佳景探訪
花沢の里
静岡県焼津市の北端近く、花沢地区に江戸時代の面影を残す山村集落がある。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落だ。夏の暑さも退いた九月中旬、「花沢の里」を訪ねた。



花沢の里

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花沢の里
静岡県焼津市の北端、花沢地区に江戸期から明治期にかけての面影を濃厚に残す山村集落がある。東の花沢山と西の高草山に挟まれ、北には満観峰を背負う谷筋、花沢川に沿って30戸ほどの家々が肩を寄せ合うように建ち並んでいる。家々は江戸期の伝統を保ちつつ、明治後半以降にはみかんの栽培で栄えて増改築を施され、見事な石垣と共に独特の景観を見せる。その歴史的景観の価値が認められ、2014年(平成26年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。「花沢の里」として知られる集落である。

「花沢の里」から北東側へ、ハイキングコースとなった山道を登ってゆくと日本坂峠が近い。日本坂峠を越えて、花沢の谷筋をかつて古代東海道が通っていた。奈良期、平安期には静岡と焼津を結ぶ重要なルートだったのだ。「日本坂」という地名は日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷征伐の際に通ったことに由来すると言われる。そもそも「焼津」の地名も、日本武尊の東夷征伐の際に天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)によって燃える草を薙ぎ払って賊を滅ぼしたという、古事記や日本書紀に描かれたエピソードに由来するとされる(このエピソードによって天叢雲剣は「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」と呼ばれるようになる)。

「焼津」の名は、万葉集にも詠われている。万葉集第三巻、春日倉老(かすがのくらのおゆ)が詠んだ「焼津辺(やきつべ)に わが行きしかば 駿河なる 阿倍の市道(いちぢ)に 逢ひし児らはも」である。この歌は、春日倉老が焼津付近に行った際に駿河の阿倍の市の道で出会った娘たちを思い出して詠んだものである。現代語に訳せば「焼津の辺りに行ったとき、駿河の阿部の市の道で出会った娘たちよ(今はどうしているのだろう)」といったところか。この歌に因んでか、「花沢の里」を抜ける旧街道は「やきつべの小径」の名でも呼ばれ、集落の中の道脇には上記の歌を刻んだ歌碑もある。

花沢の里

高草山と花沢山から連なる丘陵がすぐ両側に迫り、かなり狭い谷筋である。谷の底を、「やきつべの小径」が坂となって北へ登っている。道脇を流れる花沢川は細い急流で、まさに山間の渓流というべき流れだ。その道脇に30戸ほどの家々が寄り添うように建ち並んでいる。谷脇の斜面に建つ家々は石垣を組んで平地を造り、その上に建てられている。失礼な言い方かもしれないが、家々はその石組も含めて、こうした山村集落には不似合いなほど立派な建物だ。江戸時代からの長屋門を残す家や見事な蔵を備えた家もある。花沢の集落は明治後半以降にみかんの栽培で栄え、江戸時代の面影の残す家々も増改築が行われて現在の景観が出来上がったのだという。

石垣はどれも見事な石組だが、大雨の際に増水して溢れた花沢川の水害を防ぐ目的もあるのだろう。石組は集落として統一された手法があるわけではないようで、城郭の石垣を彷彿とさせるような精緻な石組から自然石を積み上げただけの素朴なものまで、それぞれの家にそれぞれに特徴のある石組が施されている。それらの石組を丹念に見てゆくのも「花沢の里」散策の楽しみのひとつだろう。

坂を登ってゆけばやがて「花沢の里」の北端部、ここから鞍掛峠や満観峰へとハイキングコースが延びている。ハイキングを楽しむために集落の中を抜けてゆく人の姿も少なくないようだ。

花沢の里

集落の北端部近く、天台宗高草山法華寺という寺が建っている。天平年間(729〜749年)創建という古刹だが、駿河へ侵攻した武田信玄と今川氏との花沢城の攻防戦(1570年)で寺は焼失、詳しい資料は残っていないらしい。平安時代後期に造られたという木造聖観音立像が伝わっているが、寺の伝えによれば奥院の東照寺の本尊で、法華寺の本尊ではないそうである。この木造聖観音立像は静岡県指定有形文化財である。間口四間(約7.4m)の見事な仁王門は焼津市指定有形文化財、1703年(元禄16年)、藤枝の大工伊左ヱ門によって建立されたものという。

法華寺は古くから「乳観音」と呼ばれて女性の信仰が篤かった。昔、隣村に乳の出が悪く悩んでいた嫁がいた。神仏に祈ってもいっこうに効き目がない。あるとき、嫁は赤子を背負って高草山を越え、法華寺の門前で祈った。すると大木の幹から光に包まれた観音様が現れ、「願いを叶えよう」と告げられたという。その晩から嫁の乳の出はよくなり、赤子は肥え太って元気になったという。この話が近郷近在に知れ渡り、以来法華寺は乳観音を祀り、母子の参拝が絶えなかったという。若い女性ならぜひともお参りしておきたいところではないだろうか。

花沢の里

今回訪れたのは(2016年)9月の半ば、「花沢の里」の随所でそろそろ彼岸花が咲き始めていた。花沢川横の斜面や法華寺仁王門前など、随所で彼岸花が鮮やかな朱い花を咲かせている。古い時代の面影を残す山村集落の佇まいに彼岸花がよく似合って良い風情だ。

狭い谷筋に建ち並ぶ家々の景観は風趣に富んで独特の趣を漂わせている。その風趣を味わいながら、のんびりと散策を楽しむのが「花沢の里」観光のお勧めだ。ときおり花沢川の流れを覗き込んだり、細部にも目を向けて時間をかけて「花沢の里」を楽しみたい。さすがは重要伝統的建造物群保存地区に選定された集落、こうした景観に心惹かれる人なら絶対に一度は訪ねてみるべきところだと言って過言ではない。お勧めである。

ただ、「花沢の里」は“観光地”ではあるが、今も人々が日常の暮らしを営むところだ。散策を楽しむ際には迷惑をかけないよう、充分に注意したい。私有地に勝手に立ち入ったりしないよう、また写真を撮る際にも地元の暮らしに配慮しよう。集落の中はたいへんに道が狭い。車は観光駐車場に駐め、集落の中に車で進入するのはやめよう。くれぐれも“他所様の土地にお邪魔している”感覚を忘れず、慎み深く静かに散策を楽しみたい。
参考情報
交通

花沢の里は公共の交通機関でのアクセスは不便で、車での来訪が賢明だ。集落の入口付近に観光客向けの無料駐車場が用意されており、駐車台数にも余裕がある。

東名高速道路焼津ICから観光用駐車場まで約5km、10分足らずで着く。

飲食

花沢の里の集落内カフェが一軒あるが、本格的な食事はできないようだ。周辺にも飲食店はない。食事は場所を変えて楽しもう。

周辺

花沢の里から車で数キロ走れば焼津漁港だ。港湾の眺めを楽しみながら散策したり、新鮮な魚介類を味わうのもお勧めだ。

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