愛知県の南部、伊勢湾と三河湾を隔てて知多半島が南へ延びている。突端部は南知多町、師崎という港町があり、最先端は羽豆岬という岬だ。晴天に恵まれた九月初旬、羽豆岬と師崎の町を訪ねた。
羽豆神社
羽豆神社
愛知県南部、知多半島の突端の岬を羽豆(はず)岬という。岬はこんもりと木々の茂った小高い丘を成している。約1600万年前にできた砂岩と頁岩の層が互い違いに積み重なってできているのだそうだ。

この羽豆岬の丘の上には神社が鎮座している。羽豆神社という。いつ頃創建されたものかははっきりしないようだが、境内に設置された「社傳」によれば“白鳳年中”の創立とのことだから西暦600年代頃のことか。「社傳」には「創立白鳳年中(700〜)」と記述されているが、西暦700年代を迎える頃には既に在ったという意味だろう。927年(延長5年)に完成した「延喜式神名帳」にもその名が記載された、いわゆる「延喜式内社」だから千年以上の歴史を持つ古社であることは間違いない。羽豆神社に祀られる建稲種命(たけいなたねのみこと)は尾張氏の祖神で、東征の際の日本武尊に仕え、武功を挙げた神だという。
羽豆神社
羽豆神社
羽豆神社
羽豆神社の社殿は鬱蒼とした社叢に包まれて建っている。壮麗な社殿というわけではないが、古社らしい風格を漂わせている。参道脇には「羽豆大明神」と書かれた幟が並ぶ。商売繁盛や家内安全を祈願して奉納されたものだろう。例祭は本来は旧暦8月14日と15日に行われていたようだが、近年では10月初旬の土日に行われているらしい。この例祭も歴史が古く、はっきりとはわからないものの、御輿の裏に天文20年(1551年)に修理した旨が記されているとのことで、江戸時代以前から行われていたのは確かなようだ。羽豆神社例祭は「師崎祭」として知られ、山車5台を含めた大名行列がなかなか見事なものだそうである。

羽豆神社を包む鬱蒼とした樹林は「羽豆神社の社叢」として1934年(昭和9年)に国の天然記念物に指定されている。かつてはウバメガシやマツの大木が繁茂する原生林のようだったそうだが、残念ながら1959年(昭和34年)の伊勢湾台風で大きな被害を被ってしまったという。現在はウバメガシを中心にイブキやトベラ、モチノキなどが共存する暖地性常緑樹林となっており、やはり内陸部とは異なる林相を示しているようだ。
羽豆岬からの眺望
羽豆神社や天然記念物の社叢もぜひ見ておきたいものであることはもちろんだが、しかし羽豆岬のいちばんの魅力はやはりそこからの眺望ではないだろうか。何しろ知多半島の突端だ。周囲には180度以上の広がりで海が見える。丘上には展望所も設けられており、そこからの眺めはまさに絶景と言っていい。
羽豆岬からの眺望
南東から東の方角にかけて、篠島や日間賀島、佐久島など、大小の島々が海原に浮かび、その向こうには渥美半島が横たわる。南へ目を凝らせば渥美半島突端の伊良湖岬の風景も見える。その伊良湖岬へ向かって師崎の港からカーフェリーが航跡を描く。南西側へ目を向ければ遠い水平線の上に志摩半島のシルエットが浮かんでいる。渥美半島と志摩半島との間、真南に視線を向ければ遠く神島の島影の背景に遠州灘が覗く。西に振り返れば知多半島の海岸線が間近に見える。
羽豆岬からの眺望
羽豆岬からの眺望
180度以上の視野で水平線が延びるような海の眺めはそれだけで雄大で素晴らしいものだが、そこへ大小の島影や遠く離れた陸地のシルエットがプラスされると風景としての興趣がさらに増すように思える。羽豆岬からの眺めはまさにそうしたものだ。東は伊勢湾、西は三河湾、そこへ突き出た岬という立地が素晴らしい景観を生んでいる。比較的近くに見える篠島や日間賀島、その向こうに遠く横たわる渥美半島、その中を行き来する船の姿などが織り成す景観はたいへんに美しく、眺めていて飽きることがない。南西の方角には志摩半島の姿が遠く霞んで墨絵のようにシルエットになって見える。その風景も素晴らしい。
羽豆岬からの眺望
丘上の展望所からの眺めがやはり素晴らしいものだが、海岸の磯辺からの眺めも良いものだ。視点が低くなれば海の表情も変わって、高みから眺めるときとは違った味わいがある。今回訪れたのは午後遅く、南西側に目を向ければそろそろ傾きかけた日の輝きが海原に跳ねて眩しいが、それもまた美しいものだ。
羽豆岬からの眺望
季節や時刻が変われば羽豆岬からの景観はまた違った表情を見せてくれるのだろう。日の出や夕陽の光景も素晴らしいに違いない。それらすべてを見てみたいと思わせてくれる、羽豆岬である。
師崎港フェリーターミナル
羽豆岬の北岸には師崎港フェリーターミナルが設けられている。師崎港からは篠島や日間賀島とを繋ぐ高速船やカーフェリー、そして渥美半島の伊良湖とを結ぶカーフェリーの航路が名鉄海上観光船株式会社によって運営されている。桟橋には出発を待つカーフェリーや到着して客を降ろす高速船などの姿が見える。その光景に旅情を誘われる。
師崎港フェリーターミナル
師崎港フェリーターミナル
フェリーターミナルの周辺には規模の大きな駐車場が設けられているが、車で師崎港まで来て、車を駐車場に駐め、高速船で篠島や日間賀島に渡る人のためのものだろう。篠島や日間賀島は“ふぐの島”と謳われ、遠州灘で獲れるフグが有名なのだそうだ。また釣り場としても、海水浴などの行楽地としても人気を集めているという。篠島も日間賀島も師崎港から高速船で10分ほど、概ね一時間に二便ほどが通っているようだ。時間を作って島に渡ってみるのも楽しいに違いない。
師崎の町
羽豆岬の北には漁港を抱えて師崎の町がある。海岸に沿って国道247号が町を一巡りし、国道沿いには観光客向けらしい海産物の店なども建っているが、国道から離れると路地のように狭い道が縦横に抜けて昔からの漁師町の風情を漂わせている。漁港では朝8時から正午まで朝市が開催され、人気を集めて賑わうらしいが、今回師崎の町を訪れたのは午後も遅い時刻で、漁港も町の中もひっそりと静かだった。
師崎の町
師崎の町
師崎の町
こうした漁師町は午後には出歩く人の姿も少なく、穏やかな表情を見せるものだ。朝市で賑わう様子も悪くないが、午後から夕方にかけての静かな漁師町というものも、郷愁を誘われるような風情があって魅力を感じる。道脇には天日干しのタコやイカが並べられていたり、空のトロ箱が無造作に積まれていたりする。港に目をやれば漁船の上に人の姿があったりする。きっと翌朝の漁に備えての作業をしておられるのだろう。そうした漁師町特有の景観に出会うことができるのも嬉しい。町の中には古そうな建物も残り、町の歴史を窺わせる。細い路地の佇まいが見せる興趣にも心惹かれる。“観光客向けの町並み”ではない、昔から日々の暮らしを重ねてきた町の“息づかい”のようなものが感じられて魅力的なのだ。町歩きの好きな人にはお勧めの、師崎の町である。
師崎の町
当然のことながら、師崎の町の中には新鮮な海の幸を味わうことのできる店が点在している。師崎には古くから「崎っぽ料理」と呼ばれる漁師料理が伝わっているそうだ。お昼時に訪れて、町の中を散策しつつ、それらの料理を味わってみるのもお勧めだろう。
師崎の町
師崎の町
名鉄海上観光船 伊良湖行きカーフェリー
名鉄海上観光船 伊良湖行きカーフェリー
羽豆岬と師崎の町を訪ねた翌日、お昼前に師崎港フェリーターミナルから伊良湖へ向かうカーフェリーに乗った。同便に乗り合わせた乗客はほんの数名、船内もデッキもがらんとしていた。朝からあいにくの雨模様だった。前日に羽豆岬から見た海は目映いばかりの青に輝いていたが、この日は垂れ込めた雨雲の下で色彩を失っている。しかし、それはそれでまたひとつの興趣というものだろう。天気は良くなかったが海は荒れてはおらず、湾内であるためか、フェリーはほとんど揺れることもなかった。
名鉄海上観光船 伊良湖行きカーフェリー
名鉄海上観光船 伊良湖行きカーフェリー
師崎から伊良湖まで約40分、雨に煙る海景色を眺めているうちに伊良湖の港が近づいてくる。伊良湖のフェリーターミナルは「道の駅伊良湖クリスタルポルト」を兼ねている。この施設はそもそもは「伊良湖港湾観光センター」として1970年(昭和45年)に造られ、当時から伊良湖港の客船ターミナルとして機能していたということだが、やがて老朽化し、機能拡充の必要性にも迫られ、1994年(平成6年)にリニューアル・オープン、同時に「道の駅」の指定を受けたものという。

フェリーが伊良湖港に着岸する頃には雨もようやく上がり、空には雲の切れ間も見えるようになった。機会があれば、晴れた日にも乗ってみたいものだ。海の上から見る篠島や日間賀島などの島々の景観はきっと素晴らしいに違いない。知多半島と渥美半島の突端を繋ぐ航路ということにも面白みがある。ほんの短い時間だが、素敵な船旅である。
参考情報
交通
師崎は知多半島の突端で、ここまで延びる鉄道路線はない。名鉄河和線で河和駅まで、あるいは名鉄知多新線で内海駅まで行き、後は知多乗合株式会社の路線バスや「浜っ子バス」と名付けられたコミュニティバスを利用しなくてはならない。

車で訪れる場合は南知多道路を利用するのが便利だ。海岸部を走る国道247号で知多半島を南下してもいい。

知多半島突端に師崎港フェリーターミナルがあり、その周辺に有料駐車場が複数設けられている。駐車台数にも余裕がある。

師崎港フェリーターミナルと渥美半島突端の伊良湖とを繋いで名鉄海上観光船株式会社のカーフェリーが運航している。これを利用して渥美半島側から訪れることも可能だ。

飲食
師崎港周辺に地魚料理などを提供する店が点在している。そうした店で新鮮な海の幸を味わうのがお勧めだ。

陽気の良い季節であれば、羽豆岬の磯辺などにシートを広げ、海を眺めながらのランチタイムも悪くない。

知多半島の突端部、周辺は海岸の風景が美しい。車で訪れたなら海岸部を辿る国道247号のドライヴを楽しむのもいい。ときおり場所を見つけて車を停め、のんびりと海を眺めるのもよいものだ。

師崎港フェリーターミナルからは沖合いに浮かぶ篠島や日間賀島とを繋ぐ高速船も運行している。それらの島に渡ってみるのも楽しそうだ。カーフェリーを使って渥美半島の伊良湖へ渡ってみるのもいいかもしれない。
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