JR日南線串間駅の横手に路面電車の車両が置かれていてひときわ目を引く。この路面電車の車両は串間市の総合案内所として使われている。車両内には各種のパンフレット類が備えられ、係員も常駐し、観光案内や移住相談の窓口として対応しているのだ。
くしま総合案内所として使われている路面電車の車両は、かつて大阪市電で使われ、その後に広島電鉄に移籍、2014年(平成26年)11月まで広島の街を走っていた750形769号である。それを「くしままちづくり協議会」が購入、2015年(平成27年)5月にここに設置されたものだ。車両は大型トレーラーによって広島から二日間をかけて運搬、レールは人吉から運搬されたものという。串間市の地域活性化の取り組みのひとつとして実施されたもので、当初は使用目的も決まっておらず、カフェなどとして活用するアイデアもあったようだが、“地域活性化”という側面から考えれば、総合案内所としての活用は順当なところだろう。
それにしても、なぜ串間駅前に路面電車の車両なのか。串間市はおろか、宮崎県内に路面電車が走ったという歴史は無い。その意味ではまったく縁もゆかりも無いのだ。これには、串間市の名家である吉松家の存在が大きく関わっている。
吉松家は幕末から昭和初期にかけて材木商として成功して財を成し、政界でも活躍した名家だ。幕末に市木川北郷の庄屋だった吉松卓蔵はその後、福島村の初代村長を務め、卓蔵の長男である吉松忠敬は北方村や福島村の村長、さらに県議会議員や衆議院議員を歴任、卓蔵の孫である吉松忠俊もまた福島町の町長や県議会議員などを務めている。
吉松忠敬は現在のJR日南線へと繋がる鉄道路線の敷設に尽力した人物でもある。その功績を顕彰し、町の活性化に繋がる事業のアイデアが模索され、路面電車の車両の活用が実現に至ったということらしい。当初は路面電車の車両ではなく、JRの車両の購入が計画されたということだが、JRの車両は大きすぎて設置できず、やむなく路面電車の車両に白羽の矢が立ったのだという。
串間駅前の一角に据えられた路面電車の車両はなかなかの存在かを放っている。「なぜこんなところに路面電車が?!」という意外性もあるのか、鉄道ファンの間ではちょっとした注目スポットにもなっているようだ。
何しろつい近年まで実際に広島の街を走っていた車両である。できる限り往時の姿のままで、という意向があったのか、外観にも内部にも広島電鉄時代の面影がそこかしこに残っている。乗車料金を示すプレートも、広島電鉄の車両であることを示すプレート(車号は769号だそうである)もそのままだ。串間市駅前に広島電鉄の古い路面電車の車両が残されているという情報を得て、その姿を見るために遠方から訪れる人もあるのだという。
その外観はもちろん、内部も自由に見学できる。車両内部はほとんど改造されることなく、窓に各種のポスターが貼られ、中央部にテーブルを置いてパンフレット類が用意されている。電車を見学したい人も、串間市の情報を得たいという人も、気軽に立ち寄ってみることをお勧めする。係員が常駐していらっしゃるので、いろいろとお話を伺ってみるのも楽しい。車両前にはウッドデッキが設けられ、ちょっとした休憩スペースにも利用できるようになっている。地域のコミュニティースペースとしても機能し、ときおり地域のイベントなども開催されているようだ。鉄道ファン、特に路面電車の好きなファンなら必訪必見の「くしま総合案内所」である。