幻想音楽夜話
Cosmos Factory
1.Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)
2.Maybe(神話)
3.Soft Focus(めざめ)
4.Fantastic Mirror(追憶のファンタジー)
5.Poltergeist(ポルタガイスト)
6.An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニアの古城)
-1) Forest of The Death(死者の叫ぶ森)
-2) The Cursed(呪われた人々)
-3) Darkness of The World(霧界)
-4) An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニアの古城)

Tsutomu Izumi : Keyboards, Moog Synthesizer, Vocals
Hisashi Mizutani : Guitars, Vocals
Toshikazu Taki : Bass Guitar, Vocals
Kazu Okamoto : Drums and Percussion
Misao : Violin on "POLTERGEIST"

Produced by Naoki Tachikawa, Takao Honma
Production Supervision Kei Ishizaka
1973
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 コスモス・ファクトリーという日本のロック・バンドがデビュー・アルバムを発表したのは1973年のことだ。コスモス・ファクトリーというバンドの名を、当時の音楽雑誌の広告ページで初めて目にした記憶がある。具体的にどのようなキャッチコピーが付けられていたのかは忘れてしまったが、「本格的なロック・バンド」という点が強調されていたようにも思う。彼らの「音」を初めて聴いたのは、彼らの存在を知ってしばらく経ってからだった。とあるFMの音楽番組で彼らのデビュー・アルバムの冒頭に収録された「Soundtrack 1984」がオンエアされたのを耳にした。それがコスモス・ファクトリーの音楽との出会いだった。そのFM番組のDJ(当時は番組の司会進行役を「DJ」と呼ぶのが普通だった)は英語の堪能な若い女性で、曲目紹介での彼女の流暢な「Soundtrack nineteen-eighty-four」という響きを不思議に今でも鮮明に憶えている。

 初めて聴いたコスモス・ファクトリーの音楽が衝撃的だったのは確かだ。メロトロンとムーグが響き渡る幻想的な音像は、おそらく当時の日本のロック・シーンで初めてのものだったのではないか。しかし正直に言えば、初めて耳にしたコスモス・ファクトリーの「Soundtrack 1984」に対して「う〜ん、ちょっと小粒な感じがするかな」という感想を抱いたのも事実だった。誤解の無いように言っておくが、その時のそうした感想は(自分でも意識してはいなかったが)キング・クリムゾンやエマーソン・レイク&パーマーやイエスやピンク・フロイドや、そうしたブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックの“大物”たちの音楽に比べれば、という前提だった。後になって思えば、日本のロック・バンドの音楽を、すでに世界的な名声を得ていたブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックのバンドたちの音楽と同列に置いて、言い換えれば“同じ土俵の上で”聴いたのは、それが初めてだったかもしれない。逆説的だが、それこそがコスモス・ファクトリーの音楽に対して大きな魅力を感じたことの証だっただろう。

 それはすなわち、コスモス・ファクトリーの音楽がキング・クリムゾンやエマーソン・レイク&パーマーの音楽と比べてしまいたくなるほどに、当時の日本ロック・シーンの水準を凌駕した“本格的な”プログレッシヴ・ロックだったということだ。当時の日本ロック・シーンで、ここまで本格的にメロトロンやムーグ、オルガンといったキーボード群をサウンド・メイキングの中心に据えて大々的に使用し、「ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック」のイディオムの元に展開する音楽を創造するバンドは他になかった。欧米のロックを愛するファンはそれまで日本のロック・シーンに対して冷ややかな視線を送っていたが、コスモス・ファクトリーの登場はそうしたファン、特にブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックのファンにも好意的に迎えられ、デビューと同時に日本ロック・シーンの頂点の一角に登り詰め、1974年に衝撃的なデビュー・アルバムを発表する四人囃子と共に「日本の二大プログレッシヴ・ロック・バンド」として1970年代半ばの日本ロック・シーンに君臨することになる。

節区切

 コスモス・ファクトリーは1970年に名古屋で結成されたバンドだという。「バーンズ」と「サイレンサー」というふたつのバンドが融合して誕生したバンドで、キーボードを担当するリーダーの泉つとむ、ギターの水谷ひさし、ベースの滝としかず、ドラムの岡本和夫という四人編成だった。結成後に名古屋から東京へと活動拠点を移し、来日したハンブル・パイのオープニング・アクトを務めるなど、セミ・プロのバンドとして活動していたという。やがて音楽評論家の立川直樹氏の目に留まり、彼のプロデュースの元でデビュー・アルバムを発表するのが1973年のことだ。

 デビュー・アルバムに収録されていた楽曲は全6曲、前述した冒頭の「Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)」から「Maybe(神話)」、「Soft Focus(めざめ)」、「Fantastic Mirror(追憶のファンタジー)」、「Poltergeist(ポルタガイスト)」までの5曲は短いもので3分半ほど、長いもので6分弱という、いわば「小品」で、残る「An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニア古城)」は「Forest of The Death(死者の叫ぶ森)」、「The Cursed(呪われた人々)」、「Darkness of The World(霧界)」、「An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニア古城)」という四つのパートから構成され、演奏時間は20分近くになる「大作」だ。ピンク・フロイドの「Atom Heart Mother(原子心母)」や「Meddle(おせっかい)」などを彷彿とさせるアルバム構成だ。川口恵三という人物による「Maybe(神話)」を除いて、全楽曲がリーダーである泉つとむの作詞作曲によるものだ。「Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)」と「「Poltergeist(ポルタガイスト)」はインストゥルメンタル曲だが、他の楽曲には日本語の歌詞がある。

 アルバムの構成はピンク・フロイドの「Atom Heart Mother(原子心母)」や「Meddle(おせっかい)」などを彷彿とさせると書いたが、音楽性はピンク・フロイドとの共通性はほとんど感じられず、むしろ初期キング・クリムゾンに近い。メロトロンやムーグ、オルガンといったキーボード群を大々的に使用したサウンド・メイキングの手法、暗く陰鬱な空気を湛えて展開する低くくぐもった音像、その中に漂う哀感と叙情性といった要素は、「In The Court Of The Crimson King(クリムゾン・キングの宮殿)」や「In The Wake Of Poseidon(ポセイドンのめざめ)」の頃のキング・クリムゾンの音楽の要素との共通性を感じさせるものだ。

 しかしもちろん、あからさまに「キング・クリムゾンの音楽のコピー」的な安直さに陥っているわけではない。コスモス・ファクトリーの音楽に彼らなりのオリジナリティが感じられるのは言うまでもない。そのオリジナリティの根元がどこにあるのかと言えば、陳腐な言い方だが、やはり「日本的な感性」に裏付けられていることによるのだと言っていい。歌詞を伴った「Maybe(神話)」や「Soft Focus(めざめ)」、「Fantastic Mirror(追憶のファンタジー)」といった楽曲でそれは顕著だ。それらの音楽に漂う悲壮感、哀感といったものは極めて日本的なものに感じられる。誤解を恐れずに言えば、それは「演歌的な」世界に近い感性だと言ってもいい。

 だから、アルバムの冒頭、オープニングとしてインストゥルメンタル曲の「Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)」を置いたことは正しく、コスモス・ファクトリーの音楽に初めて触れるものに対して偏った先入観を持たせないために奏功していると言っていいのではないか。個人的にも初めて聴いたコスモス・ファクトリーの音楽が「Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)」だった。もし初めて聴いた楽曲が「Maybe(神話)」や「Fantastic Mirror(追憶のファンタジー)」だったなら、コスモス・ファクトリーというバンドに対してもっと違った感想を持ったかもしれない。
 
 「Soundtrack 1984(サウンドトラック1984)」というタイトルは架空の映画のサウンドトラックとしての音楽を想定したものだろうか。言うまでもないことだが、アルバムが発表されたのは1973年のことで、当時、1984年というのはいわゆる「近未来」である。印象的なベースのフレーズから始まり、ベースとドラムが一定のリズムを刻み続ける中、メロトロンとムーグが重なり、やがてエッジの効いたギターが絡む。何やら予兆めいた不穏な空気を孕んで展開する曲想に引き込まれる。その演奏はブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックのイディオムに基づくもので、当時の日本ロック・シーンで唯一無二のものだったろう。3分半ほどのコンパクトなインストゥルメンタル曲だがアルバムの導入部としても、コスモス・ファクトリーの音楽を象徴する楽曲としても重要なものと言っていい。個人的にも特別な一曲だ。

 「Maybe(神話)」は悲壮感の漂う重厚な楽曲で、メロトロンの響きと美しいコーラスが印象的だ。このアルバムではただ一曲、泉つとむの作詞作曲によるものではないが、詞もメロディも違和感無くコスモス・ファクトリーの音楽世界に馴染んでいる。「Soft Focus(めざめ)」は静けさの中に感傷を湛えた、ロマンティックで幻想的な味わいの楽曲だ。こうした曲想の楽曲もコスモス・ファクトリーの得意とするところで、彼らの魅力のひとつの側面を担うものと言っていい。「Fantastic Mirror(追憶のファンタジー)」は哀感漂うバラードだが、かなりハードでヘヴィなアレンジがなされている。「追憶のファンタジー」という邦題からはロマンティックな曲想を思い浮かべるが、虚無感と閉塞感に覆われたヘヴィな印象の楽曲だ。

 「Poltergeist(ポルタガイスト)」は再びインストゥルメンタル曲だ。曲名になっている「poltergeist」というのは、ドイツ語で「騒がしい幽霊」といった意味の言葉で、原因不明の物体の移動や物音、発光などが起こる不可思議な現象のことを指す。1982年に「Poltergeist(ポルターガイスト)」のタイトルでこの現象を扱った映画が製作され(スティーヴン・スピルバーグ製作、トビー・フーパー監督)、この言葉と現象が広く知られるようになったが、このアルバムが発表された1973年当時、「poltergeist」という現象と言葉は、そうした超自然的な現象に興味のある一部の人々にしか知られていなかったように思える。コスモス・ファクトリーの楽曲「Poltergeist(ポルタガイスト)」は、その「ポルターガイスト現象」にインスパイアされて制作された楽曲なのだろう。と言っても、おどろおどろしい感触はほとんどなく、ヴァイオリン演奏をゲストに迎え、EL&Pタイプのダイナミックなロック・ミュージックが展開されている。

 「An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニア古城)」は18分超という大作で、「Forest of The Death(死者の叫ぶ森)」、「The Cursed(呪われた人々)」、「Darkness of The World(霧界)」、「An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニア古城)」という四つのパートから構成されている。「The Cursed(呪われた人々)」と「An Old Castle of Transylvania(トランシルヴァニア古城)」のふたつのパートには歌詞があるが、「Forest of The Death(死者の叫ぶ森)」と「Darkness of The World(霧界)」はインストゥルメンタルのパートだ。タイトルから連想されるように、ダークでヘヴィで、不吉で不徳なイメージの音楽世界がドラマティックに展開されてゆく。エンディングでは雷や風の音などを効果音として使用し、劇的な音楽世界を作り上げている。タイトルや歌詞からは幻想世界の出来事を題材にしたもののように思われるが、(そしてもちろん、そのような音楽として解釈してもかまわないのだが)現実社会への失望といったものを比喩的に描いたものかもしれない。

節区切

 コスモス・ファクトリーの音楽は暗く重く、悲壮感と閉塞感と虚無感に覆われた音楽だ。その音楽はブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックのイディオムをちりばめながら、日本的な感性に裏打ちされている。そうした彼らの音楽のスタンスは当時の日本ロック・シーンに於いて確かに「プログレッシヴ・ロック」だった。彼らの音楽はダンサブルなロックン・ロールや素朴なフォーク・ミュージックとは異なる地平に立っており、そしておそらく日本のロック・バンドで初めてその地平に立ったのがコスモス・ファクトリーだったろう。

 彼らのデビュー・アルバムは、その完成度といった点ではまだまだ物足りない部分も少なくはなく、「名盤」と呼ぶべきではないかもしれない。しかし1973年当時の日本ロック・シーンにこのアルバムが発表された意義は大きかった。本場英国ではすでにピークを過ぎようとしていた「プログレッシヴ・ロック」というものの、日本でのこれが最初の一歩だったのだ。