佳景探訪
ヴェルニー公園
神奈川県横須賀市の中心部近く、ヴェルニー公園という臨海公園がある。横須賀造船所建設などに貢献したフランス人技師の名を冠した公園で、フランス式庭園が整備され、薔薇の名所としても知られる。薔薇が見頃を迎えた五月中旬、ヴェルニー公園を訪ねた。



ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園/ヴェルニー像ヴェルニー公園/小栗忠順像

ヴェルニー公園/海軍の碑

ヴェルニー公園
神奈川県横須賀市の中心部からやや西、横須賀本港を臨む海岸にヴェルニー公園という公園が整備されている。元々は臨海公園の名で親しまれていたそうだが、「公園の対岸にフランス人技師ヴェルニーが建設に貢献した横須賀製鉄所跡地が望める」ことに因み、フランス式庭園様式を取り入れた公園として整備が行われ、平成13年度に完了したものという。

公園は海に面して東西に数百メートルの長さで細長く、26500平方メートルほどの面積を有している。決して広大な公園ではないが、港湾に面した立地が広々とした開放感を漂わせている。園内は幾何学的デザインを基本にしたフランス式庭園の様式に則って整備され、噴水やガゼボ(西洋風四阿)を配し、異国情緒を漂わせている。花壇には約2000株のバラが植えられており、バラの名所としても知られている。海岸部にはボードウォークが設けられ、その景観も美しい。海に向けて据えられたベンチに腰を降ろし、ひととき港湾の風景を眺めながら過ごすのもいい。あるいは潮風に吹かれて散策を楽しむのもいい。臨海公園の魅力を満喫することのできる公園である。


公園の名にもなったフランス人技師フランソワ・レオンス・ヴェルニー(Francois Leonce Verny)はフランス中部の生まれ(1837年)で、1853年から3年間をリヨンのリセ(高等学校)で学び、その後、パリの大学で造船技術を学んだ。卒業後、1858年に海軍造船大学校へ進学、海軍の技術者となった。

その頃、日本は“開国”に揺れていた。1853年(嘉永6年)にペリーに率いられた艦隊が来航、1854年(嘉永7年)には日米和親条約が締結される。さらに1858年(安政4年)には日米修好通商条約が締結され、いよいよ自由貿易の時代を迎えることになる。江戸幕府は欧米列強に対抗するため、海軍力を増強する必要に迫られるが、これに助力を申し出たのがフランスだった。イギリスに比して遅れていた日本進出を挽回するための足掛かりとして、当時のフランス公使レオン・ロッシュがフランスから技術者を招いて海軍造船所を建設することを幕府に提言、幕府がそれを受け入れた形だったようだ。

日本に於ける海軍造船所建設の適任者としてフランス提督パンジャマン・ジョレスが白羽の矢を立てたのが、中国の寧波で造船所建設に従事していたヴェルニーである。そうしてヴェルニーは造船技師として日本の地を踏み、横須賀製鉄所建設の責任者に着任する。1865年(慶応元年)のことという。

造船所の建設に横須賀が選ばれたのは、江戸に近く、湾が深く広く外海の影響を受けにくい入江であったからだという。それまでの横須賀は小さな漁村だったが、造船所建設が始まるとヴェルニーに招かれて来日したフランス人技術者とその家族が移住し、多くのフランス人が暮らしていたそうである。

1868年(慶応4年)、戊辰戦争が起こり、新政府軍の勝利によって時代は明治を迎える。明治新政府は財政難から海軍造船の建設の中断を検討したようだが、ヴェルニーらの反対もあって事業は継続されることになる。1871年(明治4年)、横須賀製鉄所は横須賀造船所に改名、艦船の建造も順調で、1972年(明治5年)には蒼龍が、1875年(明治8年)には清輝が竣工、進水している。清輝の進水式には明治天皇も臨席したという。

1876年(明治9年)、ヴェルニーはフランスへ帰国する。帰国後は石炭鉱業会社で監督を務めるなどしたが、1895年に故郷に戻り、1908年に亡くなるまで、故郷で暮らしたという。ヴェルニーの日本生活は十年余に過ぎなかったが、その間に技術者の養成学校を設立するなどして日本技術者の育成にも貢献、日本の近代化の歴史にその名を刻んでいる。

ヴェルニー公園のほぼ中央部に位置する「開明広場」には港湾部を見つめるようにヴェルニーの胸像が置かれている。ヴェルニーの隣では、やはり同じように小栗上野介忠順の胸像が横須賀の港を見つめている。小栗忠順は幕末の江戸幕府に於いて外国奉行や勘定奉行など要職を歴任、横須賀製鉄所の建設にも大いに貢献した人物だ。大政奉還後も薩長との徹底抗戦を主張したため罷免され、領地である上野国権田村(現在の群馬県高崎市倉渕町権田)に隠遁したが、薩長の追討軍によって斬首されたという。ヴェルニーと小栗忠順を偲んで、横須賀市では毎年「ヴェルニー・小栗祭式典」が開催されている。

ヴェルニーと小栗忠順の胸像の視線の先、かつて彼らが横須賀製鉄所を建設した跡地は、今は米国の横須賀海軍施設、いわゆる米海軍横須賀基地として使用されており(横須賀造船所は米軍施設内で船舶修理施設として今も使われている)、ヴェルニー公園から臨む対岸には停泊する艦船の姿を見ることができる。さらにヴェルニー公園の西側の海岸部は海上自衛隊横須賀基地の一部として使用され、ここでも停泊する艦船の姿がある。その光景をヴェルニーと小栗はどんな思いで見つめているのだろう。

寒村に過ぎなかった横須賀、フランスの助力を得て近代工業都市に変貌して日本の近代化の一翼を担い、軍港都市として発展し、今は基地の町だ。その変遷に日本が辿った歴史を重ね合わせれば実に感慨深いものがある。公園の隅にはひっそりと「海軍の碑」が建立されている。あまり足を止める人はいないが、碑文に目を通し、今一度、平和の尊さについて思いを新たにしておきたい。
ヴェルニー記念館


ヴェルニー記念館

ヴェルニー記念館
公園の西端部には「ヴェルニー記念館」という施設が建っている。その名から一目瞭然だが、ヴェルニーの功績を顕彰し、横須賀製鉄所の意義を後世に伝えるために設けられた施設だそうだ。特徴的な外観はヴェルニーに縁の深いフランスのブルターニュ地方の住宅の特徴を取り入れたものという。

「ヴェルニー記念館」の内部にはかつてフランスから輸入され、横須賀製鉄所(横須賀造船所)で使用されていたスチームハンマーが保存展示されている。スチームハンマーとは、蒸気の力で“ハンマー”を持ち上げ、それを落下させて金属を鍛造する機械のことで、船の部品を造るのに使われていた。記念館には0.5トンと3トンの2台のスチームハンマーが保存展示されており、どちらも国の重要文化財に指定されている。公園に訪れたときには記念館に立ち寄り、見学しておくのがお勧めだ。

記念館のリーフレットには記念館の案内以外にも、ヴェルニーの紹介から横須賀製鉄所についての概略、スチームハンマーの説明、当時の横須賀の様子などが記されており、なかなか内容が充実している。このリーフレットをぜひ貰っておこう。
逸見波止場衛門


逸見波止場衛門

逸見波止場衛門
公園内西側のカフェレストラン横手、公園南側の道路に面してレンガ造りを思わせる門が一対建っている。これはかつての横須賀軍港逸見門の衛兵詰所で、明治末期から大正初期にかけての時期に建てられたものらしい。現在は「逸見波止場衛門」として横須賀市指定市民文化資産になっている。

なかなか洒落た意匠の門は高さは4mほど、一見するとレンガ造りのように見える本体は、実は鉄筋コンクリート造り、外壁はタイル張りだそうだ。公園へ向かって左側の門の壁面には「逸見上陸場」、右側には「軍港逸見門」と記されたプレートが取り付けられている。屋根は銅板葺きのドーム型、八角形の本体に合わせて八面の銅板を組み合わせて丸く仕上げられている。屋根底部の“ひさし”が内側に向けて小さく突き出ており、そのために帽子を連想させる形状になっているのがおもしろい。

かつて横須賀が軍港として栄えていた時代、この門を通って幾多の人々が出入りしたのだろう。門の脇に立って、その頃の光景を思い浮かべてみるのも一興かもしれない。


ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園

ヴェルニー公園
ヴェルニー公園には、そのほぼ全域の花壇にバラが植栽され、バラの名所として知られている。130種、約2000株のバラが植えられているという。バラは赤いバラを集めたエリアや黄色いバラを集めたエリア、つるバラのエリアなど、エリア毎に特色を持たせて植栽されている。「ロイヤルローズ」や「神奈川県にちなんだバラ」などのテーマ毎に花壇を設けたエリアもある。もちろんそうしたことを意識せずに観賞しても充分にバラの美しさを堪能できるが、エリア毎の特色を知って園内を巡ればより楽しめるだろう。

フランス式庭園様式に整備された園内にバラがよく似合っている。洋風庭園のように整備された公園そのものの美しさとバラの花の美しさが互いに引き立て合っているという印象だ。ガゼボ(西洋風四阿)や噴水などの意匠もうまく調和しており、それらがバラと共に織り成す景観はたいへんにフォトジェニックだ。園路を辿ってゆけばバラの咲くヴェルニー公園はさまざまな表情を見せてくれて飽きない。さまざまな品種のバラのそれぞれを観賞しつつ、“バラの咲く公園”としての風景の美しさも楽しみつつ、園内を巡るのがお薦めの楽しみ方と言っていいだろう。

海岸部に沿ったボードウォークの景観とバラとの組み合わせも素敵だ。バラの花越しに海側を眺めれば、ボードウォークには散策の人が行き交い、その向こうに横須賀本港の風景が広がり、臨海公園ならではの“バラの咲く風景”を楽しむことができる。港湾対岸には米海軍の艦船が停泊しており、視点によってはそれらの艦船を背景にバラの花を見ることになる。人によって好みはあると思うが、その風景も横須賀本港を臨むヴェルニー公園ならではのものだろう。

ヴェルニー公園ではバラの花が見頃を迎える初夏と秋、週末に「ローズフェスタ」が開催されて賑わう。今回訪れたのも2013年の「春のローズフェスタ」開催中の土曜日だった。ガゼボでは「バラの音楽祭」と名付けられたイベントが開催され、地元の高校生やサークルによる演奏や合唱などが行われていた。開明広場にはさまざまな露店が設営されており、バラや公園関連グッズ、バラの苗、ポップコーンやドリンク類などを販売、園内はすっかり“お祭りムード”だった。そうした賑わいが好きな人なら「ローズフェスタ」開催日に来園するのがお勧めだ。

約2000株のバラという規模は、公園内に植栽されたバラとしては充分に多い方だと言えるだろう。ガゼボから開明広場にかけての公園中央部は「バラ園」と化し、見事な景観を見せてくれる。バラの数や品種の豊富さ、そして何より“バラの咲く公園”としての景観の美しさという点で、“バラの名所”と言っていい。
参考情報
公園そのものは休園日などはないが、「ヴェルニー記念館」は休館日や開館時間が定められている。詳細は横須賀市サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

交通

ヴェルニー公園へは京浜急行汐入駅やJR横須賀線横須賀駅が近い。京浜急行汐入駅からは国道16号を歩道橋で渡って公園の東端部へ徒歩で数分、JR横須賀線横須賀駅からは公園の西端部へ至近で、徒歩1分といったところだろう。

車で訪れる場合には横浜方面から国道16号線を南下するなどして横須賀市街の中心部を目指せばいい。横浜横須賀道路を利用して横須賀ICから本町山中有料道路へと辿るのが便利だ。本町山中有料道を出るとヴェルニー公園の横だ。本町山中有料道はETCが使えないので注意されたい。

駐車場は公園東端部に来園者用のものが用意されているが、駐車台数は少なく、ほとんど実用的ではない。すぐ東側に隣接するショッピングセンターの駐車場など、市街地に点在する民間駐車場を利用するのが賢明だろう。

飲食

公園内、西端部近くにカフェレストランがあり、海を眺めながらの食事や休憩が楽しめる。

ヴェルニー公園には芝生広場などはなく、シートを広げてのアウトドアランチには不向きだが、ベンチが空いていれば海を眺めながらのランチタイムも素敵なひとときだろう。おにぎりやサンドイッチなど、手軽に食べられるものを用意しておくといい。公園東側に隣接するショッピングセンターなどでテイクアウトのものを購入して公園へ行くのもいい。

公園東側に隣接するショッピングセンターにも飲食店があるし、市街地中心部に移動すればさらに多くの飲食店があり、食事の場所には困らない。有名な「横須賀海軍カレー」などがお勧めだろうか。

周辺

ヴェルニー公園東側のショッピングセンターの一角に、「横須賀軍港めぐり」のクルージングツアーの発着所がある。なかなかの人気があり、土日祝日には当日券が早々に完売するそうだ。利用したい人は予約してから出かけよう。

ヴェルニー公園から東へ足を延ばせば横須賀市の中心部の市街地だ。有名な「どぶ板通り」などを中心に町歩きを楽しむのもお勧めだ。三笠公園やうみかぜ公園などの公園を訪ねてみるのもいい。

JR横須賀線横須賀駅から一駅移動すれば田浦駅。有名な「田浦梅の里」が近い。早春には足を運んでみたい。

徒歩での移動は無理だが、山側に位置する「横須賀しょうぶ園」も花菖蒲の季節にはぜひ訪ねておきたいところだ。
ヴェルニー公園

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