横浜線沿線散歩公園探訪
横浜市港北区太尾町
−大倉山公園−
大倉山公園梅林
February 1999
現況と異なる内容を含んでいます
大倉山公園梅林
大倉山公園の梅林は梅の名所として有名だが、その歴史は昭和6年に始まっている。園内に設置された梅林の由来を示す案内板によれば、東京急行電鉄が東横線開通直後に用地を買収して整備し、乗客誘致のために梅林として公開したのが始まりだという。当時は昔からのこの辺りの地名に因んで「太尾公園」と呼ばれ、駅名も「太尾駅」であったそうだが、昭和9年に駅名が「大倉山駅」に改名され、同時に公園の名称も「大倉山公園」に改められたのだそうだ。

梅林の最盛期は昭和12年頃であるらしく、当時は白梅を中心に14種1,000本を越える規模であったという。第二次大戦中には燃料用のたきぎとして伐採され、また食料不足のためにイモ畑に転用されるなどしたらしいが、戦後昭和25年頃から昭和40年頃には、再び盛大に梅祭りが行われるなどして賑わったという。その後、施設の老朽化などが目立ってきた梅林を横浜市が東京急行電鉄から昭和62年に買収、施設の整備や梅の木の増植などを行って現在に至っている。現在は面積1.1ヘクタールの敷地に紅梅白梅合わせて約20種150本が植えられているということだ。
大倉山公園梅林
東急東横線の大倉山駅を北に出て、線路沿いの坂道を綱島方面へと登り、大倉山記念館の傍らを抜けてゆくと、ひとやま越えるような感じで梅林に辿り着く。大倉山公園は丘陵に位置しているが、梅林はその中の窪地にあって周囲を閉ざされており、それが山里のような印象を伴っていてなかなか良い風情がある。梅林に降りて行き、散策路沿いに梅を楽しむのももちろん良いものだが、周囲の高みから見下ろす梅林の風情も素晴らしい。

大倉山公園梅林
梅の木にはそれぞれ品種の名を示すプレートが付けられており、特に品種などに興味がなくともついその名を確かめてしまう。なかなかの老木らしき梅も少なくなく、地を這うように幹を伸ばした梅や、端正な立ち姿で気品すら漂うような梅の木など、それぞれに見応えのある梅が立ち並んでいる。ゆっくりのんびりと一本一本を鑑賞しつつ歩きたい梅林だ。

梅の名所としてよく知られているだけあって観梅客も多い。お昼時にはお弁当を広げる人も少なくなく、大きなシートを広げて宴会を催すグループの姿もある。園内には池や四阿などもあり、トイレも設置してあるので、早春の一日をのんびりと過ごすのに良い場所だろう。梅林のすぐ北側には龍松院という小机の雲松院の末寺にあたる寺もあり、興味のある人は立ち寄るのも良いかもしれない。梅の花の盛りとなる2月下旬にはさまざまなイベントも開催されるようなので、お祭り的に楽しみたい人はそれらの開催予定を調べて、それに合わせて訪れるのも良いだろう。

観梅のシーズンには梅林横の道脇に露店が少々出ているようだが、周囲は基本的に住宅街でレストランなどはない。お弁当持参でない人は、大倉山駅の周辺のレストランやファーストフード店を利用してもよいし、駅を降りて梅林に向かう途中にテイクアウトのものを調達しても良いだろう。
追記 東急線大倉山駅周辺はかつては「太尾町」の一部だったが、2007年(平成19年)11月に住居表示の変更が行われ、「大倉山一丁目」、「大倉山二丁目」、「大倉山三丁目」という町名が誕生、「太尾町」は鶴見川河岸に一部残るのみになった。大倉山公園はほぼ「大倉山二丁目」に位置し、「大倉山エルム通り」は「大倉山二丁目」と「大倉山三丁目」の境となっているようだ。以前は「大倉山」は公園や駅の名としては存在するのみで、地名としてはあくまで通称だったのだが、この住居表示変更によって名実ともに「大倉山」となった。
大倉山公園梅林