鹿児島県曽於市の北端に「溝ノ口洞穴」と呼ばれる洞穴がある。火砕流堆積物の地層に湧き水の浸食によって生じた洞穴で、鹿児島県指定天然記念物である。厚さの盛りの八月半ば、溝ノ口洞穴を訪ねた。
溝ノ口洞穴
鹿児島県曽於市の北端辺り、宮崎県都城市との境も近い山間に、「溝ノ口洞穴」と呼ばれる洞穴がある。山の斜面にぽっかりと口を開けた洞穴は何やら幽玄の雰囲気を纏って神秘的な空気を漂わせている。1955年(昭和30年)に鹿児島県指定天然記念物に指定された洞穴である。
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
曽於市は錦江湾最奥部の東側に位置している。この錦江湾最奥部、桜島以北の部分は「姶良(あいら)カルデラ」と呼ばれる巨大なカルデラだ。そのカルデラに海水が流れ込み、湾の一部となった。「海域カルデラ」と呼ばれる、世界的にも珍しいカルデラである。

この「姶良カルデラ」が、約2万5千年前に大噴火を起こした。噴火によって多量の火山灰や軽石が周辺に降り注ぎ、大規模な火砕流がカルデラの周囲を覆い尽くした。その範囲は現在の錦江湾岸のみならず、宮崎県南部の地域から高知県にまで及び、中には九州山地を越えたものもあるという(この火砕流は一般に「入戸火砕流」の名で呼ばれる)。この「入戸火砕流」による火砕流堆積物による地層と、降り積もった軽石(大隅地方に降った軽石を一般に「大隅降下軽石」と呼ぶ)が堆積した降下軽石層が、「姶良カルデラ」、すなわち錦江湾北部の周辺広がっている。
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
この大隅降下軽石層と入戸火砕流堆積物による地層は、この地方で「シラス」と呼ばれている。シラスは脆く崩れやすいが、水をよく通し、すなわち水捌けが良いため、サツマイモの栽培などに適している。これらの軽石層や火砕流堆積物の中には自らの温度と圧力によって溶結し、岩石化するものがある。これが溶結凝灰岩である。

溝ノ口洞穴は、こうしたシラスの地層の溶結凝灰岩の層の中に形成されている。溶結凝灰岩の層の中で、長い年月をかけて地中の湧き水がシラスを浸食して運び出し、こうした洞穴を形作ったのだ。水の浸食によって形成された洞穴という点では、いわゆる「鍾乳洞」と同じだが、鍾乳洞は石灰岩の層に形成されるものであり、地層の点で溝ノ口洞穴は全く異なるものだ。
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴は幅13.8m、高さ8.6mの口をぽっかりと開けている。内部の最も広いところでは約40mの幅があるらしい。奥行きは不明で、1966年(昭和41年)に関西大学の探検隊が調査したところ、入口から224mの地点までは確認されているという。地元には洞穴に犬を入れたら高千穂の峰に出てきたという伝説もあるそうだが、あくまで伝説である。洞穴は(当然のことだが)有史以前からすでに存在していたようで、洞穴内には縄文期の人々が暮らしを営んでいた痕跡も見つかっているという。

木々の茂る山中の崖にぽっかりと口を開けた洞穴に、古代の人々は神の存在を感じのだろう。洞穴へ至る道には鳥居が建ち、洞穴入口には観音様が祀られている。今では神秘的なパワースポットして紹介されることも多くなり、観光に訪れる人も少なくない。
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴は有名な鍾乳洞のように“観光名所”として整備されているわけではない。洞穴内は照明も無く真っ暗だ。訪れたとき、案内と管理を兼ねてか、洞穴入口には地元の方々が数人常駐し、訪れた観光客は懐中電灯の貸してもらうことができる。が、真っ暗な洞穴内は懐中電灯の灯りだけでは何とも心許ない印象だった。奥に進むにつれて周囲の闇は濃くなり、懐中電灯で足元を照らしてもその先がまったく見えない。訪れた観光客のほとんどが早々に“洞穴探検”を切り上げて戻ってこられているようだった。

真夏の八月、最高気温が30度を超える日に訪れたのだが、洞穴内はひんやりとしている。聞けば洞穴内の温度は約26度、湿度は90%を超えるそうである。洞穴内部の空気が肌にまとわりつくような感覚があるのは、その高い湿度のせいなのだ。

洞穴内には小さなせせらぎが流れている。洞穴を形作った流れの名残だろうか。このせせらぎは150mほど奥へ入った地点で湧き出しているという。せせらぎの中には鯉の泳ぐ姿があるが、この鯉は誰かが放流したものだろうという。
溝ノ口洞穴
洞穴内から入口側を振り返ると、入口の向こうに鳥居が見える。その光景が何とも神秘的だ。目を凝らしてみると、入口辺りで空気が層を成していることがわかる。洞穴内の湿気を含んで冷えた空気と外の暑い空気とが層を成すのだろう。人が訪れると空気が混ざり合うが、しばらく時間が経つとまた層に分かれる。その光景もなかなか神秘的な印象だ。
溝ノ口洞穴
溝ノ口洞穴
この溝ノ口洞穴、昔はほとんど知られておらず、知る人ぞ知る神秘スポットだったが、2015年(平成27年)7月にアイドルグループの「「ももいろクローバーZ」がライヴの際に使用する映像の撮影に訪れたそうで、それ以来、観光客が増えたという。とは言っても、有名な観光地と比べれば訪れる人も少なく、辺りは緑の木々に包まれて静寂そのものだ。

人の営みを遙かに超えた時の流れが造り上げた溝ノ口洞穴、一度は訪ねてみる価値がある。自然の驚異の中に漂う神秘性が、訪れる人に強い印象を残すことは間違いない。お勧めスポットである。
参考情報
交通
溝ノ口洞穴は曽於市の北端近くに位置し、JR日豊本線財部駅から10km近い距離がある。訪れるときは車を使う方がいい。溝ノ口洞穴の前に駐車場が用意されており、10台分ほどの駐車スペースがある。

ただし、「溝ノ口洞穴」を目的地にナビ設定するとうまくいかないことが少なくない。ナビ設定の(ナビを使用しない場合にも)目的地は曽於市の「中谷簡易郵便局」を指定するといい。「中谷簡易郵便局」脇の三差路から西へ入り込んでゆくと、「溝ノ口洞穴」を指し示す案内板が現れるから、それに従って行けばいい。都会暮らしの人には「この道を入ってゆくのか」と思えるような道を辿ることになるが、臆せず入っていこう。もちろん道は狭いのでくれぐれも慎重な運転が必要だ。

飲食
溝ノ口洞穴の周辺は山々と田園地帯の広がる長閑なところで、近くに飲食店はない。飲食可能な店で最も近いのは宮崎県都城市の「関之尾滝」の土産物店かもしれない。ゆっくりと本格的な食事を楽しみたいなら、都城市の市街地まで足を延ばすのが賢明だろう。

周辺
溝ノ口洞穴から南東の方角へ約4kmで「関之尾滝」、西へ溝ノ口川を遡れば3.5kmほどで「三連轟の滝」、「三連轟の滝」からさらに2kmほど溝ノ口川の上流側へと辿れば「桐原の滝」だ。「桐原の滝」の上流部には「清流の森大川原峡キャンプ場」が設けられている。脇を流れる溝ノ口川で川遊びも可能だ。併せて訪ねてみるのがお勧めだ。
鹿児島散歩