東京都羽村市、羽村駅東口の近くの五ノ神社境内に「まいまいず井戸」と呼ばれる井戸がある。すり鉢状に掘られた穴の底に井戸を設けたもので、中世の頃に築かれたものという。夏の暑さも退いた九月の半ば、「五ノ神まいまいず井戸」を訪ねた。
五ノ神まいまいず井戸
東京都羽村市、JR青梅線羽村駅東口のすぐ近くに、五ノ神社という神社が鎮座している。その境内に「まいまいず井戸」という、古い時代に掘削された井戸が残されている。地面にすり鉢状の大きな穴を掘り、その底から井戸を掘ったもので、穴の底に降りるための小径が螺旋を描き、その様子がカタツムリを思わせることから「まいまいず井戸」と呼ばれる。歴史は古く、鎌倉時代以前に掘削されたものらしい。五ノ神村と呼ばれた村落の暮らしを支えた井戸である。
五ノ神まいまいず井戸
五ノ神まいまいず井戸
羽村市の辺りは武蔵野台地の西端部に位置する。武蔵野台地は広大な扇状地を成し、砂礫層の上に関東ローム層が堆積した、脆い地層だ。江戸中期以前の土木技術では地表から垂直に筒状井戸を掘り下げることが難しかった。そこで、まず地面にすり鉢状に大きな穴を掘って砂礫層の下の粘土層を露出させ、そこから井戸を掘って地下水脈に至るという工法を採った。

すり鉢状の穴を掘削する際には螺旋状に掘り下げたものらしく、すり鉢状の穴の斜面には底面に降りるための小径が渦巻き状に設けられているのが通例だ。その形状がカタツムリの殻を思わせることから、いつしか「まいまいず井戸」の呼称が生まれたようだ。「まいまい」はカタツムリの別称である。ただ、なぜ「まいまい」に「ず」が付いて「まいまいず井戸」なのかはまったくわからない。ちなみに同形状の井戸は総じて「まいまいず井戸」と呼ばれることが通例で、この井戸を指す固有名詞ではない。
五ノ神まいまいず井戸
「五ノ神まいまいず井戸」がいつ頃造られたものかははっきりしない。地元の伝説では大同年間(806〜810年)に創始されたものとされているそうだが、確実な根拠はない。江戸時代の井戸浚(いどさらい)の際に鎌倉〜室町時代のものと思われる板碑が出土したとの記録があり、形態などから考えても鎌倉時代に造られたものだろうという。板碑に記された内容から、この井戸を中心にした集落が鎌倉時代からあったことがわかっているそうだ。
五ノ神まいまいず井戸
「五ノ神まいまいず井戸」は地表面で直径約16m、すり鉢状の窪地は深さ約4.3m、底面の直径は約5mという規模だ。その底面に直径約1.2m、深さ5.9mの掘り井戸がある。井戸は1960年(昭和35年)に町営水道が開設されるまで使用されていたらしい。1962年(昭和37年)12月から翌年3月にかけて、さらに1978年(昭和53年)3月、井戸の復元補修工事が行われ、現在のものは1741年(元文6年)に行われた普請の際の姿に復元されているという。東京都指定史跡である。
五ノ神まいまいず井戸
二重の螺旋を描く小径を辿って窪地の底に降りてみると、深さ4mほどの穴の底はちょっと不思議な空間である。人の背丈の倍以上の深さの穴の底は、大げさな言い方をすれば“地の底”、地表は見上げる高さである。毎回ここまで降りて、水を汲んで帰るのはさぞ重労働だったことだろう。
五ノ神まいまいず井戸
窪地の底面に掘られた井戸は屋根が設けられ、井戸の口は金網で塞がれている。金網の上には小さな大幣(おおぬさ)が祀られている。生活用水をこの井戸に頼っていた時代には、神社と共に五ノ神村の人々に大切にされていたのだろう。窪地の底に立って古(いにしえ)の人々の暮らしに思いを馳せるのも一興である。
五ノ神まいまいず井戸
9月の半ば過ぎ、お彼岸には少し早いが、井戸の周辺にはたくさんの彼岸花が咲いていた。特に窪地への降り口周辺に密集し、見事な景観を見せている。古い時代の姿を再現した「まいまいず井戸」と彼岸花との取り合わせては、なかなか興趣に富んだ風景だ。彼岸花の咲く風景の好きな人、花の写真趣味の人などは、ぜひ彼岸花の季節に訪ねてみるといい。
五ノ神まいまいず井戸
五ノ神社は601年(推古天皇9年)の創建と伝えられているという。なかなかの古社である。宝亀年間(770〜780年)に熊野五社大権現を祀ったことから以前は熊野社と呼ばれ、「五ノ神」の地名が生まれたもののようだ。現在の本殿は青梅の宮大工、小林藤馬が1849年(嘉永2年)に着工、1862年(文久2年)に竣工されたものらしい。江戸時代後期のこの地方の社寺建築の特徴がよくうかがえるものだそうである。羽村市指定有形文化財である。
五ノ神まいまいず井戸
「五ノ神まいまいず井戸」は「まいまいず井戸」と呼ばれる形状の井戸の特徴をよく残しているもののひとつだ。昔の様子を復元した井戸の姿に、往時の人々の暮らしを思い浮かべてみるのも楽しいひとときである。社寺巡りの好きな人なら五ノ神社と共に見学しておこう。彼岸花もたいへんに美しく、彼岸花の季節に訪れるのもお勧めだ。

青梅市には昔の「まいまいず井戸」を復元した「青梅新町の大井戸」がある。「まいまいず井戸」に興味を持った人は併せて訪ねてみるといい。
五ノ神まいまいず井戸
五ノ神まいまいず井戸
五ノ神まいまいず井戸
参考情報
交通
五ノ神まいまいず井戸はJR青梅線羽村駅から至近だ。駅を東口に出て2〜3分歩けば着く。

車で来訪する場合には羽村駅東口周辺に点在するコインパーキングを利用するといい。

遠方から車で訪れる場合は圏央道の日の出ICや青梅ICを利用すれば近い。どちらのICからも5km強といったところだ。

飲食
羽村駅東口周辺にさまざまな飲食店があるので食事には困らない。

周辺
羽村駅東口から羽村駅前中央通りを北東の方角へ真っ直ぐに進んでいけば約1.4kmで羽村市動物公園だ。動物園好きの人はもちろん、家族での手軽な行楽にも好適なところだ。

羽村駅の西口から南西の方角へ辿っていけば、1km足らずで羽村取水堰だ。堰を見学し、周辺の多摩川河岸を散策するのも楽しい。玉川上水に沿って歩いてみるのもお勧めだ。

羽村堰から多摩川の上流側へ辿っていけば、これも1km足らずで根搦前水田だ。羽村市唯一の水田地帯だという。長閑な田園風景が楽しめる。羽村堰から多摩川下流側へ、玉川上水沿いに歩いてみるのも楽しい。
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