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野津田公園の西端から公園脇を通る道路に出て北へ向かうと、小野路町の小野神社前から芝溝街道の並木交差点とを繋ぐ道路へ出る。このあたりはちょうど小野路町と図師町との境に近く、道路はいわばちょっとした峠越えのようにこの境界の尾根を越えている。この道路の向こう側から北の雑木林の丘陵へと分け入ってゆく小道が延びている。小野路と図師との境界の尾根を伝う尾根道で、細い道だが車両の通行も可能で、この尾根道を辿るとやがて小野路城址に至る。この尾根道から図師町の谷戸へと降りるコースを辿って、秋晴れの日に歩いてみた。 |
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今回の散策の出発点に選んだのは野津田公園だ。駐車場も広く用意されており、車で訪れる人には便利なところだ。快晴の秋の日で、公園西端部分の展望広場から見下ろす公園の風景も陽射しに煌めいているように見える。下の広場ではゲートボールの大会が行われているらしく、競技を楽しむお年寄りで賑わっている。 公園から西の道路に出て北へ向かう。南多摩整形外科病院の横を過ぎ、小野神社と並木交差点とを繋ぐバス通りに出る。「野津田高校入口」のバス停が近い。道路を横切り、バス道路からのアプローチとして造られているスロープを上がって丘陵の中へと延びる小道へと歩を進めた。道脇は畑の広がる里山の風景だ。 |
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しばらく進むと見事な切り通しの場所に出会った。切り通しの左手に案内板が設置されており、この小さな丘は「乗越八幡跡」という塚だと記されている。「乗越」とは尾根を越える地点を示すもので、「八幡」が戦の神であることから小野路城に関連するものかもしれないということだが、古文書にも記録はなく、詳細は不明なのだという。古墳の可能性もあると案内板の解説には記されている。塚の傍らから左手、南に向かって雑木林の中を小道が延びている。図師町の谷戸へと降りてゆく小道だが、そちらへ向かうのは後にしてとりあえず切り通しを抜けて北へ辿る。
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「小町井戸」からそのまま北へ進むのは次の機会にして、「乗越八幡跡」まで戻って傍らの小道を南へ辿ることにする。小道は人ひとりが歩けるほどの幅の細道で、木立の中をうねうねと降りてゆく。途中には分かれ道もあるが、勘を働かせて進路を選ぶ。やがて前方の視界が開け、眼下に稲穂の実った水田が見えた。五反田谷戸だ。
こうした谷戸の風景はどれほど眺めても飽きない。この季節の黄金の稲穂に彩られた谷戸も素晴らしいものだが、田植えの済んだ頃もまた美しいだろう。青々と稲の育った夏の谷戸も素晴らしい。冬枯れの谷戸の風景もまた味わいのあるものだし、早春の芽吹きの頃もまた魅力的なものに違いない。四季折々の谷戸の風景をぜひ見てみたいものだ。 |

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神明谷戸の奥へと延びる道を辿る。こちらの谷戸でも水田に稲穂が実り、秋の日に黄金に輝いている。刈り取りの終わった水田はまだ少なく、谷戸は黄金の絨毯を敷き詰めたような風景だ。こちらの谷戸では水田の脇の小道で散策中の人を見かけた。植物に興味のある人のようで、木立の中の植物に手を伸ばして熱心に観察しておられた。 |

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図師の谷戸から小野路の里山にかけてのこの一帯は「東京における自然の保護と回復に関する条例」によって「図師小野路歴史環境保全地域」に指定されており、林の中の道脇のところどころにその旨を説明する案内板が「東京都多摩環境事務所自然環境課」と「町田歴環管理組合」の名で設置されている。案内板には「動植物の採取は禁止」、さらに「立ち入りには充分ご注意下さい」との但し書きもある。 情けないことだが、中には心ない人々もいて、こうした注意書きが必要な状況もあるのだ。こうして残された里山は決して公園や観光地などではなく、人々が日々の暮らしを営む土地だ。散策の際には「よそ様の土地を歩かせてもらっているのだ」という意識が常に必要なのだが、山々にもそれぞれの「持ち主」があるという当然のことにさえ思いが及ばない人がいるのかもしれない。 |
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神明谷戸からバス通りに戻り、少しばかり北へ向かうと小山田緑地が近い。時間と体力が許せばそのまま小山田緑地まで足を延ばすのもいいだろう。帰路を辿るならば近くのバス停でバスを待つのもいいし、あるいは再び谷戸から林の中へと、降りてきた道とは別の道を辿って野津田公園方面に戻るのもいい。秋の日を浴びて黄金に輝く稲穂の美しい谷戸の風景を存分に堪能できた散策だったが、彼岸花はすでに時期を過ぎていたのが少しばかり残念なところだろうか。 |

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