神奈川県藤沢市の中央部を貫くように引地川という川が流れている。大和市の「泉の森」を源流とし、鵠沼海岸で相模湾に注ぐ河川だ。藤沢市のほぼ中央部、その引地川の河畔に引地川親水公園という公園が設けられている。
公園は引地川の流れをそのまま公園の構成要素として活かして造られた親水公園で、引地川に架かる天神橋の辺りを中心に、河岸に広場などを巧みに配置した構成だ。当然のことながら引地川に沿って南北に長く、天神橋から上流側へ800mほど、下流側へ500mほどの範囲で延びている。細長い形状であるために実感しにくいが、10ha近い面積はなかなか広い公園と言っていい。
引地川親水公園は、その名が公園の性格を如実に物語っている。引地川の流れをうまく活かした親水空間が創出されており、“川に親しみ、川で遊ぶ”という楽しみ方を堪能できる公園と言っていい。もちろん引地川そのものは公園ではないが、引地川あってこその引地川親水公園だろう。周辺には田園風景が広がり、県道43号からも離れているために、ほとんど喧噪感が感じられないのもいい。河岸から少し離れれば丘陵地だが、適度な距離感があって河岸特有の開放感があるのも嬉しい。
初夏から夏にかけての暑い季節には川遊びの子どもたちで賑わう公園だが、端正に整備された河岸の広場も魅力的だ。公園内には自然林はないが、広場には適度に木々が植栽され、河岸に沿った細長い立地を活かして桜並木も設けられている。公園周辺には木々の茂った樹林地も多く、東を向けば県道43号の西側に横たわる大庭城趾の丘などが視界に収まる。そうした周辺の風景を“借景”にして、河岸に設けられた親水公園でありながら自然豊かな緑濃い公園という印象がある。
天神橋の上流右岸部は公園のメインエントランス的位置付けなのだろう。公園名を大きく記した石標が置かれ、駐車場も設置されている。駐車場の横は広場で、設置された複合遊具が小さな子どもたちの人気を集めている。その北側には草はらの広場が広がり、子どもが小さいうちはこの一角だけで充分に楽しめてしまうのではないだろうか。
そのまま北へ辿って行けば引地川の左岸に沿って草はらの広場が延々と続く。随所にテーブル付きのベンチが設置されているのも嬉しい。河岸に近いところには舗装された園路が緩やかな曲線を描きながら延びている。園路は桜並木で、「大庭桜並木」の名を記した石標が設置されている。藤沢東ロータリークラブの創立25周年記念として2001年(平成13年)に植樹されたものらしい。春には美しい景観を見せてくれる。
河岸の広場はところによって少し狭くなったり広くなったりしながら北へ続き、やがて大庭鷹匠橋で北端に至る。天神橋から大庭鷹匠橋まで、800mほど、周囲の景観を楽しみつつ、のんびりと散策を楽しむのがお勧めだ。
天神橋の袂、引地川の左岸上流部には「湿性植物園」と名付けられた一角がある。種々の水生植物が繁茂した湿地で、その上を木道が縦横に延びている。木道を辿れば湿地の植物や昆虫などを間近に観察することができる。散策を楽しむ人の姿もあるが、ザリガニ釣りに熱中する子どもたちの姿を見ることも少なくない。
左岸側にも右岸側と同様、河岸に沿って舗装された園路が北へ延び、美しく整備された印象は変わらない。園路はこちらも桜並木だ。左岸側は右岸側に比べれば少し幅が狭く、“緑道”というべき様相だ。園路脇の緑地帯には藤棚を兼ねた長いパーゴラも設けられており、春には美しい藤の花を見ることができる。北へ辿るにつれて公園の東側には長閑な田園風景が広がる。木々の茂った里山の風景を楽しみながら歩いて行けば、やがて公園北端部、大庭鷹匠橋だ。
天神橋と大庭鷹匠橋との間の、その中央部辺り、引地川の河岸はなだらかな草地の斜面になって川面に降りている。「親水護岸」の名があるように、公園の園路と川の水辺との間を隔てるものがなく、川の流れを身近に感じて親しむことができるように工夫されているのだ。そうした意味では、この「親水護岸」こそが引地川親水公園を“引地川親水公園”たらしめていると言っても過言ではない。この親水護岸がなければ、引地川親水公園は“引地川河岸公園”とでも言うべき公園だっただろう。
今回訪れたのは五月の半ば、もうすっかり汗ばむ陽気で、川に入って遊ぶ子どもたちの姿も多かった。川遊びは楽しいものだ。公園内に人工的に造られた水遊び用の施設では決して体験できない、自然の川ならではの楽しさがある。もちろん自然の川には思わぬ危険も潜んでいる。浅く穏やかな流れだからと油断せず、大人が注意深く見守ってやる必要があるのは言うまでもない。
天神橋の下流側左岸部は近くまで迫った丘陵地との間に広場が設けられ、引地川親水公園の「公園」としてのメインの役割を果たす一角を成している。広場脇にはさまざまな遊具が設置されており、四阿やベンチも随所に設置され、のんびりと公園での休日を楽しむ家族連れで賑わっている。木陰が少ないのが難点だが、簡易型のテントを持ち込んでいる家族連れの姿も少なくないようだ。
広場から南側へと進むと河岸の緑地はいったん狭くなるが、さらに進めば再び少し広くなり、そこにこんもりと小高い丘が造られている。丘の上から引地川の対岸に目を向ければ大庭城趾の丘が見えている。爽快な眺望だ。
丘の南側には湿性植物園が設けられており、湿地の中を木道が辿っている。天神橋北東側の湿性植物園より広々して長閑な印象だ。この湿性植物園が引地川左岸部の公園南端で、天神橋から遠いからか、訪れる人も少ないようだ。喧噪から離れた静かさが魅力の一角だ。
天神橋の下流側右岸、引地川と県道43号との間には大庭遊水地が設けられている。西側は県道43号、北側は県道43号と天神橋を繋ぐ道路、東側は引地川、南側は小糸川、それらに四方を囲まれた区画が大庭遊水地で、面積は11.5ha、最大貯水量は26.5万立方メートルほどだそうだ。遊水地は河川の氾濫を防ぐ目的で、大雨の際に河川の水を一時的に貯水するために設けられるものだ。
引地川の右岸堤防は大庭遊水地に面した区間で少し低くなった部分があり、そこから水位の増した河川の水が流入する。越流堤と呼ばれるもので、天神橋上や引地川左岸の公園内から越流堤の様子がよく見える。興味のある人はよく見ておくといい。
大庭遊水地は平常時は市民の憩いの場として使われる前提で造られており、東側(引地川に面する部分)は「自然ふれあい体験ゾーン」として湿地が残され、西側(県道43号に面する部分)には「多目的レクリエーションゾーン」、「多目的スポーツゾーン」として広場が設けられている。大庭遊水地そのものは神奈川県藤沢土木事務所の管轄だと思うが、平常時は引地川親水公園と同一の管理下にあるようで、一般的にも“引地川親水公園の一部”という認識だろう。
「多目的レクリエーションゾーン」と「多目的スポーツゾーン」は開放感溢れる広場だ。本来が遊水地なので広場内には基本的に公園設備は設けられていない。「多目的レクリエーションゾーン」は草はらの広場で、ところどころに樹木が立っているだけの広々とした空間を成している。「多目的スポーツゾーン」は要するに“運動場”、あるいは“球技場”であり、サッカーなどでの使用を前提としたもののようだ。
「自然ふれあい体験ゾーン」は広大な湿地だ。自然保全も目的のひとつであり、湿地内にはヨシなどの水生植物が鬱蒼と茂っている。湿地の北側部分には木道が設置され、湿地の中を散策することもできる。木道ではザリガニ釣りを楽しむ親子連れの姿を見ることもある。
天神橋の下流側の欄干を、ユーモラスなカエルの像が飾っている。鳥獣人物戯画に登場するカエルを思わせるような、相撲をとるカエルの像だ。
がっぷりと組み合う二匹のカエルの像や、勝負が決まりかけた瞬間を象った像など、なかなか造形が凝っている。軍配を手にしたカエルは行司役か。扇子を手に大口を開けたカエルは勝ち誇っているのだろうか。尻もちをつき頭を抱えるカエルは相撲に負けて悔しがっているのだろう。
像は全部で11体、カエルたちは皆表情豊かで、見ていくと相撲に熱中するカエルたちの声が聞こえてきそうで楽しい。このカエルたちの像は引地川親水公園の“名物”のひとつとしてよく知られたもののようで、これを目当てに訪れる人もあるらしい。引地川親水公園を訪れたときには、ぜひこのカエルたちも見ておこう。
天神橋の上流側から東を向けば、林の向こうに東京ガス湘南導管ネットワークセンターのガスタンクが見え隠れする。見る場所によっては、崖地を活用して建てられた家々の真後ろに、巨大なガスタンクの姿がある。その風景が何ともシュールだ。このような巨大な構造物が放つ独特の存在感は、日常的な風景を“近未来的”、あるいは“超現実的”なものへ一変させる。そうした“風景”も嫌いではない。
引地川親水公園の北端近く、大庭鷹匠橋の南西側の河岸には東京電力の藤沢変電所がある。当然のことながら変電所の周辺には送電線の鉄塔が建ち並び、各方向へと送電線が延びている。引地川に沿って南へ延びる送電線もあり、引地川親水公園の中にもいくつかの鉄塔が建っている。これらの鉄塔が建つ風景が、何とも独特の興趣を醸し出している。
こうした鉄塔の建つ風景にマニアックな魅力を感じるファンもいるが、そうした人たちの気持ちもわからないではない。特に緑濃い丘の上に建つ鉄塔や、長閑な田園風景の中に建つ鉄塔などは、周囲の風景と巨大な人工物との対比に面白味を感じる。
そうした風景に魅力を感じる人なら、藤沢変電所周辺はお勧めのところだろう。特に変電所内に並んで建つ二基の鉄塔と、それと対を成すように引地川対岸に建つ二基の鉄塔の姿がいい。大庭鷹匠橋から眺めると、引地川河岸を南へ延びてゆく鉄塔群や東へ丘を越えて延びる送電線なども視界に収まり、引地川や周辺の樹林とともに興趣に富んだ“鉄塔の建つ風景”を織り成している。お勧めの“鉄塔風景”である。
引地川親水公園は川遊びのできる季節に子どもたちを連れて家族で訪れるのが最もお薦めの公園だが、長閑な田園風景の中に工夫を凝らして造られた公園の魅力は季節を選ばない。子どもたちの遊び場としても楽しく、お弁当を持ってピクニック感覚で訪れるにもよく、美しい景観を楽しみながら引地川の河岸を散策するのも素敵なひとときだ。
園内には前述のように桜並木があり、長い藤棚も設けられ、ツツジやアジサイを植え込んだ一角もあり、花々を楽しめる公園としての魅力も十分だ。四季折々の表情を求めて訪ねても飽きることがない。家族連れで訪れても、友人たちとのグループや、あるいは一人で訪れても、さまざまな楽しみ方に応えてくれる、素敵な公園だ。