佳景探訪
白馬岩岳せせらぎの里
長野県白馬村、白馬岩岳はよく知られたスキー場だ。冬には多くのスキー客を集めて賑わうが、雪のない季節はひっそりと静かな佇まいだ。旅館などの建ち並ぶ集落には小川が流れ、「せせらぎの里」と謳われている。白馬に秋の気配が漂い始めた九月の初め、岩岳の「せせらぎの里」を訪ねた。



白馬岩岳せせらぎの里

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白馬岩岳せせらぎの里
白馬村北部、松川左岸の岩岳地区は「白馬岩岳スキー場」としてよく知られたところだ。冬になれば多くのスキー客を集めて賑わうが、雪の季節が終われば麓の旅館街もひっそりと静かな佇まいを見せる。夏には雪のないスキー場を利用して「白馬岩岳ユリ園」が開園し、7月から8月に花期を迎えて来園者も多いようだが、それも過ぎれば旅館の建ち並ぶ集落にもほとんど観光客の姿はなく、部活の合宿などで利用する学生のグループの姿がちらほらと見られる程度のようだ。観光地としての喧噪が去った初秋の岩岳地区は、しかし閑寂な佇まいの中で美しい田園風景を愉しむには絶好の季節かもしれない。

岩岳スキー場の麓、東側に広がる集落を「岩岳新田」と呼ぶらしい。その中心部に当たるのが旅館などが集まる一角で、まっすぐに延びる道路沿いに旅館や飲食店などが建ち並び、道路脇には小川が流れている。そのことから、この集落は「せせらぎの里」と謳われている。

「せせらぎの里」を流れる小川は自然の川ではなく、人工的に引水した流れ、すなわち疏水だという。楠川の辺の湧水を引いた「北せぎ」と松川の流れを引いた「南せぎ」を水源にしているのだそうだ。この辺りが塩田新田村として開墾が始まったのは1651年(慶安4年)、以来三百数十年、この流れが田を潤し、人々の暮らしを支えてきた。人工的な川であるからか、この流れには特に名は無く、人々はそれぞれに「前の川」、「裏の川」、あるいは「横の川」などと呼び慣わしているという。

旅館などが建ち並ぶ集落の中心部を真っ直ぐに道路が抜け、その道路脇、南側に小川が流れている。道路の南側に建つ家々は小川に架けられた小さな橋によって道路と繋がれている。それらの橋はどれも同じ意匠のようだから、統一した形に整備したものなのだろう。橋の欄干部には花々を植えたプランターなども置かれている。小川の脇には紫陽花が多く植栽されており、九月の初めだというのに色褪せながらも残っている花が少なくなかった。小川には澄んだ水が流れている。“清流”と言っていい。ところどころの段差では小さな“滝”が現れ、石組みの岸辺にはさまざまな水辺の植物が茂り、涼やかな風景を見せてくれる。身をかがめて水の流れを覗き込んだり、小さな橋が連なる光景を眺めたり、小川に沿った散策は楽しく飽きない。小川の岸辺には桜が大きく枝を張り、春の風景も見事なのだという。

道路と小川の間には縁石もガードレールも設けられていない。決して広くはない道路は、車同士の離合の際にはかなり気を遣う。生活の利便性や交通の安全のためとして、ガードレールを設けたり、小川に蓋をしたり、あるいは小川全体を暗渠にする考え方もあっただろうと思うが、それをせず、昔ながらの美しい風景が保たれているのは地元の人々の並々ならぬ努力があってのことだろう。三百年以上の歴史を持つ“小川と共にある暮らし”というものへの、地元の人々の誇りのようなものを感じずにはいられない。
水車小屋と薬師堂
小川に沿った道を西端部まで辿ると三叉路があり、その脇には水車小屋がある。この水車小屋は1991年(平成3年)に再現されたものという。近年になって再現されたものとは言え、その佇まいは古い時代を彷彿とさせて郷愁を誘うような風情がある。

水車小屋の向かいには薬師堂が建ち、その脇には大黒天の石像や庚申塔などが祀られている。各所に点在していたものを集めたものだろうか。小川の上流部から集落を見守るように立つ姿が印象的だ。大黒天は60年に一度建立され、継承されているものという。現在のものは1983年(昭和58年)に建立されたものだそうで、次の建立は2043年(平成55年)らしい。

この水車小屋の付近が「南せぎ」と「北せぎ」の合流点で、ここから集落の中へ小川が導かれている。「せぎ」とは「堰」と書くが、要するに人工的な用水路のことだ。特に安曇野地方では用水路のことを堰(せぎ)と呼ぶが、この地方でも同様なのだろう。水車小屋の建つ三叉路から南側への道を辿れば、道脇には「南せぎ」の流れが沿っている。「南せぎ」も自然石を組んで整備されており、昔ながらの興趣に富んだ表情を見せる。こちらも道路との境に縁石もガードレールも設けられていない。薬師堂の前を流れるのが「北せぎ」で、その流れを遡ってゆけば北側の山裾に開かれた新田へと至っている。

白馬岩岳せせらぎの里

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古民家「庄屋まるはち」
小川の流れる集落中心部の道路の東端に近く、道の北側に一軒の古民家が建っている。白馬村歴史的古民家「庄屋まるはち」と呼ばれるもので、この地方の豪商だった横澤家の屋敷として江戸時代末期に建てられたものという。それまでは居酒屋として使われていたらしいが、2007年(平成19年)から再生事業が進められ、2008年(平成20年)12月から現在の形で運用が始まったものだそうだ。現在も建築当時の建材が数多く残るという建物は堂々とした立派なもので、当時の豪商の豊かな暮らしぶりが想像できる。今回訪れたとき(2013年9月)、残念ながら建物は閉ざされており、内部を見学することはできなかった。

追記 「庄屋まるはち」は2013年(平成25年)3月まで白馬村観光局から業者に貸し出される形で飲食店が営業していたようだが、2013年(平成25年)4月から指定管理者制度による運用が始まり、指定管理者によるカフェとレストランが2013年(平成25年)秋から翌年初めにかけて営業を開始したらしい。2013年(平成25年)9月に訪れたとき、運悪くちょうどその狭間の期間だったようだ。
白馬岩岳せせらぎの里/古民家「庄屋まるはち」

白馬岩岳せせらぎの里/古民家「庄屋まるはち」


白馬岩岳せせらぎの里

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白馬岩岳せせらぎの里
水車小屋の建つ三叉路から「北せぎ」を遡るように北へ辿ると、坂道を登って視界が開け、眼前には長閑な田園風景が広がる。「新田」の名の通り、かつて山を開いて開墾し、耕地を築いたものだろう。

山々に抱かれるようにして、緩やかな斜面を成して耕地が横たわり、水田と蕎麦畑が美しい景観を描いている。九月の初旬、水田の稲穂は黄金に実り、蕎麦畑は白い花を咲かせている。その色彩のコントラストが美しい。その中を貫いて「北せぎ」の流れが集落中心部へと延びている。耕地の背後に見える林の表情、さらにその向こうに連なる山々の稜線、耕地の畦道の描く曲線、その畦道に区切られて広がる水田と蕎麦畑、それらが互いに呼応して、この美しい田園風景を織り成している。その風景は日本人の原風景のひとつと言ってよく、郷愁を誘うような魅力に満ちている。

今回訪れたとき、あいにく天候に恵まれず、空には厚い雲が垂れ込め、散策途中で雨も降り始めた。耕地も山々も白く煙っていたが、それはそれで美しく興趣のあるものだった。秋晴れの空の下、稲穂と蕎麦の花が陽光を浴びて輝く風景も見てみたいが、それはまた次の機会まで“御預け”である。

集落北側の新田だけでなく、集落の周辺には広くこうした田園風景が広がっている。歩いているとさまざまに美しい風景に出逢うことができ、飽きることがない。歩けば歩くほど、もっとじっくりと時間をかけて広く散策し、この田園風景を愉しみたいと思わせてくれる。こうした田園風景の散策が好きな人にはお勧めの「せせらぎの里」である。
参考情報
交通

「せせらぎの里」のある岩岳新田地区へはJR大糸線信濃森上駅が近い。駅から北へ、大糸線の線路と国道148号線を越えて約1km、徒歩で20分ほどか。白馬駅からは2km強、歩くと30分以上かかる。タクシーを利用した方がいい。

車で来訪する場合は国道148号線の「岩岳入口」交差点から県道433号線へ折れて、すぐに西へ折れると「せせらぎの里」の旅館街だ。特に観光客用の駐車場は用意されていないが、公民館などの駐車場を利用できるようだ。

飲食

古民家「庄屋まるはち」で営業するレストランを利用し、古民家での食事を楽しむのがお勧めだろう。他には「せせらぎの里」にも周辺にも飲食店は少ないようだ。白馬村の中心部へ移動した方が選択肢が増えるだろう。

周辺

「せせらぎの里」から南へ2kmほどで白馬村の中心部だ。中心部から2kmほど西へ入り込めば八方温泉、その北西側には「和田野の森」、南には「白馬ジャンプ競技場」などがある。八方温泉から「八方アルペンライン」のゴンドラとリストを乗り継げば標高1830mの八方池山荘まで一気に登れる。余裕があれば八方池までのトレッキングも楽しみたい。

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