長野県安曇野市は「湧水の郷」と謳われる。北アルプスの雪解け水が伏流水となって安曇野に湧き出し、特産品のわさびを育む。これらは「安曇野わさび田湧水群」として「名水百選」にも選定されている。晴天に恵まれた九月初旬、「安曇野わさび田湧水群」の象徴的存在である「憩いの池」を訪ねた。
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野は「湧水の郷」である。北アルプスの雪解け水は伏流水となって湧き出し、その豊富な湧水が安曇野に恵みをもたらす。安曇野の湧水は日に70万トンの湧出量があり、水温は年平均13度ほど、真夏でも15度を超えることはないそうだ。大正期以降、その冷たく清らかで豊富な湧水を利用してわさびの栽培が盛んになり、現在ではわさび田の総面積は70haほどにも及ぶという。長野県はわさび生産量日本一(「政府統計 平成24年特用林産基礎資料 [品目別資料]わさびの生産量・面積」に拠る)を誇るが、その90%以上が安曇野産だそうだ。わさびの栽培の他、水道水やニジマスの養殖にも湧水は用いられ、さらには精密機械工業の分野にも用途が広がる。まさに「湧水の郷」である。

この安曇野の湧水は「安曇野わさび田湧水群」として1985年(昭和60年)に環境省が選定した「名水百選」に名を連ねた、文字通りの「名水」だ。「湧水群」とされていることからもわかるように、安曇野の湧水は特定の一ヶ所から湧き出ているものではなく、複数の場所に湧出し、それぞれにわさびを育て、人々の喉を潤している。観光地としても有名な「大王わさび農場」の湧水も「安曇野わさび田湧水群」を構成する湧水のひとつだ。

その「安曇野わさび田湧水群」の象徴的存在が、大糸線柏矢駅の東方1kmほどのところ(安曇野市豊科南穂高の北西部)に位置する「憩いの池」である。「憩いの池」は昭和58年(1983年)度に整備が完了したものだそうだ。湧水を集めた池を中心に、岸辺に散策路を巡らせ、四阿なども配して公園としての佇まいが与えられており、「安曇野わさび田湧水群公園」の名で紹介されることもあるようだ。
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
「憩いの池」は万水川(よろずいがわ)の辺、南北に長く設けられている。敷地のほとんどを湧水を集めた池が占め、池の西側の岸辺、すなわち万水川側に散策路が延びる。池の東側の岸辺にも小径があるが、池の中ほどまで行くと橋で西側に渡らなくてはならず、池を周回することはできない。池には大小ふたつの“島”がある。大きい方の“島”は三つの橋で岸辺と繋がれ、小さい方の“島”は大きなものと橋で繋がれている。“島”には四阿が置かれ、その姿が庭園風の表情を見せている。東側の岸辺には樹木が並ぶが、西側の岸辺には橋の袂に柳があるだけだ。その柳の樹形が良い風情だ。南端部には「名水百選 安曇野わさび田湧水群 安曇野市」と記した標柱が立てられており、「安曇野わさび田湧水群」の象徴としての姿を担っている。
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
「憩いの池」はそれほど規模の大きなものではないが、端正に整備が施され、岸辺の小径を辿って散策を楽しむのは素敵なひとときだ。池や岸辺の樹木、四阿、池に架けられた橋などが織り成す表情はなかなか美しく、景観そのものも充分に楽しめるものだ。そして何と言っても池の美しさだ。池の水は南から北へと絶えず流れ続けており(その意味では“池”というより、広く造られた流れの一部と言うべきか)、常に美しく澄んでいる。覗き込めば流れに揺れる水草の様子がよく見える。水面に青空と雲とを映す景観も美しい。その様子に安曇野の湧水の清らかさと豊富さを実感する。まさに「安曇野わさび田湧水群」の象徴と言っていい。
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
安曇野わさび田湧水群「憩いの池」
この「憩いの池」は“観光名所”としてはあまり人気がないのか、今回訪れたとき、平日だったこともあってか、まったく観光客の姿はなかった。行楽シーズンの休日であれば、少しは訪れる人もあるのかもしれない。そのため、観光地的喧噪を嫌う人にはお勧めの場所と言えるかもしれない。周囲は長閑な田園地帯、喧噪から離れた静けさの中、清らかな湧水の流れる池の岸辺で過ごすひとときは贅沢な時間である。
安曇野の里
「憩いの池」北側の県道310号を東へ400mほど行くと、県道の北側に「安曇野の里」という施設がある。公営宿泊施設「ビレッジ安曇野」や地元特産品の販売所「プラザ安曇野」の他、田淵行男記念館、あづみ野ガラス工房などから成る複合施設で、敷地内を中曽根川が流れ、その岸辺に広場も置かれている。
安曇野の里
安曇野の里
「湧水の郷」の施設らしく、「プラザ安曇野」の前には湧水の湧出口も設けられている。漏斗も備えられていたから、湧水を汲んで持ち帰ってもよいのだろう。喫茶コーナーでは湧水で淹れたコーヒーを味わうこともできるそうだ。

「プラザ安曇野」の建物の裏手には広場が設けられており、備えられた四阿やベンチでのんびりと一休みするのも楽しい。広場の横には中曽根川が流れ、川向こうにはわさび田が広がっている。岸辺の小径を辿って散策を楽しむのもお勧めだ。

今回訪れたとき、平日だったこともあってか、「安曇野の里」にほとんど観光客の姿はなかった。夏の終わりの昼下がり、静かな「安曇野の里」でのひとときは、時間の流れまでゆったりとしているようだった。
安曇野の里
参考情報
交通
「憩いの池」も「安曇野の里」も県道310号沿いに位置し、300〜400mほどしか離れていない。最寄り駅はJR大糸線柏矢町駅で、駅から「安曇野の里」まで1.5kmほど、徒歩で20〜30分といったところか。駅から東へ向かい「柏矢町」交差点で国道147号を横切り、さらにまっすぐに東へ辿ればいい。万水川を万水橋で渡って河岸の道を南へ入り込んだところに「憩いの池」がある。万水橋からさらに300mほど東へ辿れば「安曇野の里」だ。

車で訪れる場合も県道310号と国道147号との「柏矢町」交差点から東へ向かうのがわかりやすいだろう。長野自動車道から直接向かう場合は、安曇野ICを下りて直進、そのまま県道310号を北上、道なりに進み、「重柳」交差点を過ぎて400mほどで「安曇野の里」だ。

「憩いの池」にも駐車場が用意されているが、駐車スペースは3台分ほどと少ない。「安曇野の里」の駐車場は比較的余裕があるので、「憩いの池」の駐車場が空いていないときは「安曇野の里」の駐車場に車を駐め、「憩いの池」まで歩いてゆけばいい。

飲食
「憩いの池」には園内にも周辺にも飲食店はないが、「安曇野の里」には「プラザ安曇野」内に蕎麦店や軽食の可能な喫茶室がある。その他、周辺の道路沿いに蕎麦店などが点在しているので、車で来訪した場合は移動して探してみてもいい。

陽気の良い季節であれば、どこかでお弁当やサンドイッチなどを購入しておいて、「憩いの池」に設けられたベンチや四阿などでランチタイムを楽しむのもお勧めだ。

周辺
「憩いの池」や「安曇野の里」のある辺りから北へ、豊富な湧水を利用したわさび田が数多く設けられている。「安曇野わさび田湧水群」の本来の姿だ。万水川沿いの道を辿って、その風景を見てみるのも悪くない。

万水川沿いに2kmほど北へ辿れば有名な大王わさび農場が近い。大王わさび農場は安曇野観光の際にはぜひ訪れておきたい場所のひとつだ。大王わさび農場から西の穂高駅周辺にかけて田園地帯が広がっている。「道祖神巡り」などを楽しみながら散策の足を延ばしてみるのもお勧めだ。穂高駅近くには穂高神社や碌山美術館があり、これらも安曇野観光の定番だ。安曇野の平地を流れる「拾ケ堰」と呼ばれる用水も、疏水に興味のある人なら見ておきたい。
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