埼玉県嵐山町の南部、都幾川の岸辺に2kmに渡って桜並木の続くところがある。「都幾川桜堤」と呼ばれ、埼玉の桜の名所としてその名を連ねる。桜が満開の四月上旬、都幾川桜堤を訪ねた。
都幾川桜堤
都幾川桜堤
埼玉県嵐山町の南部、ときがわ町から流れてきた都幾川(ときがわ)が嵐山町を横切り、そこへ東秩父村から小川町を経て流れてきた槻川(つきかわ)が合流する。その合流点をほぼ中心として、都幾川の上流部から下流部のおよそ2kmに渡って、都幾川右岸に桜並木が設けられている。「都幾川桜堤」の名で呼ばれ、埼玉県の桜の名所のひとつに数えられている。

この桜並木は、都幾川右岸堤防の改修工事が完了した後、「県民休養地事業」の認定を受けて、その一環として計画されたものという。桜が植栽されたのは1986年(昭和61年)と1987年(昭和62年)のことで、町内外から寄贈者を募って実施したのだそうだ。1986年(昭和61年)には学校橋から二瀬橋までの約1kmに135本、1986年(昭和61年)には町制施行20周年記念として八幡橋から二瀬橋までの約1kmに117本が植栽されたという。それから二十数年を経過し、植栽された桜も大きく育ち、春には見事な景観を見せてくれる。
都幾川桜堤
二瀬橋は都幾川と槻川との合流点のすぐ下流側に架かっている。その二瀬橋を中心に、上流側の八幡橋から下流側の学校橋までの約2kmに渡って桜並木が延びる。この区間、都幾川は緩やかな弧を描いて流れ、桜並木もそれに沿って弧を描く。都幾川の右岸側、すなわち弧の内側は広々とした田園地帯で、その風景の中に桜色の帯が視界の奥まで延々と続く。素晴らしい春景色だ。
都幾川桜堤
都幾川桜堤
堤防道を歩けば長閑な春景色を楽しみながらの春散歩を存分に堪能することができる。堤防道には散策を楽しむ人たちが行き交い、桜の下にはシートを広げて花見を楽しむグループや家族連れの姿がある。八幡橋から千騎沢橋、二瀬橋を経て学校橋までを歩けば、場所によって桜並木の表情も違い、景観に飽きることもない。視界の奥へと延びる桜並木に目を凝らしたり、春空を背景に桜を見上げたり、堤防横を通る道路に下りて少し離れて桜を眺めたり、あるいはところどころで都幾川を跨ぐ橋の中ほどに立って桜並木を眺めたり、さまざまに桜並木の景観を楽しみながら歩けば2kmという距離もあっという間だ。
都幾川桜堤
先に植栽された二瀬橋から学校橋までの区間は国道254号や「嵐山史跡の博物館」などから近いこともあってか、花見の人も多く、「都幾川桜堤」の“メイン”と言ってよさそうだ。トイレも設置され、「嵐山さくらまつり」のメイン会場にもなるようで、ステージらしいものが設営されていた。そうした賑わいも桜の名所としての興趣のひとつだろう。
都幾川桜堤
学校橋近く、河岸の畑地には菜の花が植えられ、桜並木と共に美しい春景色を演出する。学校橋の袂に立って上流側を眺めれば、眼前に菜の花畑が広がり、その横には桜並木が延び、やがて細い帯となって視界の奥へと続く。その向こうには山々の稜線が重畳し、その上に春空が広がる。美しくフォトジェニックな風景だ。河岸を離れて菜の花畑越しに桜並木を眺めるのもいい。菜の花と桜の取り合わせは、やはり春景色の王道ともいうべき風景ではないかと思える。
都幾川桜堤
河岸を離れたついでに、田園風景の中を歩きながら桜並木を少し遠くから眺めてみるのも悪くない。丘裾を辿る道路や、その道脇を流れる小川、点在する農家の様子など、田園風景そのものも美しい。道脇に目を下ろせば、ヒメオドリコソウやオオイヌノフグリといった春の花を見つけることもできる。視線を上げれば畑地の向こうに連なる桜並木が見える。長閑な春散歩が楽しめる。
都幾川桜堤
都幾川桜堤
都幾川桜堤はもちろん桜並木そのものも美しいが、その周囲に広がる長閑な田園風景によってさらに景色としての美しさを増していると言っていい。それは“桜の咲く風景”としての美しさであり、そうした景観を味わいたい人にはお勧めのところだと言っていい。河岸から田園地帯の中へと辿って歩いていると、ウグイスの声を幾度となく聞いた。キジらしい声を聞くこともあった。畑地の中を辿る道では頭上からヒバリの声が聞こえた。まさに春爛漫の花見散歩、“桜の名所”というより、いわば“春景色の名所”というべき、都幾川桜堤である。
槻川橋周辺
槻川との合流点から都幾川の上流部、左岸の河畔もまた畑地の広がる田園地帯だ。その中に立って東へ目を向ければ畑地の広がる向こうに都幾川河岸の桜並木が見える。その景色も悪くない。西へ目を向ければ端正な形の小高い山の姿が見える。槻川橋から1kmほど西の槻川左岸に位置する大平山だろうか。その山肌に見える桜色はヤマザクラだろう。滲むような色彩のグラデーションが美しい。
槻川橋周辺
南側の丘裾、千騎沢橋と県道173号とを繋ぐ道路脇には菜の花畑もあり、美しい景観を見せてくれている。その菜の花畑越しに、遠く都幾川の桜並木を眺めるのも興趣のあるものだ。
槻川橋周辺
槻川橋周辺
さらに足を延ばして県道173号の西側へと辿れば、西方の山々が近くなり、長閑な里山風景が望める。道脇に馬頭観音が祀られているのは、昔から往来のあった古い道だからだろう。近くにはお地蔵様も佇んでおられる。道をさらに西へ辿ってゆけば有名な嵐山渓谷へ至るはずだが、それはまた別の機会を設けて訪ねるのがよいかもしれない。
槻川散策回廊
槻川散策回廊
県道173号が槻川を跨ぐ槻川橋から下流側へ、都幾川との合流点までの400メートルほどの区間、槻川右岸には「槻川散策回廊」という名の散策路が整備されている。河岸に緑地を整備し、その中を散策路が辿っている。

散策路は区間毎に「花々回廊」や「ニセアカシア回廊」、「みずぎわ回廊」と名付けられている。それぞれの散策路を辿って河畔の木々や花々、水辺の様子などが観察できるというわけだ。「槻川散策回廊」には約120種類の木々や草花が生息しているという。訪れたのは四月上旬、ニセアカシアはまだ冬枯れの表情だが、そのお陰で「槻川散策回廊」は春の日差しを浴びて明るく、槻川の流れを眺めながら爽やかな散策を楽しむことができた。
槻川散策回廊
「槻川散策回廊」の東端、すなわち都幾川との合流点には「展望広場」と名付けられた広場が設けられており、対岸には都幾川桜堤の桜並木を見ることができる。都幾川の流れの向こうに見る桜並木もまた違った表情で楽しめる。
槻川散策回廊
都幾川桜堤の桜並木から「槻川散策回廊」へは千騎沢橋を渡って回り込まなくてはならないが、余裕があれば足を延ばしてみるといい。千騎沢橋から都幾川の左岸を、対岸の桜並木を眺めながら歩くのも案外楽しい。
参考情報
トイレは二瀬橋と学校橋との中間点辺りに設けられている。トイレ脇には「嵐山渓谷周辺案内図」の大きなパネルが設置されており、この案内図に周辺の見所やトイレの位置が記されているので、参考にするといい。

交通
都幾川桜堤は鉄道の駅からは遠く(東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩で30分ほどかかるようだ)、バス路線もあまり便利ではないようで、車での来訪をお勧めする。

遠方から訪れる場合は関越自動車道東松山ICから国道254号を西進、あるいは嵐山小川ICから国道254号や県道296号を南下するなどして、「嵐山史跡の博物館」や「国立女性教育会館」などの建つ一角を目指すといい。これらの施設の南側に都幾川が流れており、その右岸側が都幾川桜堤だ。国道254号や県道172号、県道1973号などから都幾川桜堤へ近づくさまざまなルートがあるが、土地勘の無い人には少しわかりづらいので、予め地図などで確認されたい。

「嵐山史跡の博物館」や「国立女性教育会館」の駐車場、「嵐山渓谷バーベキュー場」の駐車場、学校橋袂に設けられた駐車場などが利用できるようで、これらの駐車場に車を置いて都幾川桜堤へ向かうのがお勧めだ。

今回は平日に時間を設けて訪れたため、八幡橋袂や千騎沢橋袂などに駐車しておけるスペースを見つけることができた。都幾川桜堤に沿った道路脇に駐車する人たちの姿も少なくなかったが、「無余地駐車違反」になるとの警告が立てられている。また「嵐山さくらまつり」のイベント開催日に当たる日曜日昼間は周辺道路が通行止めになるそうなので注意されたい。

飲食
都幾川桜堤の周辺は田園地帯で、お店などは無い。お弁当持参で出かけよう。ベンチも設置されていないので、シートも必需品だ。

お弁当持参でない人は国道254号へ出れば沿道に飲食店が点在している。

周辺
都幾川桜堤のすぐ北側、国道254号沿いには「嵐山史跡の博物館」があり、この一角は国指定史跡の「菅谷館跡」だ。その隣には「蝶の里公園」がある。立ち寄ってみるのも悪くない。

槻川上流側、県道173号が川を渡る槻川橋の袂の河原には「嵐山渓谷バーベキュー場」が設けられている。その上流側は有名な嵐山渓谷だ。嵐山渓谷上流部には「遠山甌穴」と呼ばれる見事な甌穴群もある。都幾川桜堤からは少し歩くが、散策の足を延ばしてみるのも楽しい。

車で移動するならさらに足を延ばしてみたい。県道172号や県道173号を5kmほど南へ辿ると、ときがわ町の中心部だ。六月にはときがわ花菖蒲園を訪ねてみたい。嵐山町北部には「あじさい寺」として知られる金泉寺がある。10km足らずの距離だ。国道254号を西へ向かえば、これも10km足らずで小川町中心部だ。町を散策したり、埼玉伝統工芸会館を訪ねてみるといい。
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