佳景探訪
長町武家屋敷跡
石川県金沢市の中心部近く、長町に江戸時代の武家屋敷跡が残る町並みがある。長町武家屋敷跡の名で呼ばれ、金沢の代表的観光名所のひとつとして知られる。秋の気配が漂う九月の初め、長町武家屋敷跡を訪ねた。



長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡

長町武家屋敷跡
石川県金沢市の中心部からやや西方に位置する長町に、藩政時代の武家屋敷が残されたところがある。「長町武家屋敷跡」の名で金沢の代表的な観光名所のひとつに名を連ねている。「長町」という町名は、香林坊下から南北に延びる通りの長さからついたとも、あるいは藩の家臣の名に由来するともいう。さまざまな要因が重なり合っていつの間にか、そう呼ばれるようになったのだろう。長町には藩政時代には中級武士の屋敷が建ち並び、火災が少なかったこともあって往時の町並みが現在でも良い状態で残されているという。

当時の武家屋敷は周囲を土塀で囲むのが慣わしだったそうだ。長町武家屋敷跡にはそうした土塀が数多く残り、土塀と土塀に挟まれるようにして石畳の細い路地が抜ける。路地を歩いているとまるで江戸時代に迷い込んだかのような錯覚を覚え、今にも戸口から加賀藩家臣の武士が姿を現しそうな気さえしてくる。ゆったりとした足取りで、ときどき立ち止まりつつ、その町並みの風情を味わいながら散策を楽しむのがお勧めだ。

武家屋敷跡の残る長町を貫くように南北に流れる小川は大野庄用水という。水路の傍らに設けられた案内板の記述によれば、天正、慶長年間(1573〜1615年)に金沢城が築城された際、宮越(現在の金沢港)から犀川を遡って木材を運び、この水路に引き入れたのだという。そこから「御荷川」と呼ばれていたものを、現在は大野庄用水と呼ぶのだそうだ。この水路の水を引き入れ、庭園の曲水に用いた屋敷も少なくなかったらしい。明治の文明開化のとき、この水路の流れを利用した水車小屋の動力が金沢の産業発展を支えたという。

今も清らかな水が流れる大野庄用水は武家屋敷跡の残るの町並みに風情ある景観を与えてくれている。水路に沿って伸びる土塀や見越しの木々の表情など、たいへんに興趣に富んでいて素晴らしい。

長町には前田土佐守家資料館や老舗資料館、足軽資料館、野村家、高田家跡などの資料館や観光スポットも点在している。町並み散策だけでは物足りないという人は興味のあるところに立ち寄ってみるといい。

武家屋敷跡の町並みの中にも、また大野庄用水に沿った道沿いにも、お休み処が点在している。風情のある町並みを眺めつつ、一休みのひとときを過ごすのもよいものだろう。足早に見て回るのではなく、藩政時代の武家屋敷の面影が残る町並みの中にゆったりと身を置き、往時を偲びつつ、その風情を楽しむのがお勧めだ。
野村家跡


野村家跡

野村家跡

野村家跡
大野庄用水の岸辺に野村家の屋敷跡がある。屋敷内に設置された解説によれば、野村家は1583年(天正11年)に前田利家が金沢城に入城した際に直臣として従った野村伝兵衛信貞の家で、禄高千二百石、十代に渡って御馬廻組組頭、各奉行職を歴任、明治の廃藩まで続いた家柄という。野村家屋敷は往時には千坪を越える広さだったそうだが、明治以降、時代の変遷とともに土地を分譲するなどして現在の状態になったものらしい。何度か住人も変わり、屋敷の様相も変わってしまったようだが、土塀や曲水、樹木などが野村家時代の面影を残しているという。建物は久保彦兵衛という商人が藩主を招くために1843年(天保14年)に建てた豪邸の上段の間、謁見の間を移築したものという。

建物は入館して内部を見学することができる。贅を尽くした建物も見応えのあるものだが、野村家時代の面影を残す庭園はたいへんに見事だ。決して広大な庭園というわけではなく、むしろ小さな庭園だが、曲水に織り込むように木々や石を配した姿は閑寂な風情に富んで味わい深く、加賀藩武士の美意識の一端を垣間見るような思いがする。入館は有料だが、長町武家屋敷跡を訪れたときにはぜひ入館して建物内部や庭園を見学しておくことをお勧めする。
高田家跡


高田家跡

高田家跡

高田家跡
武家屋敷は周囲を土塀で囲むのが慣わしだったらしいが、中級以上の禄高の高い武士は長屋門を構えることが認められていたそうだ。長屋門とは両脇に厩(うまや)や奉公人が住み込むための長屋を設けた門のことだ。長町の武家屋敷跡でも長屋門を見ることができるが、代表的なものが金沢市指定保存建造物にもなっている「旧加賀藩士高田家長屋門」だ。

高田家は禄高五百五十石の加賀藩士で、往時の屋敷は443坪の広さがあったそうだが、現在は270坪ほどが屋敷跡として残っている。長屋門は間口9間半余り(17mほど)、奥行き2間(3.6mほど)、門の間口は1間半(2.7mほど)、仲間部屋と馬屋、納屋を両脇に設けている。1995年(平成7年)に金沢市が譲り受け、復旧工事を行って公開しているものという。

高田家跡には屋敷の建物は残っていないが、庭園部分は往時の面影が残っているという。敷地内には加賀藩士の暮らしぶりや長屋門についての解説を記した案内板が設置されているから、それらに目を通し、庭園を散策しながら往時の様子を思い浮かべてみるのも一興だろう。
参考情報
交通

金沢へはJR北陸本線で、金沢駅から長町武家屋敷跡まではバスを利用し、香林坊バス停で下車、徒歩で5分ほどだ。市内周遊バスなども利用できる。利用できるバス路線などの詳細は兼六園公式サイトや兼六園観光協会サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)の「アクセス」ページを参照されたい。

車で来訪する場合は北陸自動車道金沢森本ICから国道159号線を南下、あるいは金沢東ICから国道8号線と県道200号線を辿って南下、または金沢西ICから国道8号線、県道25号線、国道157号線と辿って、金沢市中心部の香林坊を目指すとわかりやすい。

駐車場は近くに市営観光駐車場があり、他にも民間のものが香林坊を中心に点在している。大きな通りから町の中へ入り込むと道が狭いので注意が必要だ。

遠方から車で金沢観光に訪れ、香林坊に宿泊した人なら、宿泊施設の駐車場に車を駐めたまま、徒歩で向かうのがお勧めだ。

飲食

長町武家屋敷跡の町並みにも飲食店が点在しているが、香林坊へ移動して食事を楽しむのもお勧めだ。香林坊は金沢市中心部の繁華街で様々な飲食店が軒を並べている。

周辺

長町武家屋敷跡は金沢市の中心近くに位置しており、特に東側に数多くの観光名所が点在している。

長町武家屋敷跡の東側は香林坊、金沢市中心部の繁華街だ。香林坊から東へ延びる道路を辿ると、道路の北側に石川四高記念文化交流館や旧県庁をリニューアルした石川県政記念しいのき迎賓館が建っている。その東には兼六園、兼六園の北西側には金沢城趾を整備した金沢城公園がある。兼六園の南西側には県立歴史博物館や県立美術館、中村記念美術館、金沢21世紀美術館などが並ぶ。いずれも香林坊から徒歩圏内だ。

長町武家屋敷跡から北東の方角、浅野川大橋の袂には主計町茶屋街、浅野川を越えるとひがし茶屋街が風情ある町並みを見せる。ひがし茶屋街の東には寺社が数多く建ち並び、その東方では卯辰山が金沢の町を見下ろしている。長町武家屋敷跡から南へ、犀川を越えるとにし茶屋街、その東側の寺町にも数多くの寺院が建ち並んでいる。
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