日南海岸追想
南郷町役場
南郷町役場
現在の日南市の南部は、かつては南那珂郡南郷町だったところだ。2009年(平成21年)3月、当時の日南市と南那珂郡南郷町、南那珂郡北郷町の1市2町が合併、“新”日南市となった。現在、「南郷町中村」や「南郷町潟上」のように、「南郷町」を冠して住居表示されているところが、かつての南郷町の町域に当たる。

南郷町は、そもそもは1889年(明治22年)、町村制施行に伴って南那珂郡南郷村として発足し、1940年(昭和15年)、町制を施行して南那珂郡南郷町となったものだ。その後、1956年(昭和31年)、南那珂郡榎原村の一部を編入(榎原村の他の区域は日南市に編入された)している。2009年(平成21年)の合併まで、南郷町となってから68年、南郷村が発足してからは実に百年余の歴史を刻んできた。

2009年(平成21年)以前の日南市は、1950年(昭和25年)、吾田町、飫肥町、東郷村、油津町の3町1村が合併して誕生した。1955年(昭和30年)には細田町と鵜戸村を編入、1956年(昭和31年)には榎原村の一部と酒谷村を編入している。日南市の母体となった町村も、南郷町も、そもそもは南那珂郡に属する自治体だった。日南市が誕生して周辺の町村を編入して行く中で、南郷町は南郷町のままに残ったが、自治体の垣根を越えて生活圏は一体のものを共有していたと言っていい。日南市南部の旧細田町の辺りは特にそうで、旧細田町海岸部に位置する大堂津の町は細田川を挟んで南郷町と隣接し、ひとつの大きな生活圏を構成していたと言っても過言ではない。

日南市と南郷町、北郷町の1市2町の合併は、いわゆる「平成の大合併」のひとつだ。合併協議会が設置されたのは2007年(平成19年)9月28日、基本計画の策定や住民への説明会などを経て、合併協定調印式が執り行われたのは2008年(平成20年)3月7日のことだ。調印式の会場となったのは南郷町の南郷ハートフルセンター大ホールである。その後、各市町議会での議決、県議会での議決、県知事の決定などの手続きを経て、2009年(平成21年)3月30日、日南市と南郷町、北郷町が合併、“新”日南市が誕生するのである。

日南市と南郷町、北郷町の1市2町の合併に先だって、これに串間市を加えた2市2町による合併が検討されたことがある。2003年(平成15年)2月、2市2町による「南那珂地域任意合併協議会」が設置されたのだが、間もなく串間市が離脱、「南那珂地域任意合併協議会」も同年中に解散した。当時、串間市がどのような判断からその決断を行ったのか、その詳細は寡聞にして知らない。しかし、かつて日南市民だった立場で言えば、確かに現日南市の生活圏・文化圏と串間市の生活圏・文化圏には明らかな隔たりがある。串間市を含めた合併が簡単でないのは容易に推測できるのだ。

日南市と南郷町、北郷町とが合併して誕生する新しい市について、その名称もさまざまに検討されたようだ。公募が行われ、最終的には「日南市」に決定した。最終候補には「日南」、「南那珂」、「新日南」、「にちなん」、「日南郷(ひなごう)」などが残っている。歴史を考えれば「南那珂」もあり得るところだが、同じ南那珂郡に属していた串間市が合併から離脱している状態では妥当ではあるまい。最終的に「日南市」に決定したのは、誰もが不満のないところだったのではないか。「日南市でいこっちゃ、無理に変えんでんいいがね」といった声が聞こえてきそうである。
南郷町役場 南郷町役場
2008年(平成20年)夏、合併を半年後に控えて、南郷町役場にはその旨の掲示がなされていた。役場にも町内にも特に合併を控えた緊迫感などはなく、それまでと同じ時間が流れているように見えた。その頃の南郷町民の胸の内にどのような思いがあったのかは知らない。これといった感慨も無く、ただ淡々と日々が重ねられてゆくだけだったのかもしれない。役場前ロータリーの中央に設けられた植え込みで、百日紅が咲いていた。百日紅は南郷町の「町の花」だった。
南郷町役場
南郷町役場
南郷町役場
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2017年(平成29年)夏に南郷町役場跡を訪ねた。旧役場の建物は、2009年(平成21年)3月30日の合併以後、しばらくは日南市役所の南郷町総合支所として使われていたが、2017年(平成29年)夏現在には、すでにその役割も終えていた。「日南市役所南郷町総合支所」の表札が掲げられた玄関は閉ざされ、「移転のお知らせ」として「南郷町総合支所は、南郷ハートフルセンター生涯学習館内に移転しました。」との案内が張り出されていた。やがて建物自体も取り壊され、跡地が別の用途に使われる日が来るのかもしれない。
南郷町役場
南郷町役場
敷地入口脇には「平成21年3月29日」の日付、南郷町長であった阪元勝久氏の名で、「南郷町閉町記念碑」が建立されていた。碑には碑文が刻まれており、その最後には「68年間の歴史を閉じるにあたり、ここに町民愛惜の意を捧げ町の歴史を後世に伝えるため記念碑を建立する」とある。碑の台座部分には「町の花」であった百日紅、「町の木」であったみかん、「町の鳥」であったキジなどがレリーフで刻まれている。やがて少しずつ時が過ぎてゆき、「昔、ここに南郷町の役場があったとよ」と、子や孫に語る日がやってくるのだろう。
南郷町役場
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ページ内の写真は2008年夏、2017年夏に撮影したものです。本文は2018年8月に作成しました。