日南海岸追想
懐旧の手書きバス停標識
串間市−本城方面
串間市中心部の南東側、山々に囲まれて本城川河畔の平地部が横たわっている。この平地部を中心にした地域を本城という。串間市が誕生する以前は本城村だったところだ。串間市コミュニティバス「よかバス」にはその本城地区を巡る路線がある。「永田線」と「遍保ヶ野線」の二路線が運行されているようだが、双方とも串間市中心部から金谷を経て海岸部を辿り、本城支所前まではほぼ同じルートだ。その後、再び海岸部に戻る「永田線」と山間部に向かう「遍保ヶ野線」と別ルートになる。このページの内容は「永田線」の一部に対応している。写真はすべて2008年夏に取り集めたものだ。残念ながらすべてのバス停の写真を撮影することはできなかった。
金谷バス停標識 金谷バス停標識
福島港の南側、福島川河口部の南側に当たる地域を金谷という。金谷は漁港を中心にした小さな集落で、福島川によって串間市中心部と隔てられているが、現在では立派な橋梁によって繋がれ、広い道路(県道454号)が整備されている。その県道454号沿いに「金谷」バス停が設けられている。上の写真は道路西側に立つ標識を南側から、下の写真は同じものを北側から撮影したものだ。上の写真に写る道路が遠くで僅かに上り坂になっているのは福島川に架かる橋へ向かっているからだ。
(撮影:2008年夏)
金谷岐れバス停標識 金谷岐れバス停標識
金谷バス停が設けられている辺りから県道454号を西へ辿ると長閑な田園風景の中に「金谷岐れ」バス停が立っていた。「岐れ(わかれ)」が意味するように、道は交差点、すなわち“分岐点”を成している。内陸部から辿ってくると、ここで金谷方面と一里崎方面とに道が分岐するからだろう。道の分岐点を「○○岐れ」と呼ぶ地名は串間市内に少なくないが、ここもそうしたもののひとつだ。周辺の緑豊かな風景が写真からもよくわかる。「よかバス」の路線には残念ながら「金谷岐れ」の名のバス停は存在しない。ちなみにこのバス停標識は木製ではなく、金属製である。
(撮影:2008年夏)
一里崎バス停標識
「金谷岐れ」から県道454号を西へ辿れば一里崎だ。一里崎という名の岬が志布志湾に張り出し、その西側には一里崎海水浴場がある。かつては観光地として知られていたが、今はあまり訪れる人もないようだ。「一里崎」バス停もまた「よかバス」の路線には存在しない。このバス停標識も金属製である。
(撮影:2008年夏)
下千野入口バス停標識 下千野入口バス停標識
一里崎の砂浜の北方、海岸から林で隔てられて家々の集まった集落がある。下千野の集落だ。ちなみに“中千野”は下千野の北方、“上千野”はさらにその北方だ。その下千野の集落の端に設けられていたのが「下千野入口」バス停だ。「下千野入口」の名のバス停も「よかバス」の路線には存在しない。上の写真は道路北側に立つ標識を東側から、下の写真は同じものを西側から撮影したものだ。県道が集落の中を真っ直ぐに延びているのが写真からもよくわかる。古い家の軒が低く造られているのは台風の強風から家を護るためだ。
(撮影:2008年夏)
港口バス停標識 港口バス停標識
下千野の集落を西へ抜け出て少し行くと、本城川の河口部に小さな漁港を抱えた集落がある。この漁港の入口には「港」という名のバス停があり、集落を西へ抜け出たところに「港口」というバス停があった。バス停の名を見れば、意味は一目瞭然だ。写真は道路の南側に立つ「港口」のバス停標識を撮影したものだ。上の写真は東側から、下の写真は西側から撮影した。残念ながら「港」バス停の写真は残っていない。それにしても「港」にしても「港口」にしても、何と単純な名のバス停だろうか。「よかバス」の路線には「港」バス停はあるが、「港口」バス停は存在しない
(撮影:2008年夏)
城泉坊バス停標識 城泉坊バス停標識
「港口」バス停から西へ、県道454号は入り江のように深く入り込んだ本城川河口部北側の水田地帯の中を抜けてゆく。1kmほど行くと、ようやく本城川に橋が架かっている。その橋の袂に「城泉坊」という名のバス停があった。「城泉坊」とはこの辺りの地名のようだ。何とも趣のある地名だが、由来はよくわからない。「坊」は寺のあるところに多い地名だから、あくまで推測だが、かつて「城泉寺」という寺があったのかもしれない。「城泉坊」の名のバス停も「よかバス」の路線には存在しない。この付近は本城川の広い河口部とその周囲に広がる水田地帯とが長閑で美しい風景を織りなすところだ。ここから本城川を遡るように西へ向かうと、かつての本城村の中心地だ。
(撮影:2008年夏)
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