横浜線沿線散歩街角散歩
多摩市諏訪〜川崎市麻生区黒川
県境の尾根道から黒川の谷戸
Visited in April 2002
(本頁の内容には現況と異なる部分があります)
黒川の風景
川崎市の最西部にあたる麻生区の黒川地区は、多摩丘陵の自然を今も色濃く残す地域として、特に里山散策の好きな人たちにはよく知られているところだ。黒川地区は稲城市と多摩市、町田市に囲まれたような立地で、北側の尾根を越えると多摩ニュータウンの街並みが迫っている。新緑も眩しい四月の下旬、多摩市と川崎市との県境の尾根道から黒川の北部の谷戸へ辿って歩いてみた。
多摩東公園側から見る弓の橋
多摩市諏訪地区の東端、多摩東公園の傍らから「弓の橋」という人道橋が尾根幹線を跨いでいる。公園横から「弓の橋」を渡ると、尾根幹線の向こうは東京都と神奈川県の県境にあたる尾根で、その向こうは川崎市麻生区の黒川だ。尾根に残された雑木林には今は遊歩道が整備され、特に「弓の橋」の袂はちょっとした公園のようになっており、展望台なども設けられている。展望台に立てば眼下に多摩東公園と多摩ニュータウンの街並みが広がり、なかなか爽快な視界だ。

そこから尾根幹線に沿うように尾根の雑木林の中を遊歩道が西へ延びている。以前は昔ながらの山道のような小径があっただけだったのだが、最近になって整備が行われ、広い遊歩道は気軽な散策コースとしての表情を見せている。

黒川の造成地
遊歩道を辿ると、やがて東南の黒川側に視界の開ける場所に出る。しかしそこから見える黒川の風景は山林を切り開いて造成中ののっぺりとしたものだ。今はまだ建物もなく、殺風景な中に電車の線路だけが虚ろに延びている。永山駅から多摩東公園の下を抜けてきた小田急線と京王線の線路がここで神奈川県側に姿を現すのだ。小田急線は黒川駅へ、京王線は緩やかに曲がって若葉台駅へと向かう。

遊歩道のすぐ真下で、ショベルカーがうごめいている。いつのことだったか、やはり弓の橋を渡って黒川方面へと歩いてみたことがあった。弓の橋の向こうに見える木立に誘われて足を延ばしたのだったが、若葉台駅方面へと降りる道を辿ってみると、眼前には殺風景な造成地の光景が広がるばかりで愕然とした憶えがある。今は土の色が剥き出しの造成地だが、やがてここにも近代的な街並みが造られてゆくのだろう。

木漏れ日の林を辿る散策路
尾根幹線に沿うように延びる遊歩道は、道路に近いところではさすがに車の騒音が響いて興をそがれるが、道路から離れたところでは車の音もそれほど気にならず、木立の中から聞こえてくる野鳥の声に包まれての散策が楽しめる。適度にアップダウンを繰り返し、ところどころに広場を設けた遊歩道は意外に飽きさせない。この季節は木立の新緑が美しく、木漏れ日のきらめきが楽しい。

やがて「エコプラザ多摩」の横手に造られた広場に至る。遊歩道として整備されているのは現時点(2002年4月)ではここまでの区間であるようだ。この広場の脇からそのまま尾根幹線に沿った尾根道が、あるいは雑木林の中を縫うような小径がさらに延びている。今なお里山の風景を残す黒川へ至る道だ。
尾根に整備された散策路
広場の傍らから林の中を東へ降りる小径へと歩を進めた。小径の左手、北側にはやがて尾根道から見えた造成中の地区の風景が見え始める。どうやら造成区域の端を辿る小径であるようだった。さきほど歩いた尾根道の林を背景に、切り開かれた造成地の風景が広がる。造成中の区域の中には昔からそこにあった樹木がそのまま残されていると思われる木立もある。町中の公園や緑地として利用される計画なのだろうか。

黒川の尾根道でふりかえる
小径の右手には鬱蒼とした雑木林が続き、その中へと辿る小径もあるが、そのまま東へと降りてゆく。やがて小径の幅が少し広がり、右手の視界が開けた。小径の右手には丘の上の畑が広がり、農作業中の人の姿が見える。左手は造成地だが、視界の開けた尾根道の開放感が楽しい。畑の向こうには谷戸の風景が見え隠れする。

道はすでに「小径」という形容が相応しくなく、舗装路となって谷戸へ降りる。昔ながらの風景を残す黒川の中の、ここが最も北側にあたる谷戸だ。新緑の里山に囲まれた谷戸の風情がのんびりとした春の空気を含んで穏やかだ。
新緑の黒川の谷戸

谷戸を辿る道の脇には耕作を待つ水田が横たわっている。畑で農作業中の人たちと挨拶を交わしながら谷戸を奧へと進む。雑木林のこんもりとした枝振りや、林の中にわずかに見える花の色彩、日差しに輝く若葉の表情も美しい。作物の育つ畑の表情、里山の裾の緩やかな起伏、そこを辿る小径の描く曲線、郷愁を誘って心和む風景だ。
新緑の黒川の谷戸

谷戸の奧へと道が登っており、そのまま進むと丘の斜面に開かれた畑地の風景が広がっている。やがて道は別の谷戸から登ってきた道と合流する。その向こうにもまた畑が広がっている。これも美しい風景で、林の樹影と畑の起伏などの織りなす風情に見とれてしまう。道脇にカメラを携えた人の姿があった。散策途中という様子ではなかったので、こうした里山の風景を写真に撮影することが目的の人なのだろう。場所を変えながら熱心に畑の風景にレンズを向けておられた。

丘の畑地と多摩ニュータウン
そのまま道を奧へと進むと水道局の建物に突き当たって舗装路は終わる。その横を林の中へ小径が辿っている。その小径を進むと、ふいに視界が開けて眼前に畑地が広がった。農作業中の人の姿もあり、のんびりとした丘の風景だが、畑の風景の向こうには多摩ニュータウンの建造物群が見えている。かつては畑の向こうにはさらに連なる緑の尾根の姿が見えていたことだろう。近代的な建物群を背景にした丘の畑の風景は、今の多摩丘陵の姿を実に象徴的に表す風景だと言えるだろう。

尾根を辿る小径
畑地を回り込むように小径を辿ると、尾根幹線を見下ろす尾根道へ出た。この尾根道がとてもいい。意図的に整備された「散策路」ではなく、人々が暮らしの中で踏みしめてきた道の匂いがある。トレッキングシューズの厚い底を通して、その土の温もりが伝わるような気がする。

尾根道を西に辿れば国士舘大学の横手からさらに黒川の西部へと辿ることができる。畑を右に、尾根幹線を左に見ながら小径を東に辿ると、すぐに「エコプラザ多摩」横の広場へと抜け出る。「エコプラザ多摩」前の信号で尾根幹線を横切ると諏訪南公園だ。
黒川の風景黒川の風景
黒川地区の散策を楽しむのなら小田急線の黒川駅を降りて、鶴川街道側から谷戸の奧を目指してゆくのが本来の方法だろう。多摩ニュータウン側から降りてゆくのは、少しばかり「邪道」であるかもしれない。多摩丘陵を造成して造られた多摩ニュータウン、そこに設けられた公園、殺風景な造成地の風景、そして多摩丘陵の自然を残す里山の表情、それらを短時間の内に目の当たりにするというのも、なかなか興味深いことではある。昔ながらの農村が造成され、近代的な街に生まれ変わってゆく過程で、我々が失うものと得るものは、いったい何なのだろうか。
【追記】
本頁の前半部分、「弓の橋」袂部分から西へ辿って「エコプラザ多摩」横までの区間は、後に完成した「多摩よこやまの道」の一部である。「多摩よこやまの道」は都市基盤整備公団(現在の独立行政法人都市再生機構、いわゆる“UR都市機構”)が整備した散策路で、2003年に多摩東公園前から長池公園手前までの7.5kmほどが完成、2006年に長池公園手前から唐木田口までの区間が開通、9.5kmほどになる全区間が完成している。
黒川の風景