新潟県上越市、高田の町に「高田世界館」という映画館が建っている。1911年に建てられた芝居小屋が前身という。現在も現役の映画館として営業を続けている。九月の初旬、高田世界館を訪ねた。
高田世界館
新潟県上越市南部、いわゆる「高田」の町の中心部の一角、本町6丁目に「高田世界館」は建っている。通りから少し奥まって建つ建物はひときわレトロな佇まいで目を引く。「高田世界館」の建物は、そもそもは1911年(明治44年)、芝居小屋「高田座」として建てられたものという。
高田世界館
高田世界館
1908年(明治41年)、大日本帝国陸軍第十三師団が高田に移転する。当時の高田町が1905年(明治38年)に創設された第十三師団の誘致に成功したのだ。その頃から高田の町では西洋風の旅館や娯楽施設が流行したという。「高田座」もその流行の中に建てられたわけだ。

建てられてから5年後の1916年(大正5年)、「高田座」は「世界館」と改称、芝居小屋から常設映画館へと業態転換した。1910年代後半、いよいよ日本に於ける映画制作が本格化しようとしていた時期である。1918年(大正7年)には「純映画運動」が起こった。「純映画運動」は女形を廃止して女優を起用すること、弁士を廃止して字幕を活用すること、写実的な演技・演出を行うこと等を提唱し、日本映画の近代化を図った。こうした動きの中で、それまでのいわゆる「活動写真」から脱却、近代的な「映画」としての新たな方法論が確立されてゆくのである。まさにその前夜の時期に常設映画館として営業を開始した「世界館」は先見の明があったのだろう。
高田世界館
高田世界館
その後「世界館」は「高田東宝映画劇場」、「高田セントラルシネマ」、「松竹館」等と名称を変えつつ、常設映画館としての営業を続けてきた。2007年(平成19年)、当時、個人オーナーによって成人向けの「高田日活」として営業していた(かつての)「世界館」も、いよいよ廃業と取り壊しの危機に迫られる。建物はすでに築90年、昭和後期に改修されてはいたものの老朽化は深刻で、さらに同年に発生した「新潟県中越沖地震」の影響もあって、雨漏りが酷くなるなど、状況は切迫していたのだ。

それを救ったのが、他ならぬ市民の有志や映画ファンだったという。地域の財産としての保存活動が始まり、2009年(平成21年)にはNPO法人「街なか映画館再生委員会」が発足して「高田日活」を譲り受け、「高田世界館」としての新たな体制での運営が始まった。保存再生と活用への方策が具体化してゆき、老朽化した建物は市民からの募金や自治体等からの補助金を頼りに修復作業が進められた。実際の作業にも市民の協力があったという。
高田世界館
2011年(平成23年)、「高田世界館の建物はその歴史的価値が認められ、“国土の歴史的景観に寄与している”とのことで、国の登録有形文化財(建造物)として登録される。「雁木の町」として知られる高田に於ける観光資源としての価値も見直され、メディアで紹介される機会も増え、文化財としての認知度も増している。しかし再生活用への道はまだ半ばだ。「高田世界館」は“街に賑わいを生む文化施設・コミュニティスペースとして定着”してゆくことを目指しているという。
高田世界館
「高田世界館」は基本的に映画館だが、上映時間中でなければ自由に中に入って見学することができる。不定期で解説付きの見学ツアーも開催しているから、それを利用するのもお勧めだ。建物内部は数々の改修を受けているとは言え、築百余年という建物の歴史を随所に見ることができる。芝居小屋として始まったことを窺わせる二階席の構造や、建築当時のままという天井装飾など、見るべきものは多い。
高田世界館
高田世界館
高田世界館
今回(2017年9月)見学させていただいた際、運良く「街なか映画館再生委員会」委員長の岸田さんに館内を案内していただく機会に恵まれ、映写室の中も見学させていただいた。

映写室に据えられていた映写機には「Fuji Central」のロゴがある。「Fuji Central」はフィルム映写機のブランド名で、元々の製造元は富士精密工業、かつて戦闘機を造っていた中島飛行機を母体とした会社だ。それを後に平岡工業が引き継いだ。「高田世界館」の映写機は名機との誉れ高い、1954年製「フジセントラルF-3」と1955年製「フジセントラルF-5」であるらしい。傍らの作業台にはフィルムが無造作に置かれている。「最近の若い人は、フィルムを初めて見るという人もいらっしゃいますよ」と、岸田さんはおっしゃっていた。映写室の壁面上部には神棚が祀られている。昔のフィルムは燃えやすいため、こうして「火除け」として祀るのだ。その下の棚には真空管のアンプが置かれていたが、さすがにこれは今では使っていないとのことだった。壁面の無造作な印象の電気配線も、何故か魅力的に感じてしまう。見るものすべてが興味深く、楽しいひとときだった。

岸田さんのお話によれば、映画の鑑賞客は多いときで一日10人ほどだという(2017年9月現在)。「映画も見ていきませんか」と誘われたが、旅行中の身で時間もなく、お断りせざるを得なかったのが残念だった。
高田世界館
1911年に建てられた日本最古級の現役映画館、今では少なくなった、フィルムで上映することのできる映画館だ。それを鑑賞するために遠方から訪れても、マニアなら決して後悔することはないだろう。もちろん、その歴史的価値のある建物を見学するだけでも充分に楽しい。上越高田の町を訪ねたなら、絶対に立ち寄っておきたい「高田世界館」である。
高田世界館
参考情報
高田世界館の開館日、開館時間等の詳細については公式サイト(頁末「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

交通
高田世界館は「えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン」の「高田」駅から500mほど。初めての人は高田駅から東へ向かい、「本町5丁目」交差点で左へ(北へ)折れて真っ直ぐに進むと、交差点から300mほどで着く。

「えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン」は上越妙高駅で上越新幹線から乗り換え、あるいは直江津駅でJR信越本線から乗り換えだ。

車で訪れる場合は上信越自動車道上越高田ICや北陸自動車道上越ICなどが近い。

高田世界館の駐車場は建物の裏手にあり、本町通りから川沿いの道に回り込む必要がある。本町通り沿いの高田世界館横の駐車場は、高田世界館の駐車場ではないので、注意が必要だ。その他、市街地中心部に点在する時間貸し駐車場を利用してもいい。

飲食
市街地中心部、「本町5丁目」交差点の周辺に数多くの飲食店がある。好みの店を選んで食事を楽しもう。

周辺
高田世界館の建つ本町6丁目の付近は有名な「雁木」の連なる町並みだ。雁木の風情を楽しみながらの町歩きがお勧めだ。高田世界館の斜向かいには「町家交流館高田小町」という施設があり、観光案内所と休憩所を兼ねている。観光の際には立ち寄っておこう。

雁木の町散策からさらに足を延ばして高田城址公園や旧師団長官舎なども訪ねておきたい。

上越を訪れた際には春日山城跡もぜひ訪ねておきたい場所のひとつだ。春日山城跡は高田の中心部から6km強、車で30分かからずに行ける。
建物探訪
新潟散歩