神奈川県秦野市の南東の端に近い辺り、小田急線鶴巻温泉駅の東方の水田地帯の中に紫陽花を植栽した道がある。「鶴巻あじさい散歩道」の名で秦野市の花の名所として名を連ねている。紫陽花の咲く七月初め、「鶴巻あじさい散歩道」を訪ねた。
鶴巻あじさい散歩道
周囲は広々とした水田地帯だ。田植えを終えたばかりの田圃には青々と若い稲が育っている。北から西にかけては町並みの向こうに山々が近いが、南から東にかけては広大な田園風景の上に空が広がるばかりだ。そのような風景の中に「鶴巻あじさい散歩道」がある。
鶴巻あじさい散歩道
小田急小田原線鶴巻温泉駅東方の水田地帯の中に紫陽花を植栽した散歩道があり、「鶴巻あじさい散歩道」の名で呼ばれて秦野市の花の名所のひとつに数えられている。紫陽花は地元自治会などによって地域活動の一環として植栽されたものという。紫陽花の散歩道は善波川に架かる矢茂井(やもい)橋の袂から上流側へ、鈴川に沿って北へ延びる。この辺りは秦野市東端部に位置し、矢茂井橋を渡った東側はすでに伊勢原市だ。
鶴巻あじさい散歩道
紫陽花は川の堤防の斜面に植栽されており、堤防道が散歩道になっている。長さとしては300メートルほどだろうか。決して規模の大きなものではない。しかし広々とした水田地帯の中、青々と稲の育つ風景の中で見る紫陽花は格別の魅力がある。紫陽花というと寺社の境内で見るしっとりとした味わいや、あるいはさまざまな品種の楽しめる規模の大きな“紫陽花園”の愉しみを思い浮かべてしまうが、こうした水田地帯の中で見る紫陽花にはまた別の魅力が感じられる。
鶴巻あじさい散歩道
紫陽花の植栽された堤防の横に農道が沿っており、農道を歩けばちょうど目の高さに紫陽花が咲き誇る。道に沿って紫陽花が続いてゆく景観はなかなか美しい。堤防道を歩けば足下の紫陽花を見下ろす形になるが、ほんの少し立ち位置が高くなっただけで周囲には視界が広がり、広々とした水田地帯の開放感が素晴らしい。川は緩やかな曲線を描いて流れ、それに沿って紫陽花の連なりも優美な曲線を描く。北方には町並みの向こうに山々の稜線が見え、それを背景に水田地帯が広がり、その中に紫陽花の散歩道が弧を描いて延びる。長閑で穏やかな風景だ。
鶴巻あじさい散歩道
周りは水田が横たわるばかりで静かなものだ。ときおり矢茂井橋を渡って車が行き過ぎる。道路脇に立てられた電柱も風景のアクセントになっている。北方には小田急線の電車が行き交うのが小さく見え、その音も聞こえてくるが、遠く聞こえる電車の音がかえって辺りの静けさを際立たせてくれるようだ。咲き誇る紫陽花と、若い稲の育つ水田と、遠い山並みと、そんな風景のすべてを愉しみながら歩きたい。
鶴巻あじさい散歩道
訪れたとき(2008年7月初め)、紫陽花はすでに盛りを過ぎてしまった観があり、色褪せつつある花も少なくなかった。訪れるならやはり六月下旬頃が最適か。「鶴巻あじさい散歩道」は鶴巻温泉駅からは少しばかり距離があるが、その道程の半分ほどは水田地帯の中を歩く。その水田地帯の風景を楽しみながら歩けば決して退屈しない。「鶴巻あじさい散歩道」は特筆するほど規模の大きなものではなく、さまざまな品種の紫陽花を見ることができるというわけでもないが、広々とした水田地帯の風景と紫陽花とが織りなす“紫陽花の咲く風景”の魅力という点で、“紫陽花の名所”と言ってもいいかもしれない。
鶴巻の大ケヤキ
鶴巻の大ケヤキ
「鶴巻あじさい散歩道」を訪ねたなら、“鶴巻の大ケヤキ”も訪ねてみたい。鶴巻温泉駅から15分ほど南へ歩いたところに、その大ケヤキはある。道脇に立つ姿はなかなか大きく堂々としている。樹高30メートル、胸高周囲10メートル、樹齢は推定で約600年だそうだ。「かながわの名木百選」にも選ばれ、神奈川県の天然記念物にも指定されているケヤキだ。ケヤキというと“箒を逆さに立てたような”姿が典型的な樹形だが、このケヤキはそうした樹形ではなく、エノキに似ているため、昔から大エノキと呼ばれていたという。ケヤキの周囲は小公園のようなスペースに整備されている。大ケヤキを保護する目的なのだろう。間近から見上げる姿も立派なものだが、少し離れて眺めたときの姿も素晴らしい。数百年を生きてきた樹木の風格というのか、世の移ろいを達観したような姿に圧倒される思いがする。樹木に興味のある人なら必見の樹木だろう。
鶴巻の大ケヤキ
鶴巻の大ケヤキ
鶴巻温泉駅から“鶴巻の大ケヤキ”へ向かう途中の交差点脇に延命地蔵尊が建っている(鶴巻温泉駅から大ケヤキへ向かうときには延命地蔵尊の建つ交差点で東へ向かう)。秦野市による解説に依れば、地蔵尊は江戸時代中期(1750年代頃か)に江戸の豪商が米寿の記念に先祖供養のために建立したものという。石仏を運ぶ途中、この地で動かなくなってしまったために置き去りにしたとの言い伝えもあるらしいが、もしそうであれば、お地蔵様はきっとこの場所が気に入られたのだろう。地蔵尊は3メートルを超える大きさで、お堂の中を覗いてみると、確かに立派なお姿である。この石仏が長寿祈願、厄落としの御利益があるとのことで地元の人々の信仰を集め、「延命地蔵」の名で呼ばれている。1月と8月の御縁日にはたいそう賑わうそうだ。そのときの様子も見てみたい気がする。お堂の前では紫陽花が咲いている。散策の無事を祈ってお参りしてゆくことにしよう。
参考情報
交通
訪れるには小田急小田原線の鶴巻温泉駅で降りるといい。「鶴巻あじさい散歩道」は位置的には駅の東方で、徒歩で20分ほどだろうか。駅の東側、県道612号の踏切横から線路の南側に沿った小道を東へ進み、水路に沿ってやや南へ折れ、そのまま水路に沿った道を進んでゆく。やがて住宅街を抜け出て水田地帯へ出るから、水田地帯の中をまっすぐに東へ向かう道を数百メートル辿ると「鶴巻あじさい散歩道」だ。

また駅から県道612号を南へ300メートルほど進むと交差点脇に延命地蔵尊がある。交差点名も「延命地蔵尊前」だからわかりやすい。「延命地蔵尊前」交差点を東に折れて100メートルほど進むと道の左手に大ケヤキが立っている。

「鶴巻あじさい散歩道」も大ケヤキも駐車場は無い。車での来訪の際には鶴巻温泉駅北口側に設けられた民間駐車場を利用するといい。

飲食
鶴巻温泉駅周辺に飲食店がいくつかあるからどれかを選んで利用するといい。「鶴巻あじさい散歩道」は“公園”ではないので、お弁当を広げられるような広場などは設けられていないが、堤防道にシートを敷いてお弁当を広げるのも無理ではない。堤防道にベンチが設置されていたから、ベンチが空いていれば利用するといい。長閑な水田地帯を眺めながらのお弁当も、なかなか素敵かもしれない。

周辺
言うまでもないことだが鶴巻温泉駅の北西側は鶴巻温泉だ。日帰り温泉も楽しめるようだから、散策の後に汗を流すのもいい。また駅の北西側すぐのところに宮永岳彦記念美術館がある。美術に興味のある人は立ち寄ってみるといい。
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