横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市緑区長津田〜いぶき野
岩川
(宮下橋〜御前田橋)
Visited in September 2024
岩川(宮下橋〜御前田橋)
横浜市緑区の西部、岩川という河川が流れている。緑区長津田町西部に源を発し、北東の方角へと流れ、緑区いぶき野で恩田川に注いでいる。以前から機会を見つけて岩川に沿って歩いてみたいと思っていたのだが、ようやく機会を作って横浜線長津田駅に降りた。恩田川との合流点から、岩川を上流側に辿ってみたい。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 横浜線長津田駅を南口に出る。南口の駅前は今も再開発の工事が進められている。まずは岩川と恩田川との合流点を目指そう。駅前から都道139号真光寺長津田線へ出て東へ進めば1km足らずで「下長津田」交差点、国道246号との交差点だ。

交差点には横断歩道も設けられているが、敢えて交差点西側に設置された歩道橋を渡ってみる。歩道橋の上に立てば国道246号を高みから見下ろせる。国道246号は交通量が多く、ひっきりなしに車が行き交っている。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 「下長津田」交差点から国道246号の下り車線側の歩道を東へ進む。横浜線の線路をくぐると右手に折れる道があり、岩川の河岸に出ることができる。岩川の左岸に沿った道を下流側に辿っていく。

岩川と国道246号との間には農地が広がっている。水田ではすでに稲穂が黄金に輝いている。畑地の一角で、まだ九月の初旬だというのに彼岸花が咲き始めていた。同じ畑地の反対側にはまだ多くの花をつけた百日紅が立っている。百日紅と彼岸花との共演はこの季節ならではの風景だ。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 岩川左岸に沿った道を下流側へ辿る。とりあえず恩田川との合流点を目指そう。新橋、門前橋、屋敷橋と過ぎ、国道246号を離れてから700mほどで恩田川との合流点だ。恩田川は町域の境になっており、右岸側は緑区いぶき野、左岸側は緑区しらとり台だ。

合流点部分の岩川には宮下橋という橋が架けられ、恩田川右岸に沿った道を通している。恩田川と岩川との合流点の様子を対岸(恩田川左岸)からも見てみたいが、恩田川の左岸に行くには300mほど恩田川を下流側に辿ったところの川戸橋まで行かなくてはならないようだ。それほど遠い距離ではないが、合流点から川戸橋まで2往復すれば約1.2km、今回はやめておこう。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 宮下橋の袂、恩田川の河岸に「鶴見川流域案内板」、いわゆる「バクの案内板」が設置されている。鶴見川の流域が動物のバクを思わせる形だということから「バクの案内板」の愛称がつけられている。案内板によればこの地点は谷本川(鶴見川)との合流点から4.7kmだそうだ。案内板には近隣の見所なども記されている。

ところで、なぜ岩川河口部に架けられた橋の名が「宮下橋」なのだろう。橋の北方、恩田川左岸側、直線距離で200mほど離れた位置に神鳥前川神社が鎮座しているが、宮下橋の「宮」は神鳥前川神社のことか。真偽はわからない。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 宮下橋の袂、岩川左岸側に岩川沿いの散策ルートを紹介する案内板が設置されている。緑区が設置したもののようだ。ルートは恩田川との合流点から玄海田公園西口までを繋いでいる。「素朴なスケールの岩川と沿道の田園風景を楽しむルート」だそうだ。案内板を確認してから岩川を上流側へと辿っていこう。

岩川の右岸を上流側へと向かう。河畔は畑地のようだ。畑地を囲むフェンスの際に彼岸花が咲いている。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 合流点から200mほどで屋敷橋だ。これも名の由来が気になってしまう橋だ。個人的な推測だが、地域の有力者や地位の高い人の住まうお屋敷へ通じる橋だったのだろうか。

屋敷橋の上から上流側を眺めてみる。岩川の右岸にはいぶき野の台地が迫り、川沿いにも家々が建ち並んでいる。河岸に印象的な姿で樹木が立っている。右岸の道はそのまま台地の上に広がる住宅地へ向かっている。屋敷橋を渡って岩川左岸に移動しよう。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 屋敷橋から岩川左岸の道を上流側へ辿る。岩川の左岸側、国道246号との間には水田が横たわっている。水田は実りの季節だ。黄金の稲穂が風に揺れている。美しい田園風景だ。

屋敷橋から250mほどで門前橋だ。これもまた橋の名の由来に興味を覚える。「門前」ということは、かつて近くに寺があったのか。いぶき野の住宅地の中に、今はそれらしい寺院は見当たらないが、昔はあったのかもしれない。そうした想像に心を遊ばせるのも散策の楽しみのひとつだ。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 少し岩川を離れ、門前橋を渡っていぶき野の住宅地の中へ足を延ばしてみる。緩やかな坂道を数十メートル上ったところに、いぶき野第一公園という公園が設けられている。面積は2000平方メートルほどの小さな公園だが、地域のイベントなどに使用される公園だ。公園の南側には下長津田自治会館が置かれ、その脇には下長津田神社が祀られている。

このいぶき野第一公園に数本の百日紅が美しく咲き誇っている。公園の北西側の角、交差点に向かった斜面に二本、広場の北東側にも数本、百日紅は今が花の盛りのようだ。どの百日紅も樹形が美しく、花数も多く、見応え充分だ。百日紅好きとしてはこうした百日紅に出会うのは嬉しい。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 百日紅の咲く景観を堪能したら、また岩川河岸に戻ろう。門前橋の上流側でも左岸側には水田が横たわっている。振り返ってみれば岩川沿いの道と、水田、川沿いに建つ家々、遠くに見えるビル、その上に広がる空の織り成す景観が美しい。

門前橋から100mと少しで新橋だ。おそらく架橋時、古い橋に代わって新しく架けられた橋ということで「新橋」と名付けられたのだろう。今の新橋は1970年(昭和45年)の竣工、すでに充分に歳月を重ねている。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 新橋の横を通り過ぎて岩川河岸を上流側へ辿っていく。目の前に横浜線の線路が迫る。線路はいぶき野の台地から岩川と国道246号を跨いで長津田へと延びている。

東側の道から岩川橋梁の様子がよく見える。橋梁の奥側には石積みの土台部分が見える。1908年(明治41年)の横浜線開業時に築造された石積みだという。関東大震災にも耐え、今もこうして現役の橋梁として使われている。現存する石積み橋梁として、貴重な近代土木遺産なのだそうだ。「横浜線の岩川橋梁」として緑区遺産のひとつにも選ばれている。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 残念ながら横浜線岩川橋梁の下を歩いて通ることのできる道はない。いったん国道246号へと出て、横浜線の南側へと回り込む。すぐに山下長津田線が岩川を跨ぐ岩川橋だ。

岩川橋のすぐ上流側に、岩川堰の遺構が残されている。かつて流域に広がっていた水田の灌漑用水などに岩川の水を利用するために設けられていた堰だ。昔は板堰だったが関東大震災で大破、1926年(大正15年)にコンクリート製の堰に改修されて今に至っている。現在は堰として利用されておらず、遺構として残るのみだ。岩川堰も緑区遺産のひとつだ。岩川左岸部に「岩川堰改造記念」の石碑が建っており、改修の経緯が記されている。目を通しておきたい。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 岩川堰からさらに上流側に向かおう。左岸側の道路を辿っていく。河畔はすっかり住宅地だ。戸建ての住宅や集合住宅が建ち並んでいる。岩川橋から100mほど進んだところ、左岸側にいぶき野第五公園という小公園があった。集合住宅に挟まれて、小さな庭のような様相で横たわっている様子に面白みがある。

いぶき野第五公園からさらに100mと少し進むと住撰橋だ。「住撰(じゅうぜん)」はこの辺りの古くからの地名であるらしい。住撰橋から南へ数百メートルの距離を辿って台地の上に登れば長津田みなみ台公園がある。高台に設けられて見晴らしが素晴らしい公園だ。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 住撰橋からさらに上流側へ辿ろう。この辺りで岩川は緩やかな蛇行を描く。その曲線が作る景観が美しい。右岸側には台地が迫り、そこに家々が建ち並んでいる。岩川は“川”というよりは巨大な溝のような様相だが、それも都市圏を流れる河川としての興趣かもしれない。

住撰橋から300mほどで御前田橋だ。御前田橋の袂、左岸の下流側に御前田公園という小公園がある。三角形の敷地で集合住宅の隣に設けられている。面積は341平方メートル、集合住宅に暮らす人たちの共同の庭のような役割を担っているのだろう。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 「御前田」も昔からの地名らしい。江戸時代に長津田村を領した岡野家の陣屋が近くにあり、その前の田んぼなので「御前」の「田」と呼ばれるようになったようだ。それが橋の名や公園の名として残っているというわけだ。

ところで「御前田」は「おんまえだ」なのか「おまえだ」なのか。“本来は「おんまえだ」”とか“字名としては「おまえだ」”とかと様々な情報があって判然としない。昔から双方の読みが混在した(人によって呼び方が違っていた)のではないか。時代が移って読み方が変わることもある。どちらが正しくどちらが誤りというわけでもないのだろう。
岩川(宮下橋〜御前田橋) 御前田橋を通る道路は、北は長津田駅、南は霧が丘方面を繋いでいる。御前田橋のすぐ北側には国道246号との「御前田」交差点がある。この「御前田」交差点を先頭に、国道246号は上り線も下り線も日常的に渋滞が発生する。改善が望まれているところだ。

その「御前田」交差点の南西側の角にお地蔵様が祀られている。大きなイチョウの木の根方に小さな祠がある。ちょっと俯き加減で優しそうな表情をしたお地蔵様だ。交通量の多い国道沿いで、今日も道行く人々を見守ってくださっている。軽く手を合わせて、写真を撮らせていただこう。

岩川(宮下橋〜御前田橋) 「御前田」交差点から100mほど北へ(長津田駅方面へ)向かったところに大林寺という寺がある。岡野家の菩提寺として江戸時代に建立された寺だという。現在の本堂は1955年(昭和33年)に再建されたものだ。裏手の墓所には岡野家の墓地がある。墓地は「旗本岡野家歴代の墓所」として横浜市の史跡に登録されている。寺社巡り趣味の人や地域史に興味のある人ならぜひ立ち寄っておきたい寺だ。

今回の岩川散歩はこの辺りで終わりにして、そろそろ長津田駅に戻ろう。大林寺から300mほど北へ辿れば長津田駅だ。
岩川(宮下橋〜御前田橋)
恩田川との合流点から御前田橋まで岩川沿いを歩いて約1.5km、ほんの短い距離だが、この日、9月上旬だというのに最高気温は35度前後、真夏の暑さだった。あまりの暑さに疲労は大きく、御前田橋で切り上げて駅に向かったのだった。次の機会には御前田橋から上流側へと辿ってみたい。
岩川(宮下橋〜御前田橋)
岩川(宮下橋〜御前田橋)
岩川(宮下橋〜御前田橋)