横浜線沿線散歩公園探訪
八王子市別所
長池公園
Visited in April 2018
長池公園
八王子市別所二丁目に長池公園という公園がある。この辺りは多摩ニュータウンとして開発が進み、今では近代的な住宅地へと姿を変えているが、かつては多摩丘陵の直中に位置する山間の農村だった。長池公園はその当時から残る農業用水の溜め池とその周辺の里山の自然を残して整備したもので、「里山文化の継承と創造」が公園のテーマであるという。
長池公園自然館 そうした公園のテーマの実現の中核となっているのが、長池公園自然館だ。公園管理所も兼ねた長池公園自然館は展示室やレクチャールーム、工房などをその中に置き、里山の自然に触れる体験学習施設として機能している。展示室には里山で見られる動植物や四季折々の様子、さらに開発される以前の長池周辺の写真なども展示され、なかなか興味深い。長池公園自然館は建物自体にも工夫が凝らされており、その木造の外観が自然溢れる公園に似合うものになっているのはもちろんだが、太陽熱を利用しての発電や冬場の暖房なども行われ、「自然環境との共生」が図られているという。長池公園自然館は、その管理運営を地元のNPOフュージョン長池が八王子市から業務委託を受けて行っていることも特徴と言えるだろう。
長池公園自然館の前の小径を降りてゆくと池が横たわっている。「築池(つくいけ)」という池で、かつては農業用の溜め池だったという。雑木林の丘の間に横たわる池の風情は、水面に映る樹影も美しく、このあたりがのどかな山中の農村であった頃の風景を彷彿とさせる。池の周囲には岸辺を辿って遊歩道が巡り、池を眺めながらの散策が楽しめる。長池公園自然館のすぐ下のあたりには池に張り出すように設けられた木製のデッキがあり、そこに立てば雑木林と池との織りなす風景を充分に楽しむことができる。池の中には魚の姿もあるが、池は釣り禁止、エサやりも禁止である。
築池
築池の岸辺の散策路を辿って長池公園自然館の対岸へと回り込むと、公園東部に設けられた「体験ゾーン」へと至る。「体験ゾーン」はその名が示すように体験用の水田や炭焼き小屋などを置き、「長池里山クラブ」が主体となって米作りや炭焼き、自然観察などのさまざまな活動が行われているという。本来、そうしたことのひとつひとつは里山と共に暮らした人々の日々の営みであったはずだが、かつての農村が開発されて住宅地として造成され、その中に残された公園の一角で、「体験」として、あるいはいわば一種のシミュレーションとして継承されてゆくというのも考えさせられるものがある。
田圃
長池公園自然館下の築池の岸辺から南西側へ湿地に沿うように延びる遊歩道を辿ると、やがて「長池」に至る。「長池」は公園の名の由来ともなった池だが、池の周辺一帯は「特別保全ゾーン」として一般の立ち入りが禁止され、池の辺の一角から見ることができるだけだ。「特別保全ゾーン」にはハンノキの群生など、貴重な動植物が見られるという。
長池

岸辺から木立の枝越しに見る長池はひっそりと沈むように静まり、時の流れを封じ込めているような幽玄な佇まいを見せている。この長池にはひとつの哀しい伝説が伝わっている。

浄瑠璃姫の碑 伝説は相州大磯で漁師が薬師如来像を拾い上げたことに端を発する。海面に三日三晩光り続ける不思議な場所があり、網を投げてみると朽木の薬師如来像がかかったというのだ。時は聖武天皇の代というから700年代の前半であろう。

後に、この地を通りかかった三河の岡崎四郎がこの薬師如来像を城に持ち帰った。子のなかった岡崎四郎は如来像を拝み、やがて娘(浄瑠璃姫)が授かる。浄瑠璃姫は後に武蔵国の小山田太郎高家の側室となるが、姫はこの時薬師如来像を父から譲り受け、持参したという。この小山田太郎高家は、現在の町田市大泉寺に居を構えて小山田荘を治め、後に北条時政によって一族離散となった小山田氏の末裔といい、新田義貞の鎌倉攻めに従った武将である。小山田太郎高家は鎌倉幕府滅亡の後も新田義貞に仕えたが、やがて足利尊氏軍との「湊川の戦い」で主君新田義貞の危機を救って自らは討たれてしまった。壮烈な戦死であったという。高家の死によって小山田氏は離散、残された浄瑠璃姫は薬師如来像を背負って侍女十三人と共に長池に身を投げた。延元元年(1336年)のことであった。

それから二十五年が過ぎた延元25年(1361年)、蓮生寺の住職教山が長池のほとりを歩いていると池の中に光るものがあり、やがて汚れた木片が現れた。木片は薬師如来像であった。住職は像を持ち帰り、堂を建てて供養した。以来、話を聞きつけた人々の参詣の足が絶えなかったという。

現在、長池を望む公園内の散策路脇には浄瑠璃姫の碑が建てられ、伝説を今に伝えている。周囲の木々の緑を映し、静寂そのものの長池だが、その色は遠い時代の浄瑠璃姫の哀しみの色なのかもしれない。
長池を望む広場から東側の雑木林の中へ散策路が辿っている。散策路は公園として整備されたものと思われるが、未舗装のまま、昔からの山道のような風情があって歩くのは楽しい。散策の許される範囲は決して広くはないが、木漏れ日が揺れる中、野鳥の声を聴きながらの散策は、雑木林の魅力を十分に味わうことができる。散策路は尾根の部分で十字路となり、北へ向かえば長池公園自然館下の築池の辺へ、真っ直ぐに東へ降りれば「体験ゾーン」の炭焼き小屋の傍らへ、南に辿れば尾根幹線に面した入口を経て「体験ゾーン」の南端の水車小屋の裏へと至る。
雑木林の散策路
長池公園は里山の自然を残す築池周辺を中心にして、さらに南西の方角へ細長く延び、その端の部分には尾根幹線に面した駐車場と広場などが置かれている。この部分と長池公園自然館付近とは「特別保全ゾーン」の西側を通る舗道によって結ばれてはいるが、あまり一体化した感じはなく、長池公園の敷地内に設けられた別の小公園のようでもある。駐車場が尾根幹線に面しており、トイレが設置されていることもあってか、休憩に立ち寄る人の姿も少なくないようだ。

駐車場脇には「やまざとひろば」と名付けられた小さな丘と、「夕日展望台」という名の小高い丘の広場がある。「やまざとひろば」は草はらの丘で、その中に立つ桜の木が印象的だ。「夕日展望台」はさらに高みとなって、円形のスペースにベンチなどが設けられている。この一角は周囲に視界が開けて眺望が良く、爽快な気分が楽しい。北西側に降りれば「南大沢南」交差点で、道路を隔てて清水入緑地の林と、さらにその向こうに南大沢の住宅街が広がっている。南東側はすでに町田市との境が近く、尾根幹線を隔てた向こう側には上小山田町の丘陵地帯が広がっている。
やまざとひろば
夕日展望台
長池公園の北端にあたる部分には、八王子市の新名所となった観もある「長池見附橋」がある。見附橋の周辺は整然とまとめられ、長池公園の別の表情を見せている。この一角、交差点脇に設けられた広場は休日ともなると家族連れなどが多く訪れる。小さいながらも広場の樹木が木陰を作り、その下にシートを広げてくつろぐ人たちの姿を多く見かける。
長池見附橋

長池見附橋の下の姿池から別所の街へせせらぎが流れ、それに沿って緑道が整備されている。その緑道の西側には平行して浄瑠璃緑地がある。それらを辿って周辺を散策してみるのも楽しい。
長池公園は「里山文化の継承と創造」がテーマであるからか、一般的な「市民の憩いの場」としての公園とは性格が少々異なるようにも感じられる。特に水田や炭焼き小屋などのある「体験ゾーン」は住民コミュニティによる里山文化の継承に主眼が置かれているようであり、それがこの公園の最大の意義であると言えるだろう。造成されたニュータウンの中にこれほどの自然を残す公園は貴重で、来訪者の立場であっても、ひととき街の喧噪を忘れて心安らぐ散策を楽しむことができるだろう。
散策路

公園内には遊具類は無く、小さな子どもたちを遊ばせたい人たちは長池見附橋の近くに道路を隔てて隣接する松木公園へ足を延ばすとよいだろう。長池見附橋付近、あるいは西南側の「南大沢南」交差点付近にコンビニエンスストアがあるので、飲み物やおにぎりなどの調達にもそれほど困らない。家族やグループで休日に訪れた際には、長池公園自然館の見学や雑木林の散策を楽しんだ後、見附橋横の広場でランチタイムにするとよいだろう。トイレは長池公園自然館と「体験ゾーン」、西南側の「やまざとひろば」脇に設置してあり、あまり困ることはない。駐車場は長池公園自然館横と西南側の尾根幹線沿いの二カ所だが、それほど駐車スペースに余裕があるわけではないので注意が必要だ。
長池公園
長池公園