埼玉県所沢市の南西部、狭山丘陵の緑に包まれて狭山湖が横たわっている。正式には山口貯水池という人造湖だ。堰堤周辺は園地として解放されており、広々とした湖の景観を楽しむことができる。秋晴れの十月上旬、狭山湖を訪ねた。
埼玉県所沢市の南西部、狭山丘陵の直中に緑に抱かれるように狭山湖が横たわっている。「狭山湖」というのは通称で、正式には「山口貯水池」という。多摩湖(村山貯水池」と共に東京都の上水道の水源を担うダム湖だ。堰堤周辺は園地として一般開放されており、開放感溢れる湖の景観を楽しみに訪れる人も多い。身近な行楽地として親しまれている狭山湖である。
狭山湖は1915年(大正4年)に測量調査が始まり、多摩湖(村山貯水池)が完成した1927年(昭和2年)から工事が始まった。完成したのは1934年(昭和9年)のことだ。堤体は当時日本最大級のアースダム(土を締め固めて築造されたダム)で、当時最先端の土木技術が導入されたという。
狭山湖の築造によって勝楽寺村と山口村が湖の底に沈むことになり、282戸、1720人が住み慣れた土地を離れた。これらの村は稲作や織物で生計を立てていたが、暮らしは貧しかった。ダムの建設で村の人々は新しい土地で新しい暮らしを強いられるわけだが、そのことに希望を見いだす者もあったという。それでも自分たちの故郷が湖に沈むことなった人々の思いは想像に難くない。
時代が平成に入って、狭山湖の堤体と取水塔は耐震性向上の強化工事が行われた。1995年(平成7年)に発生した阪神・淡路大震災をきっかけに計画された水道施設の耐震性向上の一環である。強化工事は1998年(平成10年)に着工、2002年(平成14年)に完成した。堤体の強化工事では上流側と下流側に併せて約100万立方メートルの盛土が行われたそうである。現在の狭山湖の堰堤は、その強化工事後の姿だ。
狭山湖の堰堤周辺は園地として一般開放され、身近な行楽地として親しまれている。狭山湖を囲む丘陵地帯は埼玉県立狭山自然公園に指定されており、堰堤周辺の園地もその一部というわけなのだろう。埼玉県立狭山自然公園は面積1800haに及ぶ広大なもので、堤体上から見える湖岸の緑はすべて自然公園の範囲内というわけだ。
狭山湖に蓄えられている水は多摩川の水を導いたものだ。小作取水堰や羽村取水堰で取水したものを、この狭山湖や多摩湖(村山貯水池)に導水している。その水を浄水場へと送り、浄水処理を行って家々へと供給しているわけだ。狭山湖の有効貯水量は約2000万立方メートル、都民の水道使用量の約4日分だそうである。
堤体上の遊歩道を歩けば、西側には満々と水を湛えた狭山湖(山口貯水池)が横たわる。圧倒的な開放感だ。狭山湖の岸辺には自然公園の木々が茂っているから景観も美しい。堤体上にはベンチを設けた展望所が三カ所、設けられている。ひととき湖を眺めて過ごすのもいい。のんびりと眺めていると時の経つのを忘れる。
堤体の東には所沢市南部、上山口から山口の辺りの町並みが見えている。その町並みは狭山湖の湖面より遙かに低いところに位置している。上山口付近の標高は80m前後、狭山湖の堤体は110mほどで、約30mの標高差があるのだ。町が広がるところよりずっと高所に、これほどの水が蓄えられている。そのことに畏怖のようなものを覚える。
1998年(平成10年)から始まった堤体の強化工事の際、第二次世界大戦中に施工された対弾層(爆撃などから堤体を守るために自然石とコンクリートで造られた防護層)が撤去されたが、これによって昭和期に建設された高欄が約55年ぶりに姿を現した。対弾層によって風化から免れ、建設当時の面影を残していたそうである。その一部は親柱と共に保存展示がなされている。
堤体上から南側へ視線を向けると湖面に建つ取水塔の姿が見える。手前に見えるのは第一取水塔、奥に見えるのが第二取水塔だ。第一取水塔は堤体と同じ1934年(昭和9年)に、第二取水塔は1975年(昭和50年)に完成した。第一取水塔は東村山浄水場と境浄水場へ、第二取水塔は村山下貯水池に原水を送っているそうだ。どちらも西洋風の洒脱な意匠の建物で、湖面のきらめきの中に見える姿はなかなか興趣に富んでいる。
堤体の左岸側(北側)と右岸側(南側)には四阿を設けた公園スペースが設けられている。のんびりと一休みしたり、お弁当を広がるにも好適なところだ。湖面を渡る風も心地良く、雄大な眺めを楽しみながらの素敵なランチタイムが過ごせる。
堤体の東側(湖と反対側)は草地を設けた緑地スペースで、ツツジやアジサイが植栽された中を遊歩道が辿っている。10月ではもちろんツツジもアジサイも咲いていないが、草むらの中に数多くのバッタを見た。北端部と南端部には樹木を植栽したエリアもある。木々や草花を楽しめるのも嬉しい。
狭山湖は一般財団法人水源地環境センターが選定した「ダム湖百選」のひとつだ。また平成に行われた堤体の強化工事は平成14年度土木学会技術賞を受賞している。堤体上と周辺の随所に、狭山湖の歴史などについての簡単な解説を記した案内パネルが設けられている。それらに目を通しつつ、狭山湖(山口貯水池)への理解を深めておきたい。
何といっても、魅力は堤体上から眺める狭山湖の景観である。水を蓄えた人造湖の風景に過ぎないが、不思議に飽きない。場所によって少しずつ表情を変えるのも楽しい。その表情は季節によっても変わるのだろう。狭山湖の姿を眺めるためだけにここを訪れる一日があっていい。のんびりとした時間を過ごしたい人には特にお勧めだ。
埼玉県立狭山自然公園へは西武鉄道西武球場前駅が近い。ルートにもよるが駅から公園入口まで1〜1.5kmといったところだ。
埼玉県立狭山自然公園に来園者用有料駐車場が設けられている。堤体北側に第一駐車場、南側に第二駐車場が設けられており、それぞれ40台分近い駐車スペースがある。
遠方から車で訪れる際には圏央道の入間ICが近い。入間ICから7kmほどだ。土地勘の無い人にはルートがわかりにくい。ナビを活用しよう。
公園の近くには飲食店はない。西武球場前駅近辺に移動しよう。
陽気の良い季節なら、お弁当を持参して園地に設けられた四阿などでランチタイムを過ごすのもお勧めだ。
狭山湖周辺には広大な緑地が残っている。特に北東側の丘陵地は散策コースとしても人気だ。西側に少し離れるが、里山散歩の好きな人なら「さいたま緑の森博物館」も訪ねてみたい。
狭山湖の東南側には多摩湖が横たわっている。堤体周辺は都立狭山公園として整備されている。その北側は「西武園ゆうえんち」だ。
多摩湖の南側には東大和市立狭山緑地や都立東大和公園などがある。どちらも丘陵地の自然を残した自然溢れる公園だ。
狭山湖の西南側には丘陵地の自然と活かした都立野山北・ 六道山公園がある。里山の風景が楽しめる広大な公園だ。
村山・山口貯水池(多摩湖・狭山湖)(東京都水道局)
狭山湖の歴史(所沢市)
羽村堰