岩手県盛岡市に「一ノ倉邸」という施設がある。盛岡市出身の政治家、阿部浩が明治後期に造ったという庭園と建物が残されている。庭園は盛岡市の保護庭園である。秋の気配が漂う九月の初め、一ノ倉邸を訪ねた。
一ノ倉邸
岩手県盛岡市、盛岡駅前から北上川に沿うように北西に2kmほど行ったところに、「一ノ倉邸」という施設がある。「一ノ倉邸」には盛岡市出身の政治家、阿部浩が明治時代後期に造ったという邸宅と庭園が残されている。阿部浩の他界後、一ノ倉則文氏が買収、その一ノ倉則文氏も亡くなった後はしばらく空き家だったというが、市民有志が保存活動を始め、その要望を受けて1992年(平成4年)に盛岡市が取得したものという。そのような経緯で現在は「一ノ倉邸」と呼ばれているというわけだ。
一ノ倉邸
阿部浩は1852年(嘉永5年)、南部藩士の子息として生まれている。苦学の末に工部省や内務省の職員を経験、衆議院議員総選挙に当選して政治の道へ進んだ。その後、群馬県知事、千葉県知事、富山県知事、東京府知事、貴族院議員などを歴任、1922年(大正11年)、71歳で没した。
一ノ倉邸
一ノ倉邸
一ノ倉邸
「一ノ倉邸」の建物は阿部浩が1907年(明治40年)頃から造ったものという。阿部浩が50代半ばになった頃だ。木造平屋、数寄屋風の建物は面積約145坪(約480平方メートル)、大小14の和室に畳敷きの玄関、廊下などを備え、全体の畳数は約140畳という。

建物は材料にも技術にも贅を尽くしたものであることが窺えるが、華美になることなく抑制が利いて品格が保たれているという印象だ。凝った意匠の欄間や10間通しの杉丸太の桁、職人手作りであることを示す波打つ板ガラスなど、当時の建築技法の最新かつ最高のものを注ぎ込んだものだろう。近代建築に興味のある人なら、そうした細部を見てゆくだけでも興味が尽きない。

建物内部にはさまざまな物品が展示されている。阿部浩の資料などの展示もあるが、“資料館”としての性格は薄く、従って堅苦しさもない。「一ノ倉邸」ではさまざまなイベントも開催されるようで、それらに関連したリーフレットなども置かれているし、明治期から大正期、昭和初期に至る時代を彷彿とさせる物品が置かれているのも楽しい。畳敷きの部屋に鎮座するピアノは大正時代のもの、鍵盤は象牙だそうである。今も現役で使われているという。いわゆる“レトロ”なものが好きな人にもお勧めの「一ノ倉邸」である。
一ノ倉邸
一ノ倉邸
「一ノ倉邸」の庭園は阿部浩が1902〜1903年(明治35〜36年)頃に東京から庭師を招いて造ったと言われている。阿部浩が50代を迎えた頃だ。庭園は中央に大きな池を置き、三つの中島があった。池を挟んだ邸宅の対岸には築山が設けられていた。この庭園は1971年(昭和46年)に制定された盛岡市自然環境及び歴史的環境保全条例に基づいて、1974年(昭和49年)に保護庭園に指定されている。

「一ノ倉邸」の敷地面積は約2600坪(約8600平方メートル)、建物面積が約145坪(約480平方メートル)だから庭園そのものは2400坪ほど(8000平方メートル余り)か。それほど広大な庭園というわけではない。中心に池を置いて、いわゆる回遊式庭園として作庭された庭園だが、今は池の水も涸れ、緑濃く茂る木々に往時の姿を偲ぶしかない。
一ノ倉邸
庭園内には京都の高尾(高雄の古名)から移植したという12種類のモミジを主に、アカマツなどの針葉樹が植栽されている。モミジは晩秋になれば見事な紅葉に染まる。見頃は例年、11月頃だそうである。庭園でひときわ目を引くのはかつての「一ノ島」に植えられているアカマツである。その枝振りがおもしろい。丸く円を描くように枝が伸びて、何とも不思議な景観を見せている。そこにモミジの枝が伸びて風趣に満ちた景色を形作っている。このアカマツはぜひ見ておきたい。
一ノ倉邸
一ノ倉邸
庭園の片隅、かつての池の端にハス池が設けられている。植えられているハスは東日本大震災の犠牲者への鎮魂と復興の象徴として、中尊寺ハスを株分けしてもらったものという。1950年(昭和25年)、中尊寺金色堂に安置されている藤原氏四代の遺体学術調査が行われた際、四代泰衡の首桶から80粒余りのハスの種が見つかったが、これを当時の調査委員だった大賀一郎博士の門下、長島時子教授が栽培、発芽、開花に成功した。これが中尊寺ハスである。「一ノ倉邸」の周辺は藤原清衡の父である経衡と安部氏が敗北した「前九年の役」の終結の地で、その縁から中尊寺ハスを株分けしてもらったのだそうである。
一ノ倉邸
「一ノ倉邸」は盛岡の観光名所としてはあまり有名ではない。しかし、近代建築に興味のある人や“レトロ”なものの好きな人にはお勧めの施設だと言っていい。時間をかけて建物内や庭園を見学しながら、晩年の阿部浩が過ごした日々に思いを馳せるのもいいものだろう。
一ノ倉邸
「一ノ倉邸」は、庭園は盛岡市の保護庭園だが、建物は保護対象ではないという。そのため、有志によって組織された「一ノ倉邸管理保存委員会」が日常の管理保存をされている。建物内に一ノ倉邸管理保存委員会のスタッフが常駐していらっしゃるので、案内などをお願いすることも可能だ。入館料は無料だが、保存管理のための“協力金”を募っている。訪れて見学させていただいた際には、少しでもお力添えをさせていただこう。
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参考情報
「一ノ倉邸」は入館料は必要ない。無料で建物内部や庭園を見学することができるが、見学の際には常駐されている係の方にその旨を申し出て見学させていただこう。開館日、開館時間等の詳細については公式サイト(頁末「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

交通
一ノ倉邸は盛岡駅の北方、2kmほど離れたところに位置している。歩けば40分ほどかかるだろう。盛岡駅東口から岩手県立大学行きバスを利用し、「安倍館」バス停で下車すれば近い。

一ノ倉邸には来訪者用の駐車場が用意されている。駐車台数は10台分ほどと少ないが、行楽シーズンの休日を避ければ駐車可能だろう。駐車場は県道220号から西に入り込んだ細道脇にある。

遠方から車で訪れる人は東北自動車道盛岡ICや滝沢中央スマートICなどが近い。

飲食
一ノ倉邸の周辺には飲食店はほとんどない。食事は場所を移動して楽しむのが賢明だ。盛岡駅前から盛岡市中心市街にかけてさまざまな飲食店がある。

周辺
盛岡市の観光を楽しむ際には盛岡駅の東、中津川河岸の辺りをのんびりと散策するのがお勧めだ。盛岡城跡公園や「岩手銀行赤レンガ館」、「もりおか啄木・賢治青春館」といった観光名所が点在している。さらに鉈町辺りまで足を延ばして「もりおか町家物語館」などを訪ねるのも楽しい。
建物探訪
岩手散歩