神奈川県厚木市の西部、七沢地区に七沢森林公園という神奈川県立の公園がある。園内のほぼ全域を雑木林が占める、野趣溢れる公園だ。木々の緑も濃さを増した六月の初旬、七沢森林公園を訪ねた。
七沢森林公園
七沢森林公園
七沢森林公園
七沢森林公園はその名が示すように厚木市七沢地区の東端部に位置している。玉川右岸側の南北に延びる尾根筋の西側斜面がそのまま公園として整備されている形で、公園もまた南北に長い。65ヘクタールほどの面積を有する広大な公園だ。この辺りは東丹沢山地の麓に当たるところで、周辺には山深い風景が広がっているが、公園東側は山間に造成された「森の里」と呼ばれる住宅地が広がっている。公園の東側を南北に貫く尾根筋は地区の境にも当たり、だから公園は七沢地区から「森の里」、そして北側の上古沢の一部に跨っているわけだが、もちろん公園内ではそうした地区の境を意識することはない。公園の中央部には公園を南北に二分するように道路が横切っている。「森の里」と西側の県道64号とを繋ぐ道路で、この道路沿いに駐車場や中央口が設けられている。この道路によって公園は南北に分断された形だが、東側の尾根道や西側の「森のかけはし」が両者を繋いでいる。

公園は木々の茂る丘陵地の斜面に必要最小限の整備を加えたものと言ってよく、その広大な敷地のほとんどを雑木林が占め、その中を縫うように散策路が辿る。見晴らしの良い尾根道から沢に沿った小径まで、野趣溢れる散策を存分に楽しむことのできる公園だ。
七沢森林公園
初めて七沢森林公園に訪れた際にはやはり中央口から入ってゆきたい。特に車で来訪したときには西側に設けられた中央口駐車場に車を置き、公園入口まで歩いてみるといい。公園に近づくにつれ、次第に「森のかけはし」が大きく見えてくる。「公園のシンボル」的存在であるらしく、緑の丘を背景に見る姿はなかなか美しいものだ。この風景もぜひ見ておきたい。
七沢森林公園
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「森のかけはし」をくぐってゆくと、左手(北側)に「であいの広場」と名付けられた公園のメインエントランスがあり、その奧は小さな谷戸を成している。入ってゆくと管理所がある。管理所には公園の案内図などの各種リーフレットが用意されているから、まずこれを貰っておくと散策の際にも便利だ。管理所の横手には「森の民話館」という施設が併設されている。古い民家を模して造られた建物の中には古い時代の生活用具などが展示されている他、神奈川県内の自然を紹介するビデオシアターなども設置されている。「森の民話館」という名が示すように、伝承されてきた民話の紹介も行われている。公園に訪れた際には一度は覗いておきたい。

「森の民話館」の周囲は日本庭園として整備されており、落ち着いた佇まいだ。脇の方には小川が流れている。小川には「ししおどし」が設置されている。せせらぎの音だけが聞こえる静けさの中、竹筒の石を打つ音がよく響いていた。小川を溯るように歩を進めてゆくと谷戸の奥まったところに木々に囲まれるようにして「寸草亭」という四阿が設けられている。「寸草亭」の周りにはカエデの木が多いようで、晩秋には美しい紅葉に染まるようだ。「寸草亭」の前を過ぎて散策路は谷戸の奧へと辿り、さらに急な山肌へと上っている。
七沢森林公園
「寸草亭」の奧から斜面を辿る散策路を登ると山肌に沿った散策路に出る。これを南へ辿ると「いこいの丘」と名付けられた場所を経て尾根道に至る。「いこいの丘」は山肌の緩やかな斜面を切り開いて草はらの広場を設けたものだ。訪れた時、草はらに腰を下ろしてギターの練習をする若い男性の姿があった。「寸草亭」上から北へ辿ると「野外ステージ」がある。これも緩やかな斜面を利用して造られており、低くなったところに円形のステージが設けられている。ステージを囲む草はらの斜面が観客席というわけだ。さまざまな活動に用いられているのだろう。
七沢森林公園
「野外ステージ」を回りこんだ西側の丘の上に「ななさわの丘」と名付けられた展望所がある。標高160メートルだそうだ。丘の上は小さな広場になっており、丸太を利用したベンチも設けられている。丘の上からは西方から南方にかけて視界が開け、雄大な景色を楽しむことができる。ひとときベンチに腰を下ろし、風に吹かれて緑濃い眺望を楽しみたい。「ななさわの丘」を後にして「野外ステージ」を回りこんで散策路を北へ辿れば、やがて尾根道に出る。
七沢森林公園
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尾根道を北へ辿ってゆくとやがて公園の北端部だ。その手前、尾根道の右手(東側)に「ながめの丘」という場所がある。その名が示すように素晴らしい眺望の広がるところだ。標高は185メートルだそうだ。「ながめの丘」からは東南の方角に視界が開けており、座間方面からさらに天候に恵まれれば横浜のランドマークタワーの姿を見ることもできるという。

「ながめの丘」を過ぎてさらに北へ辿れば「とうげの広場」だ。「巡礼峠」の名があり、古道らしくお地蔵様や馬頭観音などが道脇に建っている。伝承によれば、昔、巡礼中の老人と娘が峠に通りかかったとき、松の木の陰に潜んでいた何者かに斬り殺されてしまった。翌朝になって無惨な姿を発見した村人がふたりを哀れんで地蔵尊を建てて供養したという。峠を抜けてゆく道はさらに北へ辿り、「関東ふれあいの道」に繋がって飯山白山森林公園方面へと延びる。飯山白山まで二時間ほどという。
七沢森林公園
峠から北東側へと降りてゆくと公園の北口で、広場や駐車場が設けられている。一角には「森のアトリエ」という施設が建っている。陶芸や木工などの体験ができる施設で、陶芸教室では本格的に陶芸を学ぶことができるという。「森のアトリエ」の前の広場は「さくらの園」と名付けられている。広場の周囲にはカツラやカエデ、サクラなどの樹木が茂り、広場脇の斜面にはアジサイが植え込まれている。桜や紫陽花の花期にはそれぞれに美しい景観を見せてくれそうだ。
七沢森林公園
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「とうげの広場」から南側の斜面へと小径が降りている。くねくねと曲がりながら急な斜面を降りてゆく小径を辿って行くと、やがて沢沿いに出る。小径はそのまま沢伝いに山肌を降りてゆく。小径はところどころで木道となり、小さな橋を何度も渡って沢と小径は右になり左になり、山裾へと辿る。周囲には鬱蒼と木々が茂り、昼間でも薄暗いほどだ。この沢伝いの小径は七沢森林公園の中で最も野趣に富んだところだと言っていい。ところどころで小さな滝を成して流れる沢の様子や木洩れ日のきらめきを見ながら歩くのはとても楽しい。下りきると沢は麓を流れる川に合流する。小径は公園の西端の外縁部を辿って南へ辿り、やがて「森のかけはし」の北側を経て「野外ステージ」へと至っている。
七沢森林公園
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「森のかけはし」からの眺望もなかなか素晴らしい。眼下には七沢地区の集落が、その向こうには丹沢の山並みが広がっている。「森のかけはし」の真下、道路脇には小さな池がある。「あやめ池」と名付けられており、池には鯉が泳ぎ、池の辺を小径が辿っている。ちょっと寄り道してみるのもいい。「森のかけはし」から南へと散策路を辿ればすぐに「シャクナゲ園」と「おおやま広場」だ。この「シャクナゲ園」は神奈川県内の花の名所として名を連ねており、花好きの人にはよくしられたところのようだ。訪れたのは六月、すでに花期を過ぎてしまっているのが残念だ。

「シャクナゲ園」の東側には「おおやま広場」と名付けられた草はらの斜面がある。この広場は七沢森林公園の中で最も開放感のある場所と言っていいだろう。斜面上部には白いパーゴラが設置されており、下から見上げるとその白が緑に映えて美しい。パーゴラの下に立って西へと目を向ければ眼前には東丹沢の山々の織りなす雄大な景観が広がる。風に吹かれながらその景色を眺めていると日常の喧噪をすっかり忘れてしまう。至福の時間だ。

「おおやま広場」から東へ散策路を辿ると「ピクニック広場」と名付けられたバーベキュー場だ。広場の随所にバーベキュー施設を伴った四阿が設けられている。材料をすべて公園側で用意してくれるタイプのバーベキュー場で、手ぶらで利用できるのが気軽でいい。「ピクニック広場」には随所にヤマボウシの木があり、ちょうど花の盛りだった。

「ピクニック広場」を抜けて坂道を上ってゆくと尾根道へと至り、尾根を越えた東側斜面には「アスレチック広場」が設けられている。その名が示すように各種の大型アスレチック遊具が設置された、子どもたちの遊び場だ。七沢森林公園の中で唯一、遊具と呼べるものの置かれた場所だ。「アスレチック広場」からは東側の「森の里」方面へと降りてゆくことができるようで、「森の里」に暮らす子どもたちにも日常的に利用されているのだろう。
七沢森林公園
尾根道は七沢森林公園の南口から北口近くの「とうげの広場」まで、公園の中央部、やや東寄りの位置で南北に貫く。公園の背骨と言っていい。ほとんどは木々の間を抜けてゆくが、ところどころで視界が開けて眺望の楽しめる場所もある。高低差もかなりあり、息を切らすような勾配のきつい坂道もあるが、坂を上りきった高みからの素晴らしい眺望には疲れも忘れる。公園内の尾根道を南端から北端まで歩くとかなり距離があるが、程良い疲れも心地良く、爽快な気分を味わうことができる。この尾根道を歩いてみなくては七沢森林公園の魅力のひとつを味わえないことになると言っても過言ではない。
七沢森林公園
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このように自然をよく残した公園ではスズメバチやマムシなどに注意する必要があり、そうしたものに注意を促す警告が設置されているものだが、この七沢森林公園でも例外ではない。さらに興味深いのは、猿に対する注意書きが少なからず設置されていることだった。公園を構成する山林の中には野生のニホンザルが出没することがあるらしい。猿を見かけても「餌をやらない」、「近寄らない」といった注意書きを随所で見た。そしてさらに、少しばかり驚いたのだが、「とうげの広場」には熊に対する注意書きがあった。「関東ふれあいの道」の白山手前、厚木霊園付近で熊の目撃例があったとのことで、散策する人たちに注意を喚起するものだった。七沢森林公園、そして「関東ふれあいの道」を散策する際には、そうした野生動物にくれぐれも注意されたい。
七沢森林公園
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七沢森林公園の最大の魅力は、広大な園内に残る豊かな自然だ。昔から残る山林に最小限の整備の手を加えて公園としたものと言っていい。その規模は大きく、例えば都市部近郊の新興住宅街に造られた里山保全型の公園などとはスケールが違うという印象だ。

広大な公園だが、大まかに言えば三つのエリアに分かれているように感じる。管理所と「森の民話館」を中心として、その周辺の広場や庭園、さらにその周りの丘に造られた野外ステージや「ななさわの丘」などから構成されるエリア、南側の「シャクナゲ園」や「おおやま広場」、「ピクニック広場」、「アスレチック広場」などから構成されるエリア、そした北口周辺の「とうげの広場」や「ながめの丘」などを含むエリアだ。それらは尾根道や沢伝いの道などによって行き来が出来るが公園自体が広いためにそれなりの距離があり、特に中央口付近と北口との行き来にはかなりの距離を歩くことになる。訪れる際には目的に応じて訪れるエリアを絞り込むのがいいかもしれない。

七沢森林公園では「森の民話館」や「森のアトリエ」での陶芸教室やクラフト教室、押し花教室などから、雑木林の保全活動など、さまざまな活動が行われている。興味のある人はそうしたイベントに参加してみるのも楽しい。イベントの開催予定など、詳細は七沢森林公園公式サイト(頁末「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

今回訪れたのは六月半ば、公園は瑞々しい緑に覆われて美しかったが、桜の時期やシャクナゲの花期、さらに秋の紅葉の頃にも見事な景色を見せてくれることだろう。四季折々に訪ねてみたい公園だ。
参考情報
本欄の内容は七沢森林公園関連ページ共通です
七沢森林公園はそのほとんどを雑木林が占め、その中を辿る散策路は基本的に未舗装の小径だ。場所によっては急勾配の坂道もある。訪れる際には歩きやすい靴、できればトレッキングシューズなどを履いてゆくことをお勧めする。

交通
七沢森林公園には駐車場が用意されており、地理的にも公園への来訪は車が便利だ。厚木市中心部からは県道603号を西進、伊勢原市方面からなら県道63号から県道64号へと辿って北上、宮ヶ瀬湖方面からは県道64号を南下、愛川町方面からは県道63号を南下するルートがわかりやすいだろう。遠方の人は東名高速道路厚木ICから県道603号へと辿って西へ向かえばいい。

公園駐車場は中央口付近に二ヶ所、北口に一ヶ所、公園東側の「森の里」側に一ヶ所設けられている。通常は中央口付近の駐車場を利用するのが便利だが、必要に応じて北口駐車場などを利用するといい。全体で百数十台分の駐車スペースがあるようだが、公園の規模から考えればやや少ないように思える。春から秋の土曜、日曜、祝日は駐車料金が必要なようだが、他は無料で利用できる。駐車場の位置や駐車料金の詳細は七沢森林公園公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

バスを利用して来訪する場合は、小田急本厚木駅厚木バスセンターや小田急愛甲石田駅、小田急伊勢原駅などからバス便を利用するといい。バス路線やバス停などの詳細は、これも七沢森林公園公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

飲食
園内には売店やレストランなどは無く、管理事務所前にドリンク類の自動販売機が設置されているだけだ。公園周辺にもお店は無い。七沢森林公園へはお弁当持参での来訪がお勧めだ。見晴らしのいい丘の上でのランチタイムはとても楽しい。

園内のバーベキュー広場は材料をすべて公園側で準備してくれるタイプのものだ。利用するには三日前までに予約が必要だが、器具を用意したり食材を買い揃える手間が要らないのは気軽だし、バーベキュー初心者などにはお勧めだろう。詳細な利用方法は七沢森林公園公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

周辺
七沢森林公園の西には七沢温泉郷がある。徒歩で十数分ほどの距離だ。公園を散策した後は温泉で汗を流すのも悪くない。

公園の東側は「森の里」と名付けられた住宅街だ。その一角に若宮公園という公園がある。また「森の里」の北側にはあつぎつつじの丘公園(上古沢緑地公園)がある。

七沢森林公園西側の県道64号(伊勢原津久井線)を南へ辿ればすぐに市境を越えて伊勢原市、伊勢原市へ入ってすぐの西方には彼岸花の群生地として有名な日向(ひなた)地区がある。彼岸花の花期に車で訪れたなら寄り道してみるといい。
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