦題にもこのアルバムのイメージをうまく象徴する言葉がちりばめられていたのは確かだ。英語にネイティブなセンスを持たない身としてはなかなか原題の細かなニュアンスを捉えることは難しいが、冒頭に収録された「School Girl Funk」などは、ひどく「かっこいい」タイトルに思えたものだった。そのように、このアルバムに対するイメージは個人的にはタイトルに使われた言葉の語感が先行していたように思う。

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 ストラップスというバンドの、これが1976年に発表されたデビュー・アルバムだった。ストラップスはヴォーカルとギターを担当するロス・スタッグによって結成されたバンドだ。ロス・スタッグはオーストラリアの生まれであるらしいが、1970年代の初頭、19歳の時にイギリスに渡り、音楽出版社勤務などを経て音楽活動を開始したという。初めはなかなかチャンスに恵まれず、募集広告などでメンバーを集めたバンドも安定しなかった。

 ロス・スタッグに「運が向いて」来るのは、バンドにミック・アンダーウッドが加入したことがきっかけだっただろう。ミック・アンダーウッドはバンドのメンバー募集広告を見て、ロス・スタッグのもとを訪れたのだという。ミック・アンダーウッドはその時二十代半ばだったらしいがすでに多くのキャリアを積んだ、経験豊かなミュージシャンだった。1960年代初期にはクリフ・リチャードのバックを務めるシャドウズに在籍、1970年頃にはクォーターマスに在籍していたのだと説明すれば、「ああ、あのミック・アンダーウッドか」と思うロック・ファンも少なくないのではないだろうか。ディープ・パープルに参加する以前のロジャー・グローヴァーなどとも同じバンドに在籍した経験があるというから、このアルバムのプロデューサーにロジャー・グローヴァーも名を連ねているのはそのあたりの繋がりからだろう。

 ストラップスを構成する他のメンバーもやはり募集広告によって集められたものという。実質的にはストラップスはそのままロス・スタッグなのであり、彼のパフォーマンスをサポートするためにミュージシャンが集められ、バンドを構成していたと見るべきだろう。しかしそのバンドにミック・アンダーウッドが加入したことはロス・スタッグにとって幸運であり、バンドの成功に果たした役割は大きなものだったに違いない。ミック・アンダーウッドの豊かな経験とそこから身につけた確かな演奏技術と幅広い音楽性が、ロス・スタッグの若い才能を支えたと見なすこともできるだろう。ミック・アンダーウッドが加入した頃から「Strapps」と名乗るようになったバンドはその人気も急激に高まっていったのだという。

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 ストラップスのデビュー・アルバムが発表された1976年、「ブリティッシュ・ロック」は衰退の一途にあった。1970年代前半に隆盛を見た「ハード・ロック」や「プログレッシヴ・ロック」のバンドたちのほとんどが低迷し、自らの行くべき方向を見失ってしまったかのように見えた。そしてまた時代はまさに「パンク前夜」だった。1975年の暮れにパティ・スミスの「ホーセズ」が発表され、「ニューヨーク・パンク」がいよいよロック・シーンの前面に登場してこようとしていた。「パンク」はロンドンに飛び火し、セックス・ピストルズがセンセーショナルな話題を振りまきつつあった。

 そのような状況の中にストラップスはデビューした。決して順風満帆な出だしではなかった。彼らのデビューに当時どれだけのロック・ファンが注目しただろうか。彼らのデビューに際し、日本の音楽ジャーナリズムの一部は、ストラップスに「パンク」の呼称を被せて紹介したりもした。苦笑を禁じ得ない話だが、当時の日本のロック・ファンもジャーナリズムも、「パンク」に対する認識はその程度のものだったかもしれない。「パンク」が一体何なのか、遠く離れた日本ではまだよくわかっていなかったのだ。

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 ストラップスの名は今では1970年代の「ブリティッシュ・ハード・ロック」の中のバンドのひとつとして語られることも多いが、このデビュー・アルバムは実は「ハード・ロック」ではない。ストラップスが「ハード・ロック」の形容のもとに語られるようになるのは、次作以降の彼らの音楽性が「ハード・ロック」に変化したからであり、特に次作「Secret Damage」が「ハード・ロック」の傑作だったことによる。

 もちろんこのデビュー・アルバムにも「ハード・ロック」的要素を見つけることはできる。例えば「School Girl Funk」の演奏などはなかなか痛快で、その感覚は「ハード・ロック」と共通するものであるかもしれない。しかしギター演奏とヴォーカルとの対峙が生み出す緊張感や、硬質で重厚な音像のもたらす痛快感といったものに「ハード・ロック」の立脚点を見いだすとするならば、「School Girl Funk」も、他の楽曲も、「ハード・ロック」ではない。

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 彼らがデビューした時、彼らの音楽性を言い表す目的で「グラム」の形容が用いられることも少なくなかった。もちろんストラップスの音楽が「グラム・ロック」であったわけではないが、その音楽の退廃的で背徳的な匂いには1970年代初頭にロンドンを席巻した「グラム・ロック」と同質の「異端」的な魅力が濃厚に感じられたのも事実だった。その音楽には「グラム」の頃のデヴィッド・ボウイやモット・ザ・フープル、あるいはコックニー・レベルなどとも共通するイメージがある。ロス・スタッグの書く楽曲やそのヴォーカル・スタイルにはイアン・ハンターやスティーヴ・ハーリーと重なるものが感じられるのだ。ロス・スタッグがそれらの音楽に傾倒していたのかどうかは知らないが、多少なりとも影響を受けていたのではないか。

 エロティックで少々サディスティックなイメージのジャケット・デザインや、倒錯的で偏執的な愛の世界を連想させる歌詞なども、そうした退廃的で背徳的なイメージに繋がるものだった。そもそもバンド名ともなった「strap」という単語には単に「つり革」などの意味の他に「革ひもで打つ」なども意味もあり、ロス・スタッグはデビューに当たってそうしたイメージを演出し、前面に据えたという側面もあるのだろう。

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 1970年代のロック・シーンはさまざまな方法論が生まれ、試されてきた時代だったが、ストラップスの音楽はそうした混沌の中から生まれてきたものだっただろう。さらに言うなら、1970年代前半に隆盛期を迎えた「プリティッシュ・ロック」のエッセンスを受け継いだ若い才能が見せた新しい時代の「プリティッシュ・ロック」、1970年代初期の「ブリティッシュ・ハード・ロック」と「グラム・ロック」との間に産み落とされた新しい世代の「ブリティッシュ・ロック」であったかもしれない。

 「ハード・ロック」とも「グラム・ロック」とも言い切れず、もちろん「パンク」でもないストラップスのロックは、特に彼らのステージを見る機会のなかった日本のロック・ファンにはなかなか踏み込む入口のつかみにくいものだったに違いない。他の「ハード・ロック」のように痛快で豪快な演奏を堪能できるわけでもなく、その音楽の感触はどこか「つかみどころのない」印象を与えるものだったかもしれない。

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 しかしストラップスのロックが一部のロック・ファンにはとても魅力的なものだったことも事実だろう。このデビュー・アルバムはロス・スタッグの歌唱を中心に据えた音楽だと言ってよいが、彼の癖のある歌唱と硬質のギター・サウンドは「ハード・ロック」とはまた違った痛快感を感じさせるものだった。全編に漂う退廃的で背徳的な匂いも、都市的でアンダーグラウンドな感触を伴っていて魅力的だった。敢えて言うなら、それは「ロック」というものが持つ根元的な魅力のひとつだったのではないか。

 モット・ザ・フープルを連想するようなロックン・ロールもいいし、倦怠感と哀感とが交錯するバラードもいい。そして何と言っても「School Girl Funk」だ。「School Girl Funk」に於けるロス・スタッグの歌唱とギター・サウンドはある種の「凄み」さえ感じさせて痛快だ。「School Girl Funk」のクールで小気味よい「かっこよさ」こそは、「ロック」の「かっこよさ」そのものなのではないのか。

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 ストラップスのデビュー・アルバムはまるで時代の隙間に咲いた一輪の花のようだった。決して「名盤」とか「傑作」といった形容の相応しい作品ではないが、「パンク」の激動を迎えようとしていた当時の英国ロック・シーンに現れた小気味よい佳品であることは間違いない。そのストラップスが次作に於いて痛快無比な「ハード・ロック・サウンド」を創り上げ、特に日本のハード・ロック・ファンの大喝采をもって迎えられることになろうとは、誰が予想しただろうか。