日南海岸散歩
-
日南海岸風景海と緑の風景
「道の駅」フェニックス

「道の駅」フェニックス
堀切峠から海岸に沿った道路を少し南へ辿ると、山の斜面の平地に白い円形の建物が建っている。「道の駅」フェニックスだ。「道の駅」フェニックスは2005年4月16日に開業した施設で、以前は「フェニックスドライブイン」として知られていた。「フェニックスドライブイン」は宮崎交通の資本による経営で日南海岸の観光名所のひとつとしての役割を担ってきたが、観光客減少に伴う経営状況悪化のために宮崎市へ売却され、その後、宮崎市は旧「フェニックスドライブイン」の建物と周辺を再整備、「道の駅」フェニックスとして生まれ変わった。以来「道の駅」フェニックスは「日南海岸」の新しい「顔」のひとつとして多くの観光客を集めている。
「道の駅」フェニックス
-
フェニックスドライブイン」から引き継いだ「道の駅」フェニックスの白い円形の建物は周囲の景観にも映えて美しく、すでにこの建物自体が「日南海岸」の象徴のひとつになっていると言ってもいい。一階は地元の特産品や土産物などを扱う売店で、二階がレストラン、三階は展望フロアになっている。一階売店では青島、内海地区の特産品を扱っているが、観光客が多く立ち寄ることを配慮してか、観光土産品もかなり充実している。二階では「道の駅」フェニックスの開業時には「メケアロハ」がレストランを営業していたが営業不振により2006年9月に閉店、2007年4月1日からは「レストラン堀切」が営業している。「レストラン堀切」は新鮮な魚介類の定食などを中心に、「チキン南蛮」や「冷や汁」なども用意しており、家族連れなどに喜ばれているという。
「道の駅」フェニックス
初夏から夏にかけてはソフトクリームの売店が人気を集めている。一般的なバニラ味に加え、「マンゴー」、「あしたば」、「えび」の四種の味のソフトクリームを扱っている。マンゴー味のソフトクリームは今ではかなり一般的になってきたが「あしたば」と「えび」は珍しいのではないかと思う。「あしたば(明日葉)」はセリ科の野菜で八丈島が原産であるらしいが、青島、内海地区でも広く栽培されている。苦みの強い野菜だが、ソフトクリームは抑えられた苦みがアクセントになってなかなか美味しい。「えび」味のソフトクリームは乾燥させた海老の粉末を混ぜたものらしい。食べたことがないと想像しにくいが、海老煎餅の風味が甘いソフトクリームに溶け込んでいると思えばいい。海老の風味が嫌いな人には勧められないが、これもなかなか美味しい。
「道の駅」フェニックス
「道の駅」フェニックスの敷地から道路を挟んで、海を見下ろす展望所が設けられている。ここから見る海岸の景観は実に見事なもので、「日南海岸」の風景として最もよく知られているものに違いない。「道の駅」フェニックスは堀切峠から1kmほど南へ下ったところに位置しているのだが、多くの場面に於いてその両者はほとんどイコールで結ばれていると言ってもよく、日南海岸を紹介する雑誌記事などではここからの景観を「堀切峠」として掲載していることが少なくない。展望デッキに立って東に目をやれば視界のほぼすべてを海原が占め、緩やかな孤を描いて水平線が延びるばかりだ。眼下では「鬼の洗濯板」と呼ばれる波状岩が海岸を縁取って美しい姿を見せる。南には少し遠く、野島地区の巾着島の島影がシルエットで浮かぶ。フェニックスの葉陰の向こうに見えるそれらの風景は、まさに「日南海岸」の象徴と言える風景だ。
「道の駅」フェニックス「道の駅」フェニックス
展望所からは斜面を辿って散策路が設けられ、海岸まで降りてゆくこともできる。時間と体力に余裕があれば散策を楽しむのもいい。また「道の駅」フェニックスの建物の裏手の斜面にも散策路が整備されており、高所に上れば眼下に「道の駅」フェニックスの全景と太平洋を一望することができる。この風景もたいへんに美しい。
「道の駅」フェニックス
-
堀切峠から「道の駅」フェニックスのあたりにかけて、道沿いに印象的にフェニックスが並ぶ。特に「道の駅」フェニックス前の展望所周辺はフェニックスと海との組み合わせの景観が南国的な風情を漂わせて素晴らしい。このフェニックスがなければ、堀切峠と「道の駅」フェニックス周辺の景観が日南海岸を象徴するものとしてこれほどの知名度を得ることも難しかったのではないかと思える。

このフェニックスはもちろん自生していたものではなく植樹されたものだ。フェニックスの植樹は宮崎交通の初代社長を務めた岩切章太郎氏の発案によるものだったという。フェニックスをいわば額縁にして太平洋を眺めれば、その景観はどんなにか素晴らしいだろうと、岩切氏は考えたというのだ。昭和40年代に宮崎が新婚旅行ブームを迎えて以来、現在に至ってもなお「フェニックスを額縁にして太平洋を望む」景観が日南海岸の象徴的景観になっていることを思えば、フェニックスの樹影のひとつひとつにも「宮崎観光の父」と呼ばれた岩切氏の数々の業績の片鱗を見ることができる。
「道の駅」フェニックス
1967年(昭和42年)、宮崎が「新婚旅行ブーム」に賑わう頃、「フェニックス・ハネムーン」という曲が発表された。永六輔作詞、いずみたく作曲、デューク・エイセスの歌による「フェニックス・ハネムーン」は、京都をテーマにした「女ひとり」や茨城の「筑波山麓合唱団」などとともに彼らの「にほんのうた」シリーズを構成し、その中の宮崎をテーマにした一曲として発表されたものだった。

「フェニックス・ハネムーン」は宮崎を訪れた新婚カップルの心情をロマンティックに歌い上げた名曲だが、その中に歌われる「フェニックスの木陰」がまさにこの付近のフェニックスを想起させ、その木陰に佇む若いカップルのシルエットをまざまざとイメージさせる。その頃宮崎を訪れた新婚カップルも今では六十代という年齢になっているだろう。今、「フェニックスの木陰」に佇む年配のご夫婦の中には、新婚旅行先への再訪という人たちもあるのかもしれない。ちなみに、デューク・エイセスは1955年に結成、リーダーである谷道夫はご夫婦共々宮崎県の出身という。
「道の駅」フェニックス
-
INFOMATION
「道の駅」フェニックス
【所】宮崎市内海
【問】宮崎市観光協会
【参】九州「道の駅」ガイド(国土交通省九州地方整備局道路部)
-
この近辺
堀切峠
-
ここから北へ
白浜海水浴場青島港青島青島神社
青島海水浴場宮交ボタニックガーデン青島こどものくに
ここから南へ
内海
-
想い出
フェニックスドライブイン
-
このWEBページは「日南海岸散歩」内「日南海岸風景」カテゴリーのコンテンツです。
ページ内の写真は2006年夏に撮影したものです。本文は2009年12月に改稿しました。
-