
時の鐘

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「蔵造りの町並み」のほぼ中央、丁字路を成す交差点から少し東へ入り込んだところに「時の鐘」がある。川越の町に時を知らせる「時の鐘」は、最初のものは江戸時代初期の寛永年間(1624〜1644年)に川越城主酒井忠勝によって建てられたという。以来、火災による焼失と再建とを繰り返し、現在のものは1893年(明治26年)の川越大火の後に再建されたものだ。現在の「時の鐘」は電動の自動鐘撞機に委ねられているが、毎日四回、6時、12時、15時、18時に川越の町に時を報せ、観光客にも喜ばれているという。この鐘の音は1996年(平成8年)に当時の環境庁が選定した「残したい日本の音風景100選」のひとつにもなっている。高さ16メートルほどにもおよぶ「時の鐘」の塔屋はよく目立ち、その音色と共に川越の町のシンボルと言っていいのだろう。「時の鐘」の塔屋をくぐった奧には薬師神社と稲荷社がひっそりと建っている。お参りしていこう。
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菓子屋横丁

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「札の辻」交差点から西へ少し進んで南へ入り込むと、駄菓子屋が軒を連ねる一角がある。「菓子屋横丁」と呼ばれ、多くの観光客で賑わっている。そもそもは明治の初期に鈴木藤左衛門という人物が駄菓子の製造を始めたのがきっかけで、この一帯に菓子屋が多く軒を並べるようになったものという。関東大震災後、被災した東京の菓子屋に代わって川越の菓子屋が駄菓子の製造を担い、昭和の初期には70件を超える菓子屋が軒を並べて大いに繁栄した。現在の「菓子屋横丁」には20件ほどの菓子屋が店を構えているらしい。狭い路地にひしめくように菓子屋が並び、店先には色とりどりの駄菓子が並べられている。その様子をただ見てゆくだけでも楽しい。こうした駄菓子は、現在では「菓子」という本来の目的より、古き佳き時代への郷愁の拠り所のように機能しているような気もする。「菓子屋横丁」を歩いていると、駄菓子の放つさまざまな匂いが漂ってくる。この匂いは2001年(平成13年)に環境省が選定した「かおり風景100選」のひとつになっている。
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埼玉りそな銀行川越支店

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「仲町」交差点から少し北へ進んだ辺り、通りの東側に明治大正期の洋風建築を思わせる建物が建っている。埼玉りそな銀行川越支店の建物だ。もともとは八十五銀行の本館として1918年(大正7年)に建てられたもので、現在は国の登録有形文化財になっている。八十五銀行は1978年(明治11年)に設立された第八十五国立銀行が前身で、1898年(明治31年)に普通銀行となって八十五銀行に改称、1943年(昭和18年)に埼玉県内の銀行三行と合併して埼玉銀行となり、1991年(平成3年)には協和銀行と合併、協和埼玉銀行となり、その後の商号変更を経て現在に至っている。建物は鉄骨鉄筋コンクリート三階建て、堂々とした佇まいで、ドームを頂く塔屋がひときわ目を引く。江戸情緒漂う蔵造りの町並みの中では少しばかり違和感もあるが、訪れたときにはぜひ見ておきたいものだ。
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川越商工会議所

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「仲町」交差点から東へ少し進むと、「大正浪漫夢通り」と名付けられた通りが南へ延びている。その丁字路の交差点の南東の角に、古代ギリシャ建築を彷彿とさせる建物が建っている。川越商工会議所の建物だが、元々は武州銀行川越支店として1928年(昭和3年)に建てられたもので、1970年(昭和45年)から川越商工会議所が事務所として使っているという。鉄筋コンクリート造の地上二階建てだが、一階の天井が高く作られているために現在の二階建て建築物よりかなり高い。それほど大きな建物ではないが堂々とした佇まいにはなかなかの存在感がある。これも国の登録有形文化財であるという。
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