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駅前を抜ける道路は国道222号線で、油津で国道220号線から分かれて飫肥を経由して山間部を抜け、峠を越えて都城へと至る。飫肥の町、飫肥城址へは、駅前から国道222号線を左に向かって川を越えてゆかなくてはならない。バス路線もあるが歩いてもそれほどの距離はない。駅前広場の中央に置かれた像は飫肥に伝わる泰平踊を象ったものだ。駅前広場の傍らに国道222号線を示す標識があり、その下に「飫肥停車場線」という名で県道445号線を示す標識もあった。駅前のロータリーを構成する部分がこの県道なのだろうか。
駅の背後は住宅が並ぶ向こうに丘が横たわり、その一角には桜の名所として知られる竹香園がある。竹香園には飫肥出身の小村寿太郎の銅像がある。小村寿太郎は1901年(明治34年)に桂内閣の外務大臣に就任、1905年(明治38年)にはポーツマス市に於ける日露講和条約の全権大使を務めたことで知られている。竹香園の横手には日南高校があり、日南線を利用して通学する生徒たちが飫肥駅で乗り降りする。そのためもあってか、飫肥駅は日南線でも乗降客数の多い駅なのだという。
飫肥の町の中心から外れているために、周辺はのんびりと穏やかな印象で、山々に囲まれた古い町の駅としての落ち着いた佇まいが感じられる。上りの列車が行ったばかりで、次の列車が到着するにはまだ時間があるというのに、駅前ではタクシーが客待ちをしている。駅にはほとんど人の姿は無いが、運転手は気にするふうではない。少し曇りがちの夏の日の昼下がり、ゆったりとした時間が流れている。
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