佳景探訪
御浜岬と戸田の町
静岡県沼津市の南部、西伊豆に戸田という地区がある。郷愁を感じさせる佇まいの港町の沖には御浜岬という砂州が延び、そこから駿河湾越しに見る富士山も美しい。風薫る五月の初め、戸田を訪ねた。



御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町
修善寺から県道18号(修善寺戸田線)を西へ辿って伊豆の山々の中へと分け入っていくと、やがて戸田峠を越える。峠を過ぎると県道18号は急峻な山肌をくねくねと辿りながら降りてゆく。降りた先には美しい入り江を抱えた港町がある。戸田の町だ。

戸田は静岡県沼津市の南端部に位置する地域だが、かつては戸田村という独立した自治体だった。戸田村は1889年(明治22年)に町村制施行に伴って発足したが、2005年(平成17年)、沼津市への編入合併によってその歴史に幕を下ろしている。埼玉県には同じ「戸田」の文字を書く戸田市があるが、埼玉県の「戸田」は「とだ」と読み、こちらの「戸田」は「へだ」と読む。

戸田峠から県道18号を降りてくると戸田地区の中心部となる港町だ。西伊豆の海岸線から深く入り込んだ入り江に漁港があり、その漁港を中心に町が広がっている。入り江の沖には南側から延びた砂州が駿河湾とを隔て、入り江を天然の良港としている。戸田は三方を急峻な山々に囲まれており、かつては山越えの陸路より海路の方が重要な交通手段だっただろうことは想像に難くない。

戸田の町は昔ながらの港町の風情を色濃く残しており、気ままに散策してみるのも楽しい。漁港近くには駿河湾獲れの新鮮な魚介類や名物のタカアシガニを味わえる店が点在し、それを目当てに訪れる観光客も少なくない。入り江を駿河湾と隔てる砂州は御浜岬の名があり、町側から入り江越しに見る姿も美しく、御浜岬の西側や突端部から駿河湾越しに見る富士山の姿は何とも良い風情である。

周囲を山々に囲まれた戸田、どの方向から訪れるにも山越えのルートを辿り、それなりの時間を要するが、都会暮らしの者にとってその道程は日常を忘れるための“手続き”のようなものかもしれないと思ったりする。峠を越えて車を走らせた先に待つ、美しい風景と新鮮な海の幸。それを味わうために伊豆の山々を越える。素敵な休日である。


戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町

戸田漁港と戸田の町
戸田漁港の岸壁に立つと、入り江越しの正面に御浜岬が見える。御浜岬がいわば天然の防波堤となって入り江と駿河湾とを隔て、戸田を天然の良港としているのだ。その向こうに見える山々のシルエットはどの辺りだろう。方向としては駿河湾越しの対岸は静岡市清水区の辺りだろう。遠く霞んで見える、高く連なる山々の稜線は南アルプスだろうか。

漁港の岸壁には幾艘かの漁船が繋がれ、小さく揺れて時を刻んでいる。岸壁で釣りを楽しむ人たちは地元の人か、観光客か。その上にはウミネコの飛び交う姿がある。戸田の漁港は地形の利もあってか、町の規模に比して大きな方だろう。こうした漁港の風景には不思議な魅力を感じて、風景を楽しんでいると時の経つのを忘れる。

岸壁を離れ、海岸線を辿る県道17号(沼津土肥線)を渡って港町の中へ入り込んでみる。家々が密集して建つ中を細い路地が抜けてゆく様子は昔ながらの港町の風情だ。建ち並ぶ家々や石垣の佇まいには郷愁を誘われるような興趣があり、町中を抜けて入り江に注ぐ川筋の景観やそこへ架けられた小さな橋の様子も素敵だ。

町中の細道を辿っていると、「〜ぶらり〜戸田歴史の散歩道」と記したプレートが設置されているのに気付く。プレートには「へだ号絆プロジェクト実行委員会」の名がある。「へだ号絆プロジェクト」はNPO法人や観光協会、商工会などによる町おこしのプロジェクトらしい。このプロジェクトによって、簡単な解説などを記した案内プレートが随所に設置されているということのようだ。

歩いて行くと、路地の交差点の角に立派な石垣があった。「へだ号絆プロジェクト」の解説プレートによると防潮堤だそうだ。伊豆石を空積みで積み上げたもので、この場所がかつて波打ち際だったことを物語るものという。「戸田南北境界線」と記されたプレートも見つけた。幕末までここが領地の境界線で、北は小笠原藩領、南は沼津藩領だったそうだ。進んでゆくと古そうな立派な建物にも出会った。旧杉山商店の建物だそうだ。案内プレートの記述によれば、杉山家は海運業などで栄えた家で、明治期から昭和期にかけて現代の総合デパート的な役割を担っていたという。

観光に訪れて町歩きを楽しむとき、こうした案内板のようなものが設置されているのは嬉しい。気付かずに通り過ぎてしまうようなものや、どのようなものかわからないままになってしまうようなものが、こうした案内によって“発見”や“出会い”に変わる。「へだ号絆プロジェクト実行委員会」の方々に、この場を借りて謝意を表しておきたい。

地方の小さな港町の近くに生まれ育った身としては、こうした港町の風情には懐かしさを感じて心惹かれるものがある。都会育ちの人であっても、不思議に郷愁を誘われる風景なのではないだろうか。日本は四方を海に囲まれた島国だ。昔から人々の暮らしは海と共にあった。こうした港町の風景もまた、“日本の原風景”のひとつなのかもしれない。

海岸部を辿って戸田の町を南北に抜ける県道17号の道沿いには海の幸を味わえる店が点在している。お昼時、有名店の前には席が空くのを待つ人たちが列を成す。水深の深い駿河湾で獲れる深海魚を使った料理やタカアシガニが名物として人気を集めているようだ。町中を一巡りした後は、それらの店のひとつを選んでゆっくりと食事を楽しむのがお勧めだろう。


御浜岬

御浜岬

御浜岬

御浜岬

諸口神社

御浜岬

御浜岬

御浜岬
御浜岬は、その形状が嘴(くちばし)を思わせることから、砂嘴(さし)と呼ばれる地形だ。風雨や波などが周辺の山々を浸食し、それによって生じた土砂が川の流れや海流に運ばれて入り江の入口に帯状に堆積して砂州が生じ、長い年月をかけてこのような形状の岬を形作った。

岬の“根元”、すなわち御浜岬の“入口”に当たる部分は「御浜岬公園」として整備されており、駐車場も設けられている。戸田港に面した砂嘴の内側は美しい砂浜となっており、砂浜も公園の一部として夏には海水浴場として賑わうようだ。

駿河湾に面した“外側”にはコンクリート製の防波堤が設けられ、その下は波に洗われて丸くなった大小の石が敷き詰められた礫浜だ。北へ視線を向けると、駿河湾の向こうに富士山の姿が見える。岬の突端部分には灯台が建っており、その白い姿がアクセントになって興趣に富んだ景観を見せてくれる。防波堤の上を岬の先端へと歩いて行くと、富士山と灯台との大きさの比率や見える角度が少しずつ変化してゆき、それぞれにフォトジェニックな景観となって飽きない。

岬の先端部へ至れば戸田港北側の海岸部、荒々しくも美しい断崖の景観が間近に見える。その断崖の上には「出逢い岬」がある。波打ち際に近い断崖下部には「井田火山の溶岩」を見ることができる。戸田港へと出入りする漁船の姿も間近に見え、富士山を背景に風情ある景観を見せる。

岬先端を回り込んで港側へと歩を進めると大きな赤い鳥居が建っている。岬突端部の林の中には諸口神社という神社が鎮座しているのだ。諸口神社は弟橘姫命(おとたちばなひめのみこと)を祀り、豊漁と海上守護の神として信仰されている。鳥居横には船着き場らしい堤体が設けられている。鳥居の向きから考えても、戸田の町から船で海を渡るのが表参道ということになるのだろう。神社周辺の岬突端部にはイヌマキが群生し、「御浜岬のイヌマキ群生地」として静岡県の天然記念物に指定されている。照葉樹林帯の名残であるという。

岬内には戸田造船郷土資料博物館・駿河湾深海生物館も建っている。日露和親条約締結交渉のために訪れ、安政大地震の津波によって沈没したディアナ号の遺品や、その代船であるヘダ号の建造記録などが展示されている。併設の駿河湾深海生物館には最大深度2500メートルという駿河湾の深海に棲息する深海魚の標本などが展示されている。興味のある人は見学していくといい。

御浜岬を海岸に沿って辿れば、駿河湾に臨む西側海岸では雄大な景観が広がり、戸田港と戸田の町を正面に見る東側の浜辺は穏やかでゆったりとした景観が楽しめる。松林の中の小径を辿ってみるのもいい。“海辺の景勝地”の魅力を充分に堪能できる御浜岬である。
御浜岬

御浜岬
弧を描いて延びる御浜岬は、少し離れた高所から眺める姿も美しい。海岸を辿る県道17号は岬の根元付近では少しばかり高みを通っており、その道脇から御浜岬を見下ろせばその美しさを堪能することができる。眼下には緑の木々を背負って弧を描く御浜岬、その内側には砂浜が延び、外側には駿河湾が広がる。その向こうには富士山が浮かぶ。それらが織り成す景観はたいへんに美しく、戸田を象徴する風景だと言っていい。戸田を訪れたときにはこの風景をぜひとも見ておかなくてはいけない。



瞽女展望地から見る午後の戸田漁港

瞽女展望地

瞽女展望地

瞽女展望地から見る午後の戸田漁港
県道18号を戸田峠から戸田の町へと降りてくる途中、峠から1kmほどのところに「瞽女展望地」という展望所が設けられている。瞽女とは、三味線を弾き、歌い踊って人々を楽しませる盲目の旅芸人のことだ。この地に、瞽女にまつわる悲しい伝説が残っている。昔、三人の瞽女の一行が戸田から修善寺へ向かう途中、この峠で大雪に遭って命を落としてしまった。雪が消えてから村人が亡骸を発見し、懇ろに弔ったという。この地に建つ三体の観音像は、亡くなった瞽女の冥福を祈り、旅人の安全を祈って祀られたものらしい。瞽女の霊を祀っていることからか、古くから芸道の祖として信仰され、芸事の上達のために拝む人も少なくないという。毎年9月に開催される「ごぜ芸能まつり」では、この地で供養式典が執り行われ、御浜岬で三味線や舞踊などの伝統芸能が披露されるそうである。

「瞽女展望地」からは西に戸田の町と御浜岬を見下ろす。観音像の横手には斜面に張り出すように木製の展望デッキが設けられ、その先端部に立てば木々に視界を遮られることなく、戸田の港を眺望する。午後になれば駿河湾と戸田の入り江は逆光に煌めき、その中に御浜岬や漁船の姿がシルエットになって浮かぶ。美しく幻想的な風景である。県道18号を使って修善寺から戸田を訪れたなら、ぜひ「瞽女展望地」に立ち寄り、この景観を楽しんでおきたい。

御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町
御浜岬と戸田の町

御浜岬と戸田の町
参考情報
県道17号に県道18号が交差する丁字路、「戸田三差路」交差点の角に「戸田観光案内所」がある。初めて戸田を訪れた際には観光案内所を訪ねて話を聞いてみるなどして、情報収集をしておくことをお勧めする。

戸田の町の中心部から御浜岬までは約2km、のんびりと歩いて行き来するのもよいかもしれない。

交通

戸田へ車で訪れるなら、東名高速道路沼津ICや新東名高速道路長泉沼津ICから、まず伊豆縦貫自動車道を南下するのがわかりやすい。その後は伊豆中央道長岡ICから海岸へと出て、県道17号線を三津、古宇と経由し、古宇から県道127号線を南下、県道18号線へ合流して西へ辿れば戸田だ。古宇からそのまま海岸沿いに県道17号線を西へ辿り、大瀬崎近くを経由して行ってもいい。あるいは、伊豆縦貫自動車道からそのまま伊豆中央道、修善寺道路へと辿り、修善寺から県道18号線を西へ、戸田峠を越えて向かうルートもある。どのルートも途中には峠越えのワインディングが待っている。運転には注意されたい。

公共の交通機関を利用する場合はJR東海道本線沼津駅からのバス路線が利用できる。あるいはJR東海道本線やJR東海道新幹線で三島駅まで行き、三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り換え、修善寺駅で下車、修善寺駅から戸田行きのバスを利用すればいい。また、沼津港から高速船を利用する方法もある。

その他、戸田への交通については戸田観光協会公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

飲食

戸田の町には新鮮な海鮮料理を味わえる店がいくつもある。好みの店を選んで、有名なタカアシガニや地魚料理を味わうのがお勧めだ。

お弁当持参なら御浜岬の浜辺で海を眺めながらのランチも楽しそうだ。

周辺

戸田から県道17号線を北へ辿れば十数キロで大瀬崎、南へ辿ればこれも十数キロで土肥だ。ドライヴを楽しみつつ足を延ばしてみるのもいい。

戸田から県道18号線を東へ向かえば20kmほどで修善寺温泉だ。日帰り温泉を楽しんだり、宿泊するのもお勧めだ。温泉郷の近くには「修善寺 虹の郷」がある。四季折々の花が美しい施設だ。
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