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日野市平山、京王高尾線平山城址公園駅の南側の一帯は、平安末期から鎌倉初期に源氏に仕えた武将平山季重(ひらやますえしげ)縁の土地として知られている。秋の気配が漂い始めた九月中旬、平山城址公園駅を降り、日野市平山の町を歩いた。 |
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平山季重という武将は1136年(保延2年)にこの地で生まれた。平山氏は武蔵七党のひとつである西党に属していた一族で、季重の父である直季がこの平山の地に居を構え、平山姓を名乗るようになったという。平山季重の時代は源氏が覇権を握ろうとしていた頃だ。1159年(平治元年)、源義朝が決起、世に言う「平治の乱」で、平山季重も源氏方の武将として参戦したが、負け戦に終わっている。時を経て1180年(治承4年)、伊豆に流されていた源頼朝が遂に決起、平山季重は頼朝に従って活躍、その後には義経に従い、木曽義仲討伐の宇治川の戦いや、さらに屋島の戦い、壇ノ浦の戦いでも名を馳せた。1212年(建暦2年)、73歳で没したという。 平山季重の居館は現在の京王線平山城址公園駅付近にあったらしい。駅前ロータリーは1884年(明治17年)から1967年(昭和42年)まで平山小学校があった場所で(現在の平山小学校は平山二丁目の丘の上に位置している)、それ以前は大平山大福寺という寺の地所だったという。大福寺は1500年代の天正年間に平山氏の末裔が先祖の供養のために建てた寺という。大福寺が廃寺となった後、境内の墓碑などは宗印寺に移されている。駅南側の平山図書館敷地内には平山季重遺跡之碑があるらしいのだが、残念ながら訪れたとき(2007年9月)には平山図書館が複合施設への建て替えの工事中で見ることができなかった。 |
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季重神社まで行った後は「七生丘陵散策西コース」に従って多摩動物公園駅方面へ向かってもよかったが、今回は平山の町、特に平山六丁目辺りを中心に歩いてみた。京王線の平山城址公園駅を拠点に、平山季重縁の場所を訪ねながら平山城址公園へと至るのはなかなか楽しい散策コースだ。桜の頃や新緑の頃、あるいは秋の紅葉の頃はさらに楽しめるだろう。 |

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