長野県小諸市、小諸駅近くに小諸城趾「懐古園」がある。小諸城は「日本百名城」のひとつだ。園内に残る三之門や石垣が昔日の面影を伝えている。また小諸の町には古い時代の建物も残っている。九月の上旬、懐古園と小諸の町を訪ねた。
懐古園
懐古園
「小諸なる古城のほとり/雲白く遊子悲しむ/緑なす繁縷は萌えず/若草も藉くによしなし/しろがねの衾の岡邊/日に溶けて淡雪流る」

あまりにも有名な島崎藤村の「千曲川旅情の歌(小諸なる古城のほとり)」の冒頭である。特に島崎藤村に詳しくなくても「小諸なる古城のほとり」の一文だけは聞いたことがあるという人も多いのではないだろうか。

島崎藤村は1899年(明治32年)に小諸義塾に教師として赴任、6年間を小諸で過ごしている。前述の「千曲川旅情の歌(小諸なる古城のほとり)」は小諸時代に創作されたもののひとつだ。ここに詠まれた「小諸なる古城」が、すなわち小諸城である。
懐古園
懐古園
懐古園
1500年代後半、小諸は甲斐の武田信玄の支配下にあった。信玄は重臣の山本勘助と馬場信房に命じ、かつて大井氏が築いた鍋蓋城、乙女城を取り込んで新たな城郭を整備した。それが小諸城の原型という。やがて武田氏も滅亡、小諸の支配権は織田、徳川と変遷したが、1590年(天正18年)、豊臣秀吉が天下統一を成し遂げ、小諸は仙石秀久が治めるところとなる。秀久は城を改修して城下町を整備、現在まで残る小諸城の遺構はこの時に造られたものという。江戸時代に入ると仙石氏は上田城に移り、小諸は徳川家光の弟の忠長の領有となる。以後は度々城主が変わったということだが、1702年(元禄15年)、牧野康重が城主となり、以後は版籍奉還までの約170年間、牧野氏の居城だったという。

そして明治維新を迎え、1880年(明治13年)、払い下げられた小諸城城郭の本丸跡に小諸藩の旧士族によって神社が祀られ、城郭跡は「懐古園」と名付けられた。現在のような公園として整備されたのは1926年(大正15年)のことで、設計を担当したのは東京都千代田区の日比谷公園や福島県会津若松市の鶴ヶ城公園、福岡県福岡市の大濠公園などを手がけ、「公園の父」とも呼ばれる本多静六博士という。
懐古園
懐古園
懐古園
懐古園はかつての小諸城本丸跡を中心に据え、その周囲に天守台跡や二の丸跡、三之門、馬場などのさまざまな遺構を残している。それらを巡りながら昔日の風景に思いを馳せるのは楽しいひとときで、まさに「懐古園」という名に相応しい風情が感じられる。天守閣などを復元して往時の様子を再現した城跡も見応えのあるものだが、遺構は遺構のままに整備された城跡で過ぎてきた歴史の面影を探すのも興趣に富んでいてよいものだ。

駅側、すなわち東側の「三之門」から入園し、石垣の間を進んで「二の丸跡」や「黒門橋」などを経て「本丸跡」へと見学してゆくのが懐古園散策の王道というべきか。駅側に建つ「三之門」は線路東側に建つ「大手門」と共に国の重要文化財に指定されているものだ。双方とも仙石久秀が築城したときに建てられたが、「三之門」は1742年(寛保2年)の大洪水で流失、約20年後に再建されたという。「本丸跡」に建つ懐古神社は前述のように1880年(明治13年)に小諸藩の旧士族によって創建されたもので、藩主牧野氏歴代の霊と菅原道真、火之迦具土命(ひのかぐつちのみこと)を祀る。社殿の傍らに設けられた池には鯉が泳ぎ、辺りは蒼古とした風情に包まれている。「本丸跡」の西側の「天守台」は見晴らしの良いところで、ここからの眺めも楽しんでおきたい。
懐古園
懐古園 懐古園
懐古園
園内には牧野氏が藩主となった時に与板藩から遷座したという稲荷神社も建ち、また山本勘助が愛用したという「鏡石」や寛保の大洪水の跡に掘られたという「荒神井戸」、推定樹齢500年というケヤキなどもあって園内を丁寧に見てゆくのは楽しく飽きない。“公園”らしく四阿なども設けられているから風に吹かれながらのんびりと一休みするのもいい。

小諸城は城下町より低い立地に建てられた「穴城」で、全国的にも珍しいもののようだが、しかし懐古園西端部へと進めば「水の手展望台」から西方眼下に千曲川の流れを見下ろす。ゆったりと流れる千曲川の姿を眺めていると、「小諸なる古城のほとり」の一節が思い浮かぶ。この眺めもぜひ堪能しておきたい。「本丸跡」の北側には、その島崎藤村関連の資料を展示した藤村記念館も併設されている。興味のある人は見学してゆくといい。
懐古園
懐古園
「三之門」の北側、駐車場横には土産物店や飲食店が軒を並べ、いかにも“観光地”的な雰囲気だ。土産物店を覗いて懐古園来訪の記念に何か買い求めてみるのもいい。この一角に、何故か昔の蒸気機関車が展示されている。「C56-144」という型式のもので、1938年(昭和13年)に製造され、同年から35年間、小海線を走っていた機関車という。1973年(昭和48年)に東日本旅客鉄道株式会社長野支社から小諸市へ貸与され、ここに展示されているものらしい。機関車はフェンスで囲まれており、乗ったり触れたりすることはできないが、鉄道趣味の人なら見ておきたいものかもしれない。

懐古園南側の一角には動物園と児童遊園地が併設されている。動物園は1926年(大正15年)に開園したもので、長野県下で最古の動物園という。これらは近隣の人たちの行楽地としての役割を担っているのだろう。「三之門」の南側には小諸義塾記念館が建っている。小諸義塾は木村熊二によって創立された私塾で、島崎藤村もここで教鞭を執った。小諸義塾記念館は観覧料が必要だが、懐古園共通券に含まれている。興味のある人は見学してゆくといい。
大手門公園
大手門公園
大手門公園
懐古園から鉄道の東側へと歩を進め、小諸駅前から少し北へ辿ると小諸城の大手門を残して整備された大手門公園がある。この大手門は小諸城の正門(四之門)で、「三之門」と同様に藩主仙石秀久が小諸城を築いたときの建築という。

門は二層入母屋造の楼門で、石垣と門が一体化しておらず、二階部分は居館形式となっているなど、特徴の多いものらしい。建築に当たっては大工を江戸から呼び、瓦は三河(現在の愛知県)から取り寄せたそうだ。

明治維新後は民間所有となり、料亭として利用されていたというから少し驚く。その後には小諸義塾の仮教室として使われたこともあったようだ。1991年(平成3年)に小諸市に寄贈された後、平成16年度から平成19年度にかけて保存のための復元修理工事が行われて江戸時代の姿を取り戻し、こうして歴史的遺構として保存展示がなされているということのようだ。1993年(平成5年)には懐古園内の三之門とともに「小諸城」として国の重要文化財の指定を受けている。

傍らに設置された解説パネルには、実戦的で華美な装飾を省いた質実剛健な建築は青森県弘前城の追手門と双璧を成すものだと記されている。堂々として立派な姿だが、華やかさのようなものはあまりなく、どこか“凄み”のようなものが感じられるのは、“実戦的で質実剛健な”建築だからだろうか。
大手門公園
大手門公園
大手門公園には芝生の広場や四阿、藤棚などもあるが、石畳を設けて松を植栽するなどして風情ある造りになっている。公園の一角には「くらしかる浪漫館」という建物が建っている。繭問屋の倉庫として造られた蔵を利用したものという。「くらしかる浪漫館」は閉鎖中とのことで、外観を見学できただけだった。小諸市を訪れたときには、この大手門はぜひ見ておきたい。公園はのんびりとした佇まいで、市内散策の一休みにもよいところだ。
小諸市街地に残る古建築
大手門公園周辺から北國街道沿いなど、小諸市街地には古い建物が数多く残っている。それらの建物には「小諸宿周辺地区修理修景事業実施建造物」である旨のパネルが掲示されている。「小諸宿周辺地区修理修景事業」は小諸市が国土交通省の「街なみ環境整備事業」の適用を受けて行われる建物等の修理・修景事業のことだそうだ。その事業の対象になっている建物が「小諸宿周辺地区修理修景事業実施建造物」ということのようだ。
小諸市街地に残る古建築
小諸市街地に残る古建築
小諸市街地に残る古建築
小諸市街地に残る古建築
小諸市街地に残る古建築
本町一丁目の北國街道沿いには「旧小諸本陣」として主屋と表門が国の重要文化財に指定された「小諸本陣問屋」がある。小諸の本陣兼問屋上田家の建物で、18世紀末から19世紀初頭にかけての頃に建てられたものらしい。堂々とした大きな建物が目を引くが、街道に面した部分は二階建ての問屋場で、間口八間(約14.5m)、正面の一階部分は当初は全面開放の縁側だったそうだ。残念ながら別棟の正座敷(御殿)は失われているという。内部は非公開とのことだが、街道沿いから外観を見学するだけでも充分に見応えのあるものだ。

今回は足を延ばさなかったのだが、「小諸本陣問屋」前から北國街道を東へ辿った本町二丁目には国の有用文化財である「小諸市北国街道ほんまち町屋館」が、さらに本町三丁目にはこれも国の重要文化財の「萬屋骨董店店舗兼主屋(旧小諸銀行)」が建っている。「小諸市北国街道ほんまち町屋館」は大正末期に建てられたもの、「萬屋骨董店店舗兼主屋(旧小諸銀行)」は明治中期に建てられたものという。こうした建築物に興味のある人は散策の足を延ばしてみることをお勧めする。

長閑な佇まいの町並みの中に古い建物が残るのは良い風情のあるもので、ひとつひとつの建物を見学しながらの散策はとても楽しい。こうした町並みの景観は小諸市ではあまり積極的に観光資源として活用していないようにも思えるが、古い町並みの風景の好きな人、町歩きの好きな人なら充分に楽しめるものだ。

ちなみに小諸市の中心部には「本町」、「相生町」、「大手」、「市町」、「古城」といった町名がある。おそらく昔からの地名が町名となったのだろう。こうした町名にも良い風情が感じられる。なかでも「古城」という町名は、なかなか素敵だ。
小諸にて
小諸にて
小諸の観光名所と言えば代名詞のように「懐古園」の名が挙げられると思うが、懐古園に訪れただけで小諸市を後にするのはあまりに惜しいように思える。懐古園を見学した後は大手門に足を延ばし、周辺の町を散策するといい。歩いて巡ってもそれほどの時間はかからない。小諸城と城下町の名残を探しつつ、小諸の町そのものの風情を楽しむのが“小諸観光”のお勧めだ。
参考情報
懐古園は入園するのに料金が必要だ。懐古園内散策と藤村記念館、小山敬三美術館などの利用をセットにした「共通券」や懐古園内散策と動物園をセットにした「散策券」など、入園券には種類があるので、目的によって選べばよい。入園料金や開園時間、休園日などの詳細は懐古園公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。

交通
懐古園はしなの鉄道小諸駅のすぐ西側に位置している。小諸駅にはしなの鉄道とJR小海線が乗り入れている。長野新幹線を利用する場合は軽井沢や上田でしなの鉄道に乗り換えればよい。

車で来訪する場合は上信越自動車道を利用し、小諸ICから懐古園を目指すのがわかりやすい。小諸ICを下りて案内に従って進めば迷うことはない。国道18号を利用した場合、懐古園は国道18号とは鉄道線路を挟んで反対側にあるので、どこかで線路を越えなくてはならない。小諸市街に近づいてから案内標識に従えばいい。

懐古園には比較的広い駐車場が用意されている。駐車料金は懐古園入園料金とは別途必要だ。

飲食
懐古園駐車場付近に蕎麦屋などの飲食店があるので利用するといい。小諸駅前まで足を延ばせばさらに多くの飲食店がある。

周辺
懐古園の北側には付属施設のように隣接して「渥美清こもろ寅さん会館」がある。映画「男はつらいよ」のファン、渥美清のファン、山田洋次監督のファンなら訪ねてみたいところだろう。「渥美清こもろ寅さん会館」の近くには「小山敬三美術館」もある。懐古園の「共通券」で入館できるから興味のある人は立ち寄ってみるといい。

美術に興味のある人なら上信越自動車道小諸IC近くにある「小諸高原美術館」も訪ねてみたい。寺社巡りの好きな人なら小諸市街の西に位置する布引観音は訪ねてみたいところだ。布引観音は「牛にひかれて善光寺」の伝説の舞台となった寺として知られている。

小諸市から西へ10kmほどで海野宿だ。「重要伝統的建造物群保存地区」にも選定された古い町並みが残っている。
町散歩
城跡探訪
長野散歩