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横浜市港北区小机町の町名となっている「小机」という地名はかなり古いもののようで、1200年代にはすでに「武蔵国小机郷」の名で呼ばれていたことが鎌倉幕府が編纂した史書に見ることができるのだという。北側に鶴見川が流れる小机は近世まで広大な水田地帯であったようだ。明治41年に現在の横浜線の前身である「横浜鉄道」が開通した時にすでに「小机」がその駅のひとつであったことからも、「小机」が要衝の地であったことを窺い知ることができる。小机城址をはじめとして、雲松院や泉谷寺など、歴史の跡も残る小机の町を歩いてみた。 |
![]() ![]() その横浜上麻生道路の両脇にアーケードの商店街が並んでいる。古くから栄えていた土地らしく、個人商店が軒を並べる姿は整然とした新興の街のショッピングモールとは明らかに感触が異なっている。今ではどこの街角にも溢れるコンビニエンスストアも、ここでは意外に少ない。 |
![]() ![]() ひととおり雲松院を見学した跡、再び横浜上麻生道路に戻り、西に向かう。道脇の太子堂などに立ち寄りつつさらに進み、「小机辻」の交差点から小机城址を目指して右に折れる。金剛寺の横を通り、城山踏切で横浜線を越えると、すぐに小さな十字路があり、よく見ると隅の方に「小机城址市民の森」を示す標識が立っている。「小机城址市民の森」はかつての小机城の遺構の残る雑木林の丘を「市民の森」として住民の憩いの場として整備したものだ。鬱蒼とした雑木林や竹林は魅力的なものだが、少々第三京浜の車の音が気になった。散策路に沿ってしばらく「小机城址市民の森」の中を歩いた後、また横浜上麻生道路に戻って西に向かう。 第三京浜をくぐった先の交差点はその名も「泉谷寺」交差点だ。これを左に折れると緩やかな登りの坂道だが、これは「泉谷寺坂」という。「泉谷寺坂」をしばらく歩くと、やがて右手に泉谷寺への桜並木の参道が現れる。泉谷寺は1500年代に創建された名刹だ。住宅街のすぐ近くでありながら境内は緑に包まれてとても静かな印象だ。横浜市の古木名木に指定された樹木がいくつかあって、その中のひとつのサルスベリが花を咲かせていた。他にもイチョウの大木や山門の周囲のモミジやアジサイ、参道の桜並木など、それらの季節には魅力的な景観が楽しめそうだ。 |
![]() ![]() 一応は地図を携えて歩いているのだが、こんな時のルート選びは勘だよりだ。すぐに土井之谷橋という橋で第三京浜を越えた。この時の勘は大正解、このあたりは尾根の上に当たるらしく、四方に眺望が開けていて、なかなか素晴らしい眺めだった。昔は雑木林の山だったのだろうか。今では狭い道路の両脇に畑が広がる中、住宅も並んでいる。道なりに進んで行くと、やがて細い十字路があって、交差する道路は尾根の上から一気に下っている。ここでも勘頼り、地図を確かめつつ左に折れる。これでおそらく小机辻のあたりに戻れるはずだ。 |
![]() ![]() 本法寺を出てしばらく歩くと何となく周囲が賑やかになってきた。と思ったら目の前に横浜上麻生道路が見えている。今回の散策もそろそろ終わりにしてもよい時刻だった。 |
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小机は歴史の古い町で、雲松院や泉谷寺などの寺社や小机城址などの旧跡を巡るだけでもかなりの時間を費やしてしまう。夏であれば鶴見川河畔の散策も楽しいだろう。泉谷寺をはじめとして季節毎の表情を見せてくれる場所が多く、四季折々に訪ねてみてもその度に楽しめるだろう。 |

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