東京都羽村市、多摩川河畔の根搦前水田は春にはチューリップの名所として人気を集めるところだ。通常は稲作を行う水田で、初秋には黄金に稲穂が実り、水田の周辺には彼岸花も咲き、美しい風景を見せてくれる。彼岸花が見頃の九月下旬、根搦前水田を訪ねた。
初秋の根搦前水田
初秋の根搦前水田
初秋の根搦前水田
東京都羽村市の西部、多摩川河畔に根搦前(ねがらみまえ)と呼ばれる水田地帯がある。羽村市で唯一の水田地帯だという。通常は稲作を行う水田だが、刈り取りが終わって田植えが始まるまでの農閑期の水田を利用してチューリップを植え、その景観の見事さが評判を呼んで人気を集めている。チューリップの花期が終われば根搦前水田は普段の表情を取り戻す。初秋を迎えれば稲穂は黄金に実って陽光に輝き、周辺の随所で彼岸花が鮮やかな色彩を添えて長閑で美しい田園風景を見せてくれる。

九月の下旬、根搦前水田ではそろそろ稲刈りが始まっている。すでに稲刈りを終えて“はざかけ”されている田もあるし、まだこれからという田もあるし、ちょうど稲刈り作業の真っ直中という田もある。地方の農家に育った身としては懐かしい風景だ。稲刈りを待つ田の中には何体もの案山子(かかし)の立てられたものもある。案山子は古着などを利用して作られたシンプルなもので、“へのへのもへじ”の顔がユーモラスだ。

稲刈りが行われる九月の下旬は彼岸花の咲く季節だ。水田の畦道に真っ赤な彼岸花が並ぶ風景が見られるところも少なくないが、この根搦前水田では田の畦道に彼岸花はない。一ヶ所だけ、畑地の縁に並ぶ彼岸花があったが、他には見られなかった。根搦前の彼岸花は水田地帯の周辺部で多く見ることができる。
初秋の根搦前水田
初秋の根搦前水田
初秋の根搦前水田
根搦前の彼岸花で最も見事なのは水田地帯の北側(すなわち多摩川とは反対側)に位置する踊子草公園とその周辺だろうか。踊子草公園はその名の通り、春には踊子草の可憐な姿が見られる公園だが、この季節には園内のあちらこちらで彼岸花が咲いている。園内を“埋め尽くす”というほどの密度ではないが、広場の縁から広場横の林地の中にかけて彼岸花が咲き誇る様子はなかなか見事なものと言っていい。踊子草公園から東へ、水田とは反対側の道路脇にも彼岸花が並ぶ。おそらく植え込まれたものか、道路を縁取るように彼岸花が連なる様子が美しい。踊子草公園の西方、道脇に建つ農家の倉庫らしい建物の脇にも彼岸花が並んでいる。倉庫の建物との取り合わせが良い風情だ。
初秋の根搦前水田
初秋の根搦前水田
水田地帯の南側、多摩川堤防の北斜面(すなわち多摩川とは反対側)にも彼岸花が咲いている。ここも堤防斜面を真っ赤に染め上げるというほどの密度ではないが、広い範囲に咲いており、なかなか美しい景観だ。堤防上の舗道から見下ろすのもいいが、下の道路から秋空を背景に見上げる景観がお勧めだろうか。

彼岸花そのものの数や景観という観点では、根搦前は“彼岸花の名所”というには少し物足りない。しかし多摩川河畔の水田地帯という立地は初秋の散策には好適なところだと言っていい。水田での稲刈りの様子やその周辺に咲く彼岸花など、初秋の風情を愉しみながらの散策がお勧めだろう。
一峰院
水田地帯の北西側の角、一峰院という寺が建っている。羽村市教育委員会による解説によれば、一峰院は臨済宗建長寺派の寺だそうで、1424年(応永31年)三田雅楽之助平将定(みたうたのすけたいらのまささだ)の開基という。1759年(宝暦9年)に焼失し、7年後の1766年(明和3年)に再建されたそうだ。

堂々とした山門が目を引くが、これは「一峰院の鐘楼門」として羽村市指定有形文化財にもなっているもので、1819年(文政2年)頃に木野下村(現在の青梅市)の堂宮大工小林藤馬によって建てられたものだそうだ。「鐘楼門」と呼ばれるように、楼門と鐘楼を兼ねた構造が特徴的で、二階部分は梵鐘を吊した鐘楼になっている。一間門でありながら三ヶ所に扉が設けられ、すべての柱が角柱であることも珍しいのだという。

寺の外側から見ると、境内の松に遮られて鐘楼門の姿はよく見えない。近づいても鐘楼門を隠すように松の枝が延びて視界を遮る。しかしそれもひとつの興趣かもしれない。松は見事な枝振りで、鐘楼門の佇まいによく似合っている。松の枝と共に見る鐘楼門の姿を愉しみたい。
一峰院
一峰院
一峰院
阿蘇神社
阿蘇神社
水田地帯の西南側、多摩川堤防脇に阿蘇神社の鳥居が建っている。鳥居から北へ参道が延び、300mほど辿ってゆくと阿蘇神社が建っているのだ。

参道は未舗装の小径で、木々の間を抜け、多摩川の流れを西に見下ろしながら堤防の上を辿っている。その小径脇でも随所で彼岸花が咲いている。

途中、「氏子の広場」と名付けられた広場が参道と多摩川との間に設けられていた。河岸の参道脇、木々に囲まれて広場がある。広場には桜の木が多いようだ。春には美しい景観を見せてくれるのだろう。広場を通り抜けて多摩川の河原へ出ることができた。初秋の澄んだ青空の下、多摩川の流れが涼やかな景観を見せる。下流側の河原ではバーベキューを楽しむグループの姿があった。
阿蘇神社
阿蘇神社
阿蘇神社
参道を進んでゆくと、やがて鳥居があり、鳥居をくぐって石段を上れば多摩川河岸の崖上の立地に木々に包まれて阿蘇神社が鎮座している。阿蘇神社は熊本県阿蘇市の阿蘇神社を総本社とする神社で、健磐龍命、阿蘇都媛命、速瓶玉命といった神々を祀っている。601年(推古天皇9年)の創建と伝えられる古社で、古くは阿蘇大明神、あるいは長渕郷総社龍水山阿蘇宮と称したと御由緒に記されている。阿蘇神社と改称されたのは明治期になってからのことだ。

社殿は承平年間(931〜938年)に平将門が造営したという。その後、藤原秀郷や現在の青梅市に本拠を置いた三田定重らが造営や改修を行ってきたらしい。古くから領主や武家の崇敬を集めた神社で、小田原北条氏や徳川家康、徳川家光らが神領を寄進したという。現在の社殿は1676年(延宝4年)に再建されたものであることが1986年(昭和61年)の解体修理の際に判明したそうである。社殿は特筆するほど壮麗なものではないが、武家の崇敬を集めた古社らしい質実さを伴った風格を漂わせている。東京都教育委員会が2010年(平成22年)に設置した解説パネルには建物構造の概略が記されている。興味のある人は見ておくとよいだろう。この阿蘇神社社殿は東京都指定有形文化財である。
阿蘇神社
阿蘇神社
社殿の西側、多摩川を見下ろす崖の上に、シイの大木がある。1995年(平成7年)の調査によれば樹高18m、幹周り6.2mという堂々としたもので、東京都の天然記念物にも指定されているものだ。東京都教育委員会が2010年(平成22年)に設置した解説パネルによれば、平将門を討った藤原秀郷が940年(天慶3年)に社殿を造営したときに手植えしたという言い伝えもあるそうだが、本当にそうかもしれないと思わせてくれるほどの老木である。樹木を保護するための支えを設けるなどの処置がいろいろと施されているが、まだまだ樹勢は衰えていないように見える。永い年月、ここで人々の営みを見てきたのだろう。その姿に圧倒されるような思いがする。

阿蘇神社の例大祭は、春は四月の第二日曜日、秋は10月1日に執り行われるそうだ。今回訪れたのは9月の下旬、秋の例大祭を控えて告知の張り紙があった。神楽が奉納され、能や日本舞踊なども行われ、金魚すくいの店も出るなどして賑わうようだ。普段は静かな阿蘇神社だが、例大祭で賑わう様子も見てみたいものだ。
阿蘇神社
参考情報
交通
根搦前水田へはJR青梅線羽村駅で下車、羽村堰方面へと向かい、そのまま河岸を上流側へと進めばいい。駅から20分近くは歩くだろうか。阿蘇神社は根搦前水田からさらに300mほど歩くが、多摩川河岸の散策を兼ねて歩けば苦になる距離ではない。

根搦前水田周辺は「花と水のまつり」開催期間以外の時期には来訪者用の駐車場は用意されていない(「宮の下運動公園」の駐車場はあくまで公園利用者用のものだ)ので、根搦前水田周辺へ直接、車で来訪することは避けたい。車で訪れたい人は羽村駅周辺の民間駐車場に車を置き、そこから歩いてくることをお勧めする。

飲食
水田地帯の東側には旅館が建っており、ランチも営業しているようだが、根搦前水田の周辺には他に飲食店はない。羽村駅周辺まで戻れば多くの飲食店があり、選択肢も増えるだろう。

天候に恵まれれば、お弁当持参で訪れ、踊子草公園や多摩川河岸の堤防道に設けられたベンチなどを利用してアウトドアランチを楽しむのもお薦めだ。

周辺
河岸の堤防道を下流側へと歩けば羽村堰まで五分ほどだ。多摩川河岸を辿ってのんびりと散策を楽しむのもお勧めだ。
彼岸花散歩
東京多摩散歩