埼玉県北本市石戸宿に「石戸蒲ザクラ」と呼ばれる名木がある。国の天然記念物であり、「日本五大桜」のひとつにも数えられるという。春爛漫の四月上旬、「石戸蒲ザクラ」を訪ねた。
石戸蒲ザクラ
石戸蒲ザクラ
埼玉県北本市石戸宿、東光寺の境内に「石戸蒲ザクラ(いしどかばざくら)」と呼ばれる桜の名木がある。樹齢は約800年、1922年(大正11年)に国の天然記念物に指定され、「日本五大桜」のひとつに数えられる名桜である。

「石戸蒲ザクラ」の「石戸」はこの辺りの地名だが、「蒲」は源頼朝の弟(異母弟)蒲冠者源範頼の伝説に由来するのだそうだ。東光寺境内脇に埼玉県教育委員会と北本市教育委員会の連名で1993年(平成5年)に設置された「東光寺の文化財」についての解説パネルがある。その記述によれば、範頼が石戸に来た際についてきた杖が根付いたのがこの桜だという伝説があるそうだ。蒲冠者の名に因んで「蒲桜」と呼ばれるようになったものという。
石戸蒲ザクラ
石戸蒲ザクラ
「石戸蒲ザクラ」はヤマザクラとエドヒガンの自然交雑種で、「カバザクラ」という名の世界で一本だけの品種だという。実際に現地の「石戸蒲ザクラ」を目の当たりにすると、“国の天然記念物”や“日本五大桜”の形容に少し違和感を覚える人もあるかもしれない。実は現在見られる「石戸蒲ザクラ」は老木から株分けした“二代目”なのだそうだ。天然記念物の指定を受けた当時、幹は4本に分かれ、根回り11メートルにもなる巨木だったらしいが、戦後になって次第に衰え、現在は4本の幹のうちの1本と孫生えが残っている状態なのだという。前述の解説パネルには1922年(大正11年)当時の「石戸蒲ザクラ」の写真が添えられているから訪れたときは見ておきたい。

「石戸蒲ザクラ」は江戸時代後期の作家、滝沢馬琴が書いた「玄同放言(げんどうほうげん)」にも取り上げられ、渡辺崋山(わたなべかざん)が挿絵を描いているという。この挿絵も前述の解説パネルに添えられているから見ておくといい。
石戸蒲ザクラ
かつて名桜として名を知られた「石戸蒲ザクラ」、今は往時の姿をそのままに留めているわけではないが、それでもその姿は見る者を圧倒するような迫力がある。保護のためか、根方に近づくことはできず、設けられた柵の外側から見学することができるだけだが、見応えは充分だ。北側へ少し傾いでひときわ大きく伸びる幹が4本のうちの残った1本か。樹齢800年とはいったいどのようなものなのか。その歳月は人間の営みの尺度を超えていて想像しがたい。その年月を経てきた樹木の姿は堂々とした風格の中に幽玄の雰囲気さえ漂っている。今もやはり名桜である。
東光寺境内の桜
東光寺境内の桜
東光寺境内には「石戸蒲ザクラ」の他にも桜が花を咲かせている。境内地から見るのもいいが、東側から南側を回り込む道路から眺めるとそれらの桜の景観を充分に楽しむことができる。「石戸蒲ザクラ」を見学した後は、そうした桜の咲く景観を楽しむのもお勧めだ。

前述の解説パネルによれば、東光寺は川越市の東明寺の末寺で、西亀山無量院東向寺と号し、蒲冠者源範頼による開基と伝わっているそうだ。寺域と周辺地域は鎌倉時代の館跡であるらしい。解説パネルには「東光寺板石塔婆群」や「銅造阿弥陀如来坐像」などの文化財についての記述もある。東光寺には22基の板石塔婆があり、かつては蒲ザクラの周囲に立てられていたという。解説パネルに添えられた天然記念物指定当時の蒲ザクラの写真に写っているのがそうだろう。
東光寺周辺
東光寺周辺
東光寺周辺
東光寺から道路に沿って西側を回り込んで北側へ歩を進めてみる。東光寺北側の道路脇、民家の敷地内に大きなオオシマザクラがある。民家の方によるものらしい、オオシマザクラについての簡単な解説が設置されている。樹齢は80年以上とのことだ。樹齢80年、「石戸蒲ザクラ」の十分の一だが、通常の尺度で言えば充分に老木、その姿も立派なものだ。オオシマザクラは真っ白の花弁と緑の葉とが混じり合う色彩が美しい桜だが、この日も春の日差しを浴びて輝き、美しい景観を見せてくれていた。

このオオシマザクラの近くにはソメイヨシノやベニシダレなどの桜の姿もある。道路向かいの畑地には菜の花が咲いていた。迫力に満ちた「石戸蒲ザクラ」も素晴らしいが、こうした長閑な春景色にも心惹かれる。「石戸蒲ザクラ」を見学した後は東光寺北側へも散策の足を延ばしてみるのがお勧めだ。
堀の内集会所横の広場
東光寺南側には道路を挟んで「堀の内集会所」が建っている。建物の西側は広場になっており、遊具類が設置されているのだが、この広場も桜に囲まれている。穏やかな春の風景だ。
駐車場
広場の西側から小径を南へ下りれば小さな川を渡って「石戸蒲ザクラ」や「子供公園」の見学者用に設けられた駐車場の端に出られるのだが、この駐車場の北側の縁、小川に沿って桜並木が設けられている。桜はまだ若木で小振りなものだが、同じくらいの大きさの桜がほぼ等間隔で並んで花を咲かせる風景はなかなか美しいものだ。その桜並木の中央部、鮮やかなピンク色の花を咲かせるハナモモが一本だけ混じっているのは敢えて意図したものか。艶やかな色彩が風景にアクセントを添えている。
駐車場から東光寺を見る
北本市石戸宿は長閑な田園風景の残るところだ。「石戸蒲ザクラ」を見学した後は周辺をのんびりと散策してみるのもいい。思いがけず美しい春景色に出会うこともあって楽しい。
参考情報
石戸蒲ザクラはソメイヨシノに比べて開花が数日遅いそうだ。訪れる時は北本市の開花情報を参考にするといい。石戸蒲ザクラの見学には入場料などは必要ない。トイレは隣接する堀の内集会所のものが利用できる。

交通
電車で訪れる場合はJR高崎線北本駅が最寄り駅だ。駅から距離があるので、バスを利用しなくてはならない。西口バス乗り場から「北里大学メディカルセンター線」のバスを利用し、「北里大学メディカルセンター」バス停で下車すれば近い。「石戸蒲ザクラ入口」バス停まで行くバスもあるようだ。

車で来訪する場合は、遠方の人は圏央道桶川北本ICを利用すると近い。ICを降りたらUターンして道なりに進み、「石戸宿一丁目」交差点を左折するといい。国道17号を利用する場合は「山中」交差点を西へ折れ、県道312号を西進、「石戸両大師入口」交差点を左折、道なりに進むといい。桜の花期には「石戸蒲ザクラ」を指し示す案内板が近辺要所に設置されており、それを参考にするといい。

石戸蒲ザクラは北里大学メディカルセンターの南側、それほど遠くないところにある。土地勘の無い人はとりあえず北里大学メディカルセンター方面を目指して来るといい。

見学者用の無料駐車場が用意されており、約120台ほどの駐車スペースがあるそうだが、満開の時期の週末には混み合いそうだ。余裕を持って出かけた方がいい。

飲食
石戸蒲ザクラの周辺には飲食店はない。食事は場所を変えて楽しもう。

お弁当を広げる場所もないため、お弁当持参の人は北本自然観察公園や子供公園、城ヶ谷堤などに移動し、そこでお花見ランチを楽しむのがお勧めだ。

周辺
石戸蒲ザクラの北側には北里大学メディカルセンターがあり、それを取り囲むように北本自然観察公園が広がっている。北本自然観察公園には樹齢200年ほどというエドヒガンの大木があるが、見頃の時期が他に比べて早いので訪れるときには開花状況を確認した方がいい。

石戸蒲ザクラのすぐ西側には子供公園という小公園があり、ここはソメイヨシノが美しい。さらに西へ進んで北へ少し行くと有名な城ヶ谷堤だ。それらを巡って“花見のハシゴ”も楽しい。石戸蒲ザクラから城ヶ谷堤まで、ルートにもよるが、1〜1.5kmほどだ。

車で訪れたならさらに北へ足を延ばして高尾さくら公園、そこから西へ、吉見町へ入るとさくら堤公園などがある。車で移動すれば石戸蒲ザクラから吉見町のさくら堤公園まで5〜6kmという距離だ。
桜散歩
埼玉散歩