岩手県宮古市の浄土ヶ浜は三陸を代表する景勝地のひとつだ。その景観が“極楽浄土のようだ”というのでその名があるともいう。国の名勝である。夏の暑さが残る九月上旬、浄土ヶ浜を訪ねた。
浄土ヶ浜
岩手県宮古市、中心市街地の北東側、「浄土ヶ浜」の名で呼ばれる美しい海岸がある。天和年間(1681〜1683年)に宮古山常安寺七世の霊鏡竜湖がこの風景に感嘆し、「さながら極楽浄土のごとし」と評したことからこの名があると言う(異説もある)。
浄土ヶ浜
浄土ヶ浜はいわゆる三陸海岸のほぼ中央部に位置している。「三陸」とはかつての陸奥、陸中、陸前の三つの国のことを言い、その三つの国が太平洋に面する海岸部のことを「三陸海岸」と呼ぶのだが、現在では「三陸」という呼称は「三陸海岸」と同義に使われていると言っていい。三陸海岸はその全てが三陸復興国立公園に指定され、さらに三陸ジオパークでもある。その中心部に浄土ヶ浜があるというわけだ。
浄土ヶ浜
三陸海岸と言えば「リアス海岸」という認識が一般的だと思うが、実はリアス海岸は三陸海岸の南部のみであり、北部は河岸段丘と海食崖の連なる地形だ。地図を見ればわかるが、三陸海岸南部では複雑に入り組むリアス海岸の様子が一目瞭然だが、北部ではそれほど複雑に入り組んでいない。北部は「リアス海岸」ではなく、海食崖の連なる海岸線になっているのだ。浄土ヶ浜のある宮古市は、ちょうどその境界に当たる。
浄土ヶ浜
浄土ヶ浜
浄土ヶ浜言えば、白い砂浜と碧く済んだ海、沖には鋭く尖った白い岩塊が鋸の歯のように連なって突き出し、その上には松が茂り、それが織り成す風光明媚な海岸の風景が象徴的景観として知られている。この白い岩は流紋岩という火山岩で、二酸化ケイ素を多く含んでいるためにこのような白い色をしている。約5200万年前の古第三紀に形成されたものだという。その岩塊の上に緑の松が茂る。それらが織り成す景観は(極楽浄土のようであるかどうかはわからないが)日本庭園のような風趣を感じさせて美しい。
浄土ヶ浜
海面から突き出す流紋岩の岩塊は線上に連なり、天然の防波堤となって入り江を形作っている。そのお陰で浜辺は波も穏やかで、夏には海水浴場として人気を集める。穏やかな印象の浜辺は風景の美しさをさらに引き立てる。まさに“白砂青松”の極みとでも言うべき美しさである。その真偽はともかく、古の賢人が「極楽浄土のごとし」と評したのも無理はないことだと思える。
浄土ヶ浜
浄土ヶ浜は2012年(平成24年)に国の名勝に指定されている。さらに1996年(平成8年)に選定された「日本の渚100選」のひとつであり、2006年(平成18年)に環境省が選定した「快水浴場百選」では「海の部特選」に選定され、1987年(昭和62年)に社団法人日本の松の緑を守る会が選定した「白砂青松100選」にも名を連ねる。名実ともに素晴らしい景勝地である。
浄土ヶ浜のウミネコ
浄土ヶ浜ではウミネコの姿を多く見る。そもそも三陸海岸はウミネコの繁殖地として知られている。浄土ヶ浜の北に位置する姉ヶ崎付近もウミネコやウミウの繁殖地で、浄土ヶ浜にもウミネコの姿は多い。ウミネコはカモメ科カモメ属の鳥、すなわち“カモメの仲間”で、「ニャァニャァ」と猫を思わせる声で鳴くことからこの名がある。翼を広げた大きさは1mを超える。
浄土ヶ浜のウミネコ
浄土ヶ浜のウミネコは人慣れしているようで、かなり近づいても逃げない。遊覧船やボートなどでは餌付け体験も可能だ。尖った嘴や鋭い目付きなど、鳥の嫌いな人なら恐怖を感じるところもあると思うが、ヨチヨチと歩く様子や餌を求めて飛んでくる様子はなかなか可愛い。好きな人ならウミネコとの触れ合いのひとときもお勧めである。
浄土ヶ浜のウミネコ
浄土ヶ浜/さっぱ船
浄土ヶ浜/さっぱ船
浄土ヶ浜の美しさを海上から楽しむ遊覧船が人気だが、小さな船で入り江の周辺を巡る「さっぱ船」もなかなか楽しい。「さっぱ船」と呼ばれる、定員2〜7名程度の小さな船で浄土ヶ浜内湾を遊覧するのだが、大きな遊覧船では入っていけないところの見学もできるのでお勧めだ。特に「青の洞窟」と呼ばれる海食洞の内部まで入り込んで見学できるのは楽しい。

「青の洞窟」は八戸穴といい、青森県の八戸市まで続いているという伝説があるという。昔、この穴に入っていった犬が数年後に八戸で見つかったというので、八戸まで続いているという伝説が生まれたらしい。「青の洞窟」は奥行き8mほど、入口から差し込む日光を受けて海水が碧く輝くことから「青の洞窟」と呼ばれるようになった。小舟の下に見える碧い海面の美しさは必見である。「さっぱ船」への乗船の際は当然のことながらライフジャケットを身につけ、さらにヘルメットの着用を求められる。ヘルメットは洞窟内での安全のためであるらしい。
浄土ヶ浜/さっぱ船
浄土ヶ浜/さっぱ船
ところで、この「さっぱ船」に乗船する際、ウミネコの餌としての「かっぱえびせん」が手渡される。船にウミネコが寄ってくるので、「かっぱえびせん」を手に持って差し出せば、ウミネコが飛びながらその手からえびせんを食べてくれるらしい。

乗船してみるとすぐにわかるのだが、ウミネコは“船に寄ってくる”というような生やさしいものではない。海上に出る前から何羽かのウミネコが船に乗り込んでくる。海上に出るとさらに多くのウミネコが飛びながら寄ってきて、えびせんを差し出した手からさらってゆく。その間にもウミネコは入れ替わりながら船に降りてくる。船に降りてくるのは幼鳥(身体の色が茶色の個体)が多いようだ。幼鳥は飛びながら人の手から餌を受け取るのがまだ上手ではないため、船の上で直接餌をもらうつもりなのだ。
浄土ヶ浜/さっぱ船
浄土ヶ浜/さっぱ船
ウミネコへの餌やりに夢中になっていると、突然頭に重みを感じる。ヘルメットの上にウミネコがとまるのだ。なるほど、このためにもヘルメットが必要なのだ。手から餌を奪ってゆくウミネコも、ヘルメットの上にとまるウミネコも、船に降りてくるウミネコも、その姿はなかなか可愛い。鳥の嫌いな人にはお勧めできないが、生き物との触れ合いの好きな人には何とも楽しいひとときである。

ちなみに、さっぱ船が「青の洞窟」内に入ってゆくときには、船の上に降りていたウミネコはすべて飛び去ってしまい、洞窟から出てくるとまた戻ってくる。どうやらウミネコは洞窟内には入りたくないらしい。
浄土ヶ浜/御台場展望台
浄土ヶ浜/御台場展望台
さっぱ船乗り場の南側、海に突き出す小さな岬に「御台場展望台」という展望所が設けられている。樹林の中の小径を進んでゆくと、岬の突端近くに四阿を設けた展望所がある。展望所はなかなかの高みで、北には浄土が浜のほぼ全景を見下ろす。入り江を行き交うさっぱ船や湾の外側を通ってゆく遊覧船の姿なども見ることができる。なかなかの絶景である。浄土ヶ浜を訪れた際にはぜひとも御台場展望台からの眺望も楽しんでおきたい。
追記 岩手県北自動車株式会社によって運営されていた「みやこ浄土ヶ浜遊覧船」は2021年(令和3年)1月11日の運行を最後に事業を終了した。赤字の常態化に加え、船体の老朽化や乗組員の高齢化により、事業の継続が困難との判断となったようだ。残念である。なお、本頁で紹介した浄土ヶ浜マリンハウスによる運営の「さっぱ船遊覧」は継続中である。
参考情報
さっぱ船遊覧の利用方法、料金等の詳細については浄土ヶ浜マリンハウスの公式サイト(頁末「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

交通
浄土ヶ浜は宮古駅(JR山田線、三陸鉄道)が最寄りだが、駅から5kmほどの距離がある。駅からタクシーなどを利用するといい。

浄土ヶ浜周辺に観光用駐車場が用意されており、車での来訪が便利だ。駐車場は浄土ヶ浜ビジターセンター横と浄土ヶ浜パークホテル入口などに設けられている。駐車場から遊歩道を辿って10〜20分ほどで浄土ヶ浜に着く。

遠方から車で訪れる場合は東北自動車道の盛岡ICや盛岡南ICから東進、国道106号を辿って宮古市まで行けばいい。盛岡市街から宮古市街まで90〜100km、1時間半から2時間ほどを要する。宮古市街を抜ければ北東側に浄土ヶ浜がある。ナビを使用する場合は浄土ヶ浜ビジターセンターや浄土ヶ浜パークホテルなどを目的地に設定するといい。

飲食
浄土ヶ浜には浄土ヶ浜レストハウスや浄土ヶ浜マリンハウスなど、食事の可能な施設がある。浄土ヶ浜マリンハウスは軽食が主だが、浄土ヶ浜レストハウスでは丼ものや定食、セットメニューなど、メニューが豊富だ。

浄土ヶ浜を離れて宮古市街へ移動し、地元の店を利用してみるのも楽しい。
海景散歩
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