横浜線沿線散歩街角散歩
町田市図師町〜下小山田町
初夏の図師町
Visited in June 2007
初夏の図師町
町田市図師町の北部に、尾根筋に挟まれた細長い低地に水田が横たわる、いわゆる「谷戸田」の美しい風景を残す場所がある。以前から田植えの終わった谷戸田の風景を見てみたいと思っていたのだが、ようやく機会を設けて訪ねることができた。
五反田谷戸
まず「五反田谷戸」と呼ばれる谷戸から歩いてみよう。緑濃い尾根に挟まれた谷戸が奧へと延び、尾根の裾に沿って小径が辿っている。尾根を包む木々は新緑の頃を過ぎて日増しにもりもりと力強さを増している。水を湛えた田圃がその緑を映す。田植えの終わっていない田圃もあるようだ。田植えが終わった田圃も、稲はまだまだ「苗」と言ってよく、吹き渡る風にふわふわと頼りなく揺れる。郷愁を誘うような風景を楽しみながら小径を歩く。歩を進めると人間の気配に驚いたヘビたちが慌てて逃げ去ってゆく。小径はぬかるんだところもあって足元に気を遣いながら歩かなくてはならない。

五反田谷戸
谷戸の奧へ至ると張り出した細い尾根によって谷戸が二つに分かれ、それがまた小さく別れ、尾根と谷戸とが複雑に入り組む地形になっている。この辺りの風景がとてもいい。尾根と谷戸との織りなす風景は場所を変えれば表情を変えてそれぞれに美しい。丁寧に手入れされた尾根の裾や田圃の畦道の様子も美しい。

五反田谷戸
あちらこちらに場所を移動しながら風景を楽しんでいると、山の方から子どもたちの声が聞こえてきた。やがて木立の間から小径を降りてくる子どもたちの姿が見えた。近くの幼稚園か保育園か、小さな子どもたちが先生に引率されて尾根から谷戸へと降りてくる。子どもたちは水を湛えた田圃を覗き込んで大はしゃぎだ。

五反田谷戸を後にするとき、農作業に来ていた男性と挨拶を交わした。老齢の男性はいかにも「農家のおじいさん」という風情だ。「いい天気だね」、「ええ。でも暑いですね」、そんな会話を農家のおじいさんと交わす。六月半ばだというのに、真夏のように暑い日だった。
神明谷戸
五反田谷戸から再びバス通りに戻り、少し北へ歩くと、神明谷戸と呼ばれる谷戸がある。こちらも尾根に挟まれた谷戸に田圃の横たわる「谷戸田」の風景だが、五反田谷戸より広く開放感がある。谷戸の地形がそれほど複雑ではなく、尾根裾を辿る小径も舗装されているためか、谷戸全体にどこか整然とした印象もある。少しばかり味わいの違いはあるが、緑に包まれた谷戸の美しさは変わらない。田圃には農作業の人の姿もある。穏やかな風景を楽しみながらのんびりと歩く。

神明谷戸
歩いているとまた子どもたちの声が聞こえてきた。五反田谷戸で出会った子どもたちが尾根を越える小径を辿って神明谷戸へとやってきたようだ。子どもたちは尾根裾に設けられた広場のような一角に集まり、どうやらお弁当の時間のようだった。その子どもたちとは別の子どもたちのグループの姿もあった。どうやら別々の複数の幼稚園、保育園の子どもたちがたまたまやってきているらしい。子どもたちのはしゃぐ姿を見ながら横を通り過ぎて谷戸の奧へと進んだ。

神明谷戸
谷戸の奥まった辺りでは日常から離れた静けさに包まれる。バス通りを通る車の音も聞こえてはこない。風のそよぎと鳥の声だけが耳に届く。視界に入るのは緑に覆われた尾根と水を湛えた田圃、そしてその上に広がる空だけだ。その中に身を置けば何とも言えない穏やかな安らぎに包まれるのは、そうした田園風景の中で育ったせいだろうか。
下小山田町
神明谷戸を後にし、バス通りを北へ進もう。日大三高前を経て降りてきた「さくら通り」との丁字路の交差点を過ぎ、さらに北へ進む。道路の西側には疎らに住宅が建ち、その間に田圃が横たわる。やがて小山田緑地の駐車場入口がある。トイレ休憩を兼ねて小山田緑地に少し立ち寄ってゆこう。小山田緑地も今は緑濃く、「小山田の谷」の池の辺でそろそろ紫陽花が咲き始めている。

下小山田町
小山田緑地から北へ少し進むと白山神社がある。白山神社前の辺りも田圃が広がり、長閑な田園風景が楽しめる。散策する人も多いところだが、田圃脇に「畦道に入らないでください」との注意書きが立てられている。注意書きには、畦道はただの通路ではなく、水を蓄えるための大切な役割を持っている、との旨の但し書きがある。

稲作に携わった経験の無い人にはわからないかもしれないが、田に水を張る前に畦を造り上げる作業、いわゆる「畦塗り」はたいへんに手間のかかる作業だ。そして泥を塗り固めた畦の端部は意外に脆い。不用意に歩くと簡単に畦は崩れてしまう。畦道を歩くときには農家の人も気を遣う。部外者が不用意に立ち入り、畦を壊してしまうようなことがあると困るのだ。田圃脇にこうした注意書きが立てられているということは、そうしたことが過去にあったからだろう。水を湛えた水田の風景は美しいものだ。つい畦道にも足を踏み込みたくなる気持ちもわからないではない。しかし田の畦は農家の人たちにとって大切なものだ。特に田作りから稲刈りまでの時期、田圃の畦には絶対に立ち入ってはいけない。

白山神社前の水田にも農作業の人の姿があった。その風景を楽しみながら、そろそろ帰路を辿ることにしたい。
図師町北部から下小山田町南部にかけてのこの一帯は、美しい水田の風景を堪能できる地域だ。「五反田谷戸」はどちらかと言えば素朴で野趣を含んだ表情が魅力的で、「神明谷戸」は整然とした美しさが印象に残る。白山神社周辺は広々として開放感のある田園風景が楽しめる。田植えの時期から青々と稲の育つ季節、そして実った稲穂が黄金に輝く季節まで、水田はそれぞれに素晴らしい景観を見せて飽きない。

この地域には多摩丘陵病院方面へと行き来するバス路線が抜けており、「結道」バス停が「五反田谷戸」や「神明谷戸」に近く、白山神社には「扇橋」バス停が近い。小山田緑地の散策に訪れた際に足を延ばしてみるのもお勧めだ。
初夏の図師町