東京都あきる野市のほぼ中央部、横沢地区に自然豊かな里山が残されている。「横沢入」という。東京都で最初に「里山保全地域」に指定されたところだ。新緑の眩しい四月の下旬、横沢入を訪ねた。
横沢入
東京都あきる野市のほぼ中央部、JR五日市線の武蔵増戸駅と武蔵五日市駅の中間辺りの線路の北側、南に秋川を見下ろす丘陵地に、横沢入の里山保全地域は位置している。線路の北側に沿って延びる細道を辿ると、大悲願寺の東側から北側の谷戸に入り込んでゆく細道がある。ここが横沢入へのメインの入口だと言っていい。道を辿って奥へと進むと、周囲には谷戸地と里山とが織りなす緑濃く長閑な風景が広がっている。
横沢入
横沢入
横沢入 横沢入
横沢入の里山保全地域は48.6haほどの面積で、「東京における自然の保護と回復に関する条例」によって2006年(平成18年)に「横沢入里山保全地域及び野生動植物保護地区」として東京都の指定を受けている。その谷戸は七つの小谷戸から構成されており、小谷戸には「草堂ノ入」、「富田ノ入」、「荒田ノ入」、「宮田西沢」、「宮田東沢」などの名がある。それぞれの小谷戸の奥部からは湧水が流れを作り、それらが集まって小川となって秋川に注いでいる。谷戸には耕作地や池があり、そこではホトケドジョウやゲンジボタル、キンランやエビネなどの、今では貴重となった動植物の姿を見ることができるという。「野生動植物保護地区」であるから、もちろんそれらの採取、捕獲などは禁止されている。

谷戸には「横沢入里山保全地域及び野生動植物保護地区」の範囲を示した地図が案内図を兼ねて設けられており、これとは別に「横沢入マップ」と題した絵地図も設置されていた。この絵地図は「制作 アトリエFUKU あきる野市立増戸小学校」と記されていたから小学校の子どもたちが制作に携わっているのだろう。横沢入を散策する際にはこれらのマップを見て、横沢入の全体像を把握してからの方がいいかもしれない。谷戸の中を辿る道には随所に道標が設けられ、それぞれの小谷戸の入口には谷戸の名と簡単な説明を記した案内板も設置されており、散策に訪れた人の利便が図られている。
横沢入
横沢入 横沢入
横沢入
今回訪れたのは四月の下旬、山々は新緑の萌える季節を迎え、木々は瑞々しい若葉が芽吹き、その色彩のグラデーションが眩しい。山裾を辿る細道の風情や、畦道の描く曲線の美しさを堪能しつつ、のんびりと谷戸を散策するのは楽しいひとときだ。谷戸の奥はたいへんに静かで、カエルや鳥の声が聞こえてくるばかりだ。どこからかウグイスの声も届く。池を覗き込むとおびただしい数のオタマジャクシが泳いでいる。カエルの姿もある。小谷戸の奥へと分け入ってゆくと、湧水を集めた流れの中にカワニナの姿もあった。さすがにホトケドジョウやトウキョウサンショウウオの姿は見つけることができなかったが。耕作地にはレンゲの花も咲き、畦道にはさまざまな野の花が咲いている。田舎育ちの身としてはこうした風景は珍しいものではないが、懐かしく郷愁を誘い、心安らぐものであることは確かだ。
横沢入
横沢入
横沢入は来訪者のためにさまざまな整備が施され、少しばかり“観光地的”な雰囲気も漂う。人の暮らしと寄り添う素朴な里山の風情を楽しみたい人には少々興醒めに感じられる部分があるかもしれない。しかし整備が行き届き、案内図や道標などが設置されているということは、“里山散策”に不慣れな人でも安心して訪れることができるということだ。いずれにしても、これほどの規模の里山と谷戸地が保全地域として指定され、その自然が守られてゆくのは意義深いことだろうし、その魅力を来訪者の立場で気軽に味わえるのは素晴らしいことであることは間違いない。里山散策の“初心者”にもお薦めのところだが、里山散策に慣れた、いわば“上級者”でも、もちろん充分に楽しめる。
大悲願寺
横沢入を訪れたときには、ぜひとも大悲願寺へも立ち寄っておきたい。大悲願寺は横沢入の里山保全地区の南側に位置しているが、線路脇の道路からの視点で言えば横沢入への入口のすぐ西側に建っている。
大悲願寺
大悲願寺は、寺伝によれば1191年(建久2年)、武蔵の武将、平山季重が建立した寺だという。平山氏はいわゆる「武蔵七党」に属した「西党」の一族で、武蔵国平山の地(現在の東京都日野市平山)に居を構えていた。平山季重は平山直季の子として1136年(保延2年)に生まれている。源平の戦のときには源氏側につき、宇治川の戦いや屋島の戦い、壇ノ浦の戦いなどで活躍、その名を馳せたという。
大悲願寺
大悲願寺
歴史の古い寺だけあって、大悲願寺にはさまざまな文化財がある。国指定重要文化財の「木造伝阿弥陀如来及び脇侍千手観世音菩薩・勢至菩薩坐像」をはじめ、東京都指定有形文化財の「本堂」や「大般若経写本」、あきる野市指定有形文化財の「観音堂」、「楼門(仁王門)」、「中門(朱雀門)」、「仁王門天井絵」、「懐中仏」、「六角宝幢式経筒」、「梵鐘」、「伊奈石井戸枠」などなど、常にすべての文化財を見学できるわけではないが、見事な建造物の数々はぜひ見ておきたい。訪れた日、午後になって大悲願寺に大勢の人が訪れて列を成している。どうやら観音堂に納められている阿弥陀如来三尊像の御開帳の日だったようだ。

大悲願寺は萩の花の見事さがよく知られており、「萩寺」との異名もあるほどだ。かつて大悲願寺を訪れた仙台藩主伊達政宗が萩の花の美しさに感銘を受け、仙台に帰った後に飛脚をたてて萩を一株所望する書簡を送ったという。この書簡は現存し、東京都指定の文化財になっている。それほどに見事なものであるなら、やはり萩の花の咲く頃にも訪れてみたいものだ。
横沢入
横沢入の里山や大悲願寺のある横沢地区は、そもそも自然豊かで長閑な風景の残るところだ。道脇にはお地蔵様が佇み、往来の人々を見守っておられる。JR五日市線は単線の線路で、踏切の風情も素敵だ。季節柄、ハナミズキやツツジの花も咲いている。そうした何気ない風景にも目をとめつつの散策が楽しい。
参考情報
谷戸地の中の道は基本的に未舗装の小径だ。特に雨上がりのときなどにはぬかるみがあったりもする。訪れるときはトレッキングシューズなどを履いてゆくことをお勧めする。

交通
横沢入へ訪れるにはJR五日市線を利用しなくてはならない。五日市線の武蔵増戸駅か武蔵五日市駅で降りるといい。双方とも駅から横沢入の入口まで徒歩で20分ほどだが、武蔵増戸駅からの方が少し近いだろうか。武蔵増戸駅からは線路に沿うように西へ向かえばいい。武蔵五日市駅からは都道7号を東へ辿り、「五日市橋」交差点から秋川の北側を辿る旧道へと逸れ、途中から坂を登って大悲願寺を目指すとわかりやすい。

横沢入には来訪者用の駐車場は用意されていない。車で来訪する際には武蔵五日市駅前の民間駐車場に車を置いて、そこから徒歩で横沢入へ向かうといい。

飲食
横沢入は、やはりお弁当を持参し、緑濃い風景の中でアウトドアランチを楽しむのがお薦めだ。シートを持参すればお弁当を広げる場所を見つけるのは難しいことではない。休憩所の四阿を利用してもいい。

横沢入の近くには飲食店などはない。五日市の町中には飲食店などが点在しているから、お弁当持参でないときは五日市の町へ足を延ばして食事を楽しむといい。

周辺
横沢入から五日市の町まで徒歩で30分ほどだ。五日市の商店街を散策してみるのも楽しい。五日市駅前から西へ延びる檜原街道は百日紅の並木だ。夏には美しく街路を染める。

五日市の町の南側には秋川が流れている。秋川の河畔は秋川渓谷として知られる風光明媚なところだ。初夏から夏にかけては特に人気が高く、バーベキューを楽しむ人たちで賑わう。涼を求めて河岸の散策を楽しむのもお薦めだ。
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