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例えば中央高速道路を都心から郊外に向けて走っていると、調布インターを過ぎたあたりからだろうか、前方左手、町並みの広がる景色の向こうに低く連なる山々の稜線が見え始める。中央高速を走る車からは南西の方角に見えるために、山々の稜線はたいていおぼろげに霞むシルエットになって見える。穏やかな曲線を描きながら延々と連なる稜線は、どこかほんの少しだけ幻想的な雰囲気さえ伴っている。この稜線を描く山々が、他ならぬ多摩丘陵である。横に長く連なるその様子から、昔の人々は「多摩の横山」と呼んだのだという。武蔵野の歌人、宇遅部黒女は「赤駒を山野に放し捕りかにて多摩の横山徒歩(かし)ゆか遺(や)らむ」という歌を万葉集に残している。馬は山野に放してしまって捕らえることができない、(防人の務めのために旅だってゆく夫に)多摩の横山を歩いて行かせることになってしまった、と、夫を気遣う歌である。現在の多摩丘陵は多摩ニュータウンに姿を変えたところも多いが、町田市の北東部を中心にかつての風景をそのままに残す地域も少なくない。鬱蒼とした雑木林の中の小径を歩いていると、「多摩の横山」を歩いて越えてゆくことがどれほど大変なことだったか、少しだけわかる気もする。 その「多摩の横山」を冠した名の散策ルートがある。「多摩よこやまの道」という。都市基盤整備公団が整備を進めてきたもので、東は多摩市諏訪の多摩東公園脇から西は八王子市別所の長池公園手前まで、9.5kmほどのルートであるという。この内、多摩東公園脇から唐木田駅近くまでの7.5kmほどの区間の整備が完了し、2003年(平成15年)4月から利用することができるようになった。「多摩よこやまの道」は基本的に多摩ニュータウンの南端、多摩市と川崎市、多摩市と町田市との市境に沿って延びている。ルートは多摩丘陵の尾根を辿り、見事な眺望の楽しめる場所も少なくない。またルート上には古道跡などの史跡も点在し、随所に解説板も設けられている。実は以前に、この「多摩よこやまの道」の東側の区域をそれとは知らずに歩いてみたことがある。2002年の4月だった。東端にあたる「丘の上広場」からエコプラザ多摩脇の広場までの区間を歩いたのだった。その時はエコプラザ多摩脇から川崎市黒川へと降りて一巡りした。その時は案内板などもまだ設置されておらず、それが「多摩よこやまの道」の一部であることは、恥ずかしながら後になって知った次第だった。今回はこの「多摩よこやまの道」の、2005年5月現在での整備済の全区間、「丘の上広場」から唐木田駅近くまでを、ルートに沿って歩いてみたい。 |

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「丘の上広場」へは京王相模原線の若葉台駅から歩いた。駅から「丘の上広場」まで15分ほどだろうか。少しばかり距離がある。永山駅から最短ルートを歩いても同じくらいだろうか。永山駅から多摩東公園近くのバス停までバスを利用するのもよいかもしれない。
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やがてエコプラザ多摩の裏手へと至る。広場のようになった場所から黒川側の林の中へ小径が延びている。2002年の4月に歩いたとき、この小径へと進んだ。その時には知らなかったのだが、これは「瓜生黒川往還」といい、現在の川崎市麻生区黒川と多摩市永山瓜生を結んでいた道であるという。傍らにそのことを記した解説板が立てられている。それに依れば、江戸時代から昭和初期にかけて、黒川と瓜生とを結ぶ往還道として使われ、黒川の特産品である「黒川炭(くろかわすみ)」や「禅寺丸柿(ぜんじまるがき)」を八王子方面や江戸市中に運ぶ近道であったという。
「もみじの広場」の背後は小高い丘になっている。その丘の上には現在は黒川配水場があるのだが、この丘をかつて黒川の人々は「丸山城」と呼んでいたという。中世には物見や狼煙台が存在したとも考えられるという。そうしたことを記した案内板が広場の隅に立てられている。「古代東海道と丸山城」と題した案内板には、飛鳥時代後半から平安時代初期にかけて相模の国府と武蔵の国府を繋ぐ「古代東海道」がこの辺りを通っていたのではないかと記されている。緑の木々を眺めながら、古代の人々が行き交う姿を思い浮かべてみる。遥か昔の光景に心を遊ばせるのは楽しい。
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「展望広場」から西へ気持ちの良い尾根道が続く。北側の尾根幹線沿いに給食センターが建っており、その裏手の丘の尾根を辿っている形だ。給食センターの横には尾根幹線沿いに小公園のようなスペースが設けられており、トイレも設置されているので一休みによいかもしれない。
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妙櫻寺の前の道路は一本杉公園通りといい、その名が示すように一本杉公園を回り込むように延びる道路だ。「多摩よこやまの道」のルートは、その一本杉公園通りの歩道を辿って一本杉公園へと向かっている。一本杉公園通りは桜並木だが、もちろん今は青々と葉が茂っている。桜の根方の植え込みはツツジで、そろそろ花の時期を終えようとしている。左に恵泉女学園大学を見ながら一本杉公園通りを進むと、向かって左手に一本杉公園への入口が現れる。
一本杉公園の周辺は鎌倉古道跡の残る地域だ。妙櫻寺付近の山道は鎌倉街道上ノ道本路跡ではないかという。また一本杉公園内の杉並木の辺りにも鎌倉街道跡があり、これは通称「鎌倉裏街道」と言われ、江戸時代には小野路道、あるいは日野往還などとも呼ばれた道であるという。要所要所に解説板が設置されており、解説にはどのようなルートを辿って道が延びていたのかが記されていて興味は尽きない。鎌倉裏街道の解説には「後に新選組となる土方歳三や沖田総司らが小野路での出稽古に日野宿方面から通った」と記されている。歴史のひとこまを思い浮かべながら古道の面影を探すのも楽しい。
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この広場からさらに道路を越えて西へ小径が延び、大妻女子大の入口横へと辿っている。大妻女子大入口横から尾根幹線を横断して唐木田の街を抜けると小田急線の唐木田駅が近い。唐木田以西の区間の整備が完了するのを待ちながら、唐木田駅へと帰路を辿ることにしよう。 |

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「多摩よこやまの道」は整備された散策路や既存の公園、住宅街の歩道や一般道を繋いで設定されたコースだ。ところどころルートがわかりにくいところもあるが、案内板や道標が随所に設置されているからそれらを見落とさないように気をつけていれば迷うことはないだろう。東の起点となる「丘の上広場」へは駅から距離があるのが少々難点だが、近くまでバスを利用するのもよいし、駅からのんびりと歩くのもそれはそれで楽しい。「多摩よこやまの道」のルートのすべてを歩くとなかなかの距離がある。全ルートを踏破することに固執しなくても、途中の一部分だけでも充分に楽しめる。多摩ニュータウンの住宅街の散策や、黒川地区、小野路地区、小山田地区などの散策と組み合わせてうまくルートを考えて利用するのもよいだろう。 「多摩よこやまの道」のルートを成す尾根筋は多摩丘陵でも最も高所に当たるところであるらしく、随所で見事な眺望を楽しめる。それらの眺望や雑木林の表情を楽しみながら、時には史跡の解説に目を留め、古(いにしえ)の人々の営みに思いを馳せながら、のんびりと散策を楽しむのがいいだろう。 |
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