日南海岸散歩
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日南海岸追想〜失われた風景を偲ぶ日南海岸追想〜失われた風景を偲ぶ
懐旧の手書きバス停標識
宮崎県内を走る宮崎交通のバスは白地にブルーのラインを入れた爽やかなカラーリングで、“宮交カラー”などと呼ばれて親しまれている。バス停標識も基本はこれに倣ったものらしく、赤と白と青に塗り分けられている。円形のバス停標識の中央部に白地でバス停名が記され、上部は赤地に白抜きで「バス」と書かれ、下部には青地に白抜きで「宮崎交通」の名が書かれている。

このバス停標識、新しいものは金属製で、書かれている文字も規格化されたゴシック体だが、昔のものは材質は木の板(飫肥杉を使っていたらしい)で、中央部の地名は手書きだった。考えてみればバス停標識というものは、道路の両脇に一本ずつ立ち、その一本の裏表に標識が取り付けられるから、同じ地名の標識は四枚あればいいわけだ。それがバス停の数だけ必要になる。“多品種少量”の最たるものかもしれない。昔はバス停名の部分を一枚一枚手作業で書いた方が、技術的にもコスト的にも早くて簡単で安上がりだったのだろう。

雨ざらしで立ち続けるバス停標識は、特に昔のものは木製だったから時の経過と共に老朽化し、必要に応じて取り替えなくてはならない。いつ頃からだろうか、記憶では21世紀を迎えた頃だった気がするが、その頃から取り替えられた新品のバス停標識が前述のような金属製のゴシック体表記のものになった。それが何とも味気なく思え、昔の手書きのバス停標識の方が“風情”があったと思うのは、ただの懐旧の情かもしれない。

2008年夏、昔ながらの手書きのバス停標識が姿を消してしまう前に写真に残しておきたいと、ふと思い立った。しかし、すでに少しばかり思い立つのが遅かったようだ。国道220号線や日南市街中心部を走る主要路線はすべて新しいものになってしまっており、かつて何気なく撮影した何枚かの写真が残っているだけだった。日南市の周辺部や串間市にはまだ昔のままの手書きバス停標識が残っていたから、残っているものだけでも写真に収めようと、急き立てられるようにして各地を巡ったのだが、期せずしてそれが最後のチャンスだったようだ。2008年10月から日南市の一部と串間市でコミュニティバスが運行を開始、それに伴って残っていた宮崎交通時代のバス停標識はすべてコミュニティバス用のバス停標識に取り替えられてしまった。日南市内の宮崎交通の路線が残る地域のバス停標識も新型の標識に取り替えられてしまい、もはや昔ながらの手書きバス停標識を見ることは(少なくとも日南市と串間市では)できなくなってしまった。

以前から偶然撮りためておいたバス停標識の写真と2008年夏に撮り集めたバス停標識の写真とを整理し、短いコメントを添えてウェブページ化したものが、この「懐旧の手書きバス停標識」のコンテンツである。
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