横浜市青葉区あざみ野〜新石川〜荏田
早渕川
(あざみ野〜中荏橋)
Visited in March 2024

春まだ浅い三月半ば、東急田園都市線あざみ野駅に降りた。あざみ野を拠点に早渕川の河岸を歩いてみようと思ったのだった。以前、都筑区のセンター南駅付近から中荏橋まで早渕川の河岸を歩いたことがあった。今回はあざみ野駅付近から下流側に辿って中荏橋まで歩いてみたい。空気はまだ冷たさを残しているが、空は晴れて散策には良い日だ。

駅に近いこともあってか、川の両岸には建物が建ち並び、その間を流れる早渕川は巨大な溝のような様相だ。和田橋から下流側を見れば、高架で川を跨いでいる田園都市線の線路も見える。いかにも市街地を流れる川という風情である。

川が道路に“入り込む”とは奇妙な表現だが、この表現が相応しい気がする。南側から日吉元石川線の西行きの車線をくぐった早渕川は、そのまま道路の中央分離帯と化して、西行きの車線と東行きの車線の間を流れている。言い換えれば、早渕川の両岸に西行きと東行きの、それぞれの一方通行路が沿っている形だ。初めて車で走るときには、少し戸惑いを覚える道路である。このまま上流側へ早渕川を遡ってみたい気もするが、それはまた次の機会にしたい。

中村大橋の袂に河川管理境界を示すパネルが設置されている。中村大橋の西側の端が境界で、下流側は神奈川県横浜治水事務所の管轄、上流側は横浜市道路局河川管理課青葉土木事務所の管轄だ。管轄の違いにより、下流側は「一級河川 早渕川」、上流側は「準用河川 早渕川」である。

河岸の道はそれほど人通りが多いわけではないが、あざみ野駅(あるいは駅周辺)へと行き来する人の姿がちらほらとある。道脇では菜の花や雪柳などの花が咲いている。のんびりと下流側へと辿っていこう。

河畔は基本的に住宅地だ。長閑とは言いがたい風景だが、喧噪を感じるわけでもなく、のんびりとした河岸散歩が楽しめる。歩きながら振り返ると、あざみ野駅周辺の繁華な街並みが少しずつ遠ざかっていく。

ちなみに港北ニュータウン事業は1965年(昭和40年)に発表、1974年(昭和49年)に基本計画が策定されて着工、1996年(平成8年)に終了している。横浜市港北区は1939年(昭和14年)に都筑郡の町村が横浜市に合併した際に発足、1969年(昭和44年)になって当時の港北区から緑区が分区、さらに1994年(平成6年)になって行政区の再編成が行われ、緑区から青葉区が分区、港北区から都筑区が分区する形で現在の形になっている。都筑区に位置しているにもかかわらず「港北ニュータウン」という名称なのは、基本計画が策定された当時、都筑区が発足する以前の港北区だったからである。

その“親水広場”のすぐ下流側で、左岸側から小さな川が合流している。川の名はわからなかった。合流点から上流側は暗渠になっているようだ。地図を見ると、新石川桜通りの中央部の歩道が川跡のように思われる。いつか機会を作ってこの川跡も歩いてみたい。

関耕地とはちょっと興味を覚える地名だが、古くからの地名のようだ。今は「関」の字を当てているが、もともとは「堰」だったのだろう。個人的な推測だが、早渕川に堰が設けられており、その近くに拓かれた耕地という意味合いの地名だったのではないか。あるいは、堰耕地橋の南西側に丘陵地があることを考えれば、「耕地」も「高地」だったか。いろいろと想像を巡らせるのも楽しい。

関耕地橋から50mほど下ったところから200mほど、早渕川は暗渠だ。川の上を国道246号が斜めに横切るのだ。だから正確には“暗渠”というのではなく、巨大な橋が架かっているというべきなのかもしれない。その国道246号のさらに上を、横浜市営地下鉄ブルーラインの線路が東西に横切っている。南側の歩道橋からその様子がよく見える。交通インフラのダイナミズムを具現化したような景観だ。

「宿裏」という名にも興味を覚える。そもそも荏田はかつて大山道(矢倉沢往還)の荏田宿があったところだが、その裏手という意味合いの地名だろうか。住所表示では使われなくなった古い地名も、橋の名として残っていることが少なくない。その古い地名について後日調べたり、想像を巡らせたりするのも、川沿い散策の楽しみのひとつだ。

宿裏橋から300mほどで鍛冶橋だ。鍛冶橋も1979年(昭和54年)3月の竣工だ。この橋の名も古い地名だろう。鍛冶橋から北北東の方角に300mほど離れたところに老馬鍛冶山不動堂があるが、これと関係があるのかもしれない。いずれ機会を設けて老馬鍛冶山不動堂を訪ねてみよう。

合流点の近くで、布川に小さな橋が架けられている。荏田管理橋という名の小さな橋で、1982年(昭和57年)3月竣工という。荏田管理橋を渡って、さらに早渕川の右岸を下流側へと辿っていこう。

以前、横浜市営地下鉄グリーンラインのセンター南駅から早渕川を辿って中荏橋まで歩いたことがあった。2014年(平成26年)の5月だった。あのときは中荏橋から早渕川の河岸を離れて北東の方角へと辿り、横浜市営地下鉄グリーンライン中川駅へ向かったのだった。また中川駅へ向かってもいいが、今回は早渕川の左岸を辿ってあざみ野に戻ることにしたい。上流側へと向かえば、また違った風景が楽しめるだろう。




以前から機会を見つけては早渕川の河岸を歩いている。今回はようやくあざみ野周辺からその下流側を歩く機会に恵まれた。今回は河岸の道を辿るだけにしたが、布川を遡ってみたり、旧大山街道を辿ったり、周辺の散策も楽しんでみたい。


