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川崎市麻生区の北西端に「黒川」という地区がある。北西側では多摩市に、南西側では町田市に接し、それらの市境はいずれも緑濃い丘陵地になっており、その尾根に抱かれるように水田の広がる地域だ。多摩丘陵の懐深くに入り込んだような黒川地区は、里山散策の好きな人たち、あるいは多摩丘陵を愛する人たちにとって「聖地」のような場所のひとつだ。現在では黒川地区の北東側は小田急多摩線の「はるひ野駅」を中心とした住宅街に変貌しつつあるが、南西側には今も変わらず緑の尾根と水田との織りなす田園風景が残っている。田植えも終わった六月の半ば、黒川を歩いた。 |
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尾根に挟まれて細長く延びる谷間の地形を、関東地方では「谷戸(やと)」、あるいは「谷津(やつ)」などと呼ぶ(多摩地域では「谷戸」が一般的)。多くの場合、「谷戸」には水田が横たわる。谷戸の奥まったところには水田を潤すための溜め池があったりする。このような谷戸の水田を「谷戸田」と呼ぶ。黒川地区は、この「谷戸田」の風景を広く残すところとして知られている。黒川地区にはおおよそ四つの谷戸がある。黒川地区南部を東へ向けて流れる三沢川の支流がそれぞれに谷戸を形作っているのだ。これらの谷戸を、最も奥まった西側から順番に歩いていこう。 黒川地区西端にあたる谷戸は水田より畑地が多いようだ。その最も奥まった丘の上に電源開発株式会社西東京電力所が建っており、周囲に建ち並ぶ鉄塔が長閑な風景の中に威容を放っている。その下の谷戸田では今も耕作が行われているようで、この日も農作業の人の姿があった。谷戸の横の林の中を抜ける小径を辿って行けば町田市小野路町に至り、やがて多摩ニュータウン方面へと抜け出ることができるが、今回は谷戸を東へ戻り、黒川散策を続けることにしよう。 黒川地区中央部の二本の谷戸は美しい「谷戸田」の風景が充分に堪能できるところだ。東西を緑の尾根に挟まれ、その間に水田を抱えた谷戸が北へと延びる。尾根の裾には農家が点在し、それらの織りなす風景が郷愁にも似た思いを誘う。そうした風景を楽しみながら、水田の脇を辿る道を歩く。尾根を横切る小径を辿って隣の谷戸へと歩を進め、そしてまた表情の違う風景を楽しむ。緑の尾根と水を湛えた水田の風景は歩いてゆくほどにその表情を変えて飽きない。歩いているとヘビが慌てて逃げ去ってゆく。水田の中に目を凝らせばオタマジャクシの姿が見える。通りかかった農家の庭先でウグイスが鳴く。水田の向こうの竹林からホトトギスの声が聞こえてくる。 |
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谷戸田の風景の美しさを堪能したらいったん南側へと戻り、最も東側に位置する谷戸へと進んでみる。この谷戸は、以前(2002年4月)多摩市側から降りてきたことがあった。当時はまだ整備中だった「多摩よこやまの道」から降りてきたのだった。あれから五年を経たが、谷戸の風景はあまり変わっていない。ただこの日は西側の丘の一部で何やら工事が行われているらしく大型のダンプが行き来していた。
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黒川は市街化調整区域や農業振興地域に指定されるなど、こうした田園風景の保存が図られているようだ。美しい谷戸田の風景を残す地域だが畑地も少なくなく、梨や柿の栽培も盛んだ。かつては炭焼きも盛んで、質が良く、「黒川炭」の名で呼ばれて広く知られていたという。「黒川炭」は「瓜生黒川往還」を通って遠く八王子や江戸へと運ばれた、との旨の解説が「多摩よこやまの道」に設置されている。黒川から「瓜生黒川往還」を抜けて「多摩よこやまの道」へ足を延ばしてみるのも一興かもしれない。 鶴川街道「黒川」交差点近くにはコンビニエンスストアや飲食店などがあるが、西側の水田地帯に入り込んでしまうとお店などは無く、公園なども無いからトイレも無い。散策の際にはその心積もりが必要だ。 黒川の最大の魅力は、やはり緑の尾根に抱かれるようにして横たわる谷戸田の風景だ。水を湛えた田圃に若い稲が育つ頃、夏の日差しの下で稲が青々と育つ頃、そして実った稲穂が黄金色に輝く稲刈りの頃、それぞれに美しい風景を見せてくれるだろう。雑木林の尾根は晩秋の紅葉も美しいに違いない。四季折々にその表情を見てみたい。 |

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